婚約破棄なんて言うヤツは許さない!

大井町 鶴

婚約破棄なんて言うヤツは許さない!

「ティニー!お前との婚約は破棄させてもらうぞ!よくも大切なナリオーネにネチネチと嫌がらせをしてくれたものだな!これだから品性のない者はイヤなのだ。だが、我慢もこれまでだ!」


突然、学園の卒業パーティー会場で叫び出したベルガ王国第一王子のヘンリーニの側には震えながら涙を流しているナリオーネ公爵令嬢が彼にベッタリと寄り添って立っていた。


ティニーこと私は辺境伯の令嬢である。根性で笑顔を何とか貼り付けながらも目の前に起きた事態に内心ブチギレていた。私があまりの怒りに黙っていると、ナリオーネ公爵令嬢は私がショックを受けたと思ってニヤニヤしだした。涙を流しながらニヤニヤするなんて不気味すぎるだろ。


「何とか言ったらどうなんだ!これまでにナリオーネした行いについてどう責任をとってもらおうか!」

「私は辺境伯爵家の娘です。これからはこの命をかけてお二人を全身全霊でお守りいたします!!」


私は腹の底から大きな声で宣言した。私の発言に王子はもちろん、公爵令嬢も呆気にとられて私を見つめている。


「私達の護衛をするだと?どういうつもりだ!?」

「お二人は以前よりお似合いだと思っておりました。それを私が引き裂くようなカタチで割り込んでしまったのです。責任をとって全力でお仕えさせていただきます!」


ヒザを床に付け首を垂れると、まわりもザワザワと騒ぎだした。そりゃそうだろう。婚約者が婚約破棄された瞬間に、女性騎士として王子と公爵令嬢を守ると言い出したのだから。


「は、反省しているつもりか!?お前がやたらと腕が立つのは知っているが、大事なナリオーネに危害でも加えたらどうする?許すわけがないだろう!」

「……ヘンリーニ様、わたくしも鬼ではありませんわ。自分の命を懸け、わたくし達を守ろうというのです。悔い改めようとしているならば使ってみたら良いですわ」


相変わらずニヤリと笑みを浮かべたままナリオーネが言う。


「ああ、ナリオーネはなんて優しい心を持っているんだ!君がいいと言うならばチャンスを与えんでもない」


こうして、私は女騎士となるべく金色の長い髪の毛をバッサリとアゴよりも短く切り、鎧に身を包んで護衛に付くことになった。女性であることから、ナリオーネの護衛を任されたが、私のほかにももちろん護衛は付いている。つい最近まで王子の婚約者だった私を警戒して通常よりも多くの護衛が付けられているようだ。


(こんなに多くの護衛を付けなくても、私はナリオーネを切りつけたりするつもりはサラサラ無いのに)


私が護衛として生きていくことを決意したのにはワケがある。


≪私の貴重な青春を奪った恨みを晴らしてやるからな!!≫


このただ一点。私の頭の中にはこれしかなかった。隙を見て復讐してやろうと思ったのだ。


元々、私が生まれたのは国境の戦が絶えない土地であった。だから、幼い頃からお父様やお兄様達が戦に出て戦うのを見てきた。そして、私も成長するとアダンジョ家特有のガッチリとした体型を活かして戦いに加わるようになったのだ。


お父様やお兄様達は私を前衛に出すことはもちろん、戦い自体に加わることをためらっていたが、私は水を得た魚のように戦場で暴れ回った。正しく言うと敵陣に馬で突撃していくお兄様達の後に勝手について行って、後方から攻め上げてくる敵に向かい槍を振り回しまくって敵を撃退したのだ。


敵は私の背が高いこともあり、敵は私を女だとは気づいていなかった。だから、女と分かって手加減してきたわけではない。私は強かった。馬に乗りながら槍を振り回して敵を馬から叩き落とし、敵が一つにまとまる前に縦横に駆けて散り散りにさせた。


敵が敗走していき、遅れた者を打ち取ろうとしていたところで、お兄様やお父様にみつかり陣に連れ戻されたのだった。


かなり叱られたが、最終的には褒められて嬉しかったのを覚えている。


まあ、こんな私であったから私は王都になど出ることもなく、そのうちここの土地の者といずれ結婚して辺境の地で暮らしていくと思っていた。


だがだ、隣国を撃退したアダンジョ辺境伯爵家をやたらと王が気に入ってしまった。戦いに勝って喜んだ王は、褒美に私を第一王子の婚約者に据えると言い出したのだ。


(冗談じゃない!私には城でオホホと微笑んでいるよりも戦場で戦う方が合っている!)


そんな考えであったから婚約者の話を聞いた時はかなり抵抗した。お父様やお母様、お兄様達も内心無理だろうと思っていたに違いない。だけど、結局は権力に屈して私は何とか令嬢らしく振る舞えるように訓練されると、王城へ花嫁修業を兼ねて送り出されたのだ。


初めて対面したヘンリーニ王子は私を見るなり、とてもイヤそうな顔をした。私も胸筋も無いまっ平らな貧弱王子を気に入らなかった。


(男なら、筋肉隆々が基本だろ)


と思ったが、表情に出すことはせずにずっと微笑み続けた。微笑み続けてその日は気が狂うかと思ったほどだ。


王子は、はかない令嬢がどうも好みらしく、私がゴツイだの気遣いが足りないだの日を重ねるうちにダイレクトに文句を言い始めた。


で、ある日、見かけたのである。庭の東屋でナリオーネ公爵令嬢と抱き合っている姿を。


(アイツ、浮気してやがったのか!)


日々、私は好きでもないお前のために努力してやっているのに、気ままに振る舞いやがって!とキレた。心の中で。


侍女を問い詰めて聞きだせば、以前からヘンリーニ王子とナリオーネ公爵令嬢は好き同士だったらしい。だが、王は公爵家当主である自分の従弟と昔から気が合わず、その娘が嫁になるのがイヤだったらしい。そんな時に我が家の働きが目に留まり、急遽、私を婚約者として選んだのだ。


(ふむ。私より以前からアイツらは想い合っていたのか…)


私は妙に納得し、それからは王子の前でワザとガサツに振る舞ったり、必要以上に気を使わずサッパリとした態度を取り続けた。


すると、やがて不満マックスの王子がウワサを広めたのでないかと思える話が宮中に広がったのである。


「ティニー、お前は幼馴染のナリオーネを虐げているそうだな!この前は階段から突き落とそうとしたとか!」


いや、私は彼女に近づいてもいない。階段から突き落とすぐらいなら普通に目にも止まらぬ速さで必殺パンチを食らわしてやると思ったのだが、私の言い分も聞かずに王子とナリオーネがギャンギャンうるさく黙らなかった。


うっとうしいと思っているうちに学園の卒業パーティーが開かれる頃となり、最初の状況に至る。


今は、ナリオーネに憎々しい思いを抱きながらもきちんと働いている。邪魔な小石が道にあれば先に除けて歩きやすくし、陽射しが強いようならば日傘を差してやり、段差があるところは手を取ってエスコートした。


ある日、ナリオーネが街に買い物に行きたいと言い出し、お忍びで城下に出かけることになった。私も街に馴染む服装に着替えてお供をする。街ではゾロゾロと護衛が付き従うと目立つので、私のほかに3名ほどに抑えた人数で彼女を護ることになった。


「街って色々なお店があって楽しいわねぇ!あれは何かしら!?」


街を気ままに歩くことが無かったらしいナリオーネは、興味がある方へと自由に歩き回る。その日は人が多く、混雑する市場の方へは行かないようにする計画だったが、彼女は見たことがないといって色鮮やかな石を売っている店へと惹きつけられるように市場の方へと向かってしまった。


私は舌打ちしながらほかの護衛と目配せをして彼女のすぐ後を追った。ナリオーネはお目当ての石の出店までくると石を手に取り、これもこれもと石を選んでいた。


“これ頂くわね”などと言ってお金を払わず去ろうとするので、慌てた店主がさわごうとした。私は仕方なくどこかに行こうとする彼女の手を掴んで引き止めながら、石の代金を支払った。


「私に気安く触らないでちょうだい!」


気位の高いナリオーネは私に掴まれた手を振りほどいて市場の奥へと行ってしまう。すると、人込みの中で歩くことになれていないナリオーネは、ちょっと進んだだけで誰かにぶつかったようだった。


「お前!オレの脚を踏みやがって!なんでそんなヒールのある靴で歩いてやがんだ!骨が折れちまっただろ!治療費払えよ!」


彼女は、見るからにガラの悪そうなヤツにからまれていた。私はナリオーネの前にサッと出ると、背中にかばいながら頭の悪そうな巨漢の男に言葉を吐いた。


「お前こそ、レディに向かってなんて口きくんだ。ちょっと踏まれたぐらいで骨が折れるワケないだろう!」

「なにおう!?マジで痛てーぞ!ゴチャゴチャ抜かすんじゃねえ!この生意気なゴツイ女が!」

「お前こそ腹が出て醜いだろうが!」

「なんだとぉ~!!」


頭に血が上った男はパンチを繰り出してきた。だが、遅い。そんなパンチなんて亀のように遅い。難なく避けて足払いをお見舞いしてスッ転ばせてやった。倒れたところに足蹴りを巨体に食らわす。男は腕をバタつかせて私の脚を掴もうとするが、腰に下げていた剣を抜いて指の間を狙って地面にブッ刺してやると大人しくなった。


(ザマーみろ!よくも生意気なゴツイ女呼ばわりしてくれたな!)


確かに私はゴツイ。だが、人から言われるのはイヤだった。一応、女だし。もっと男をやり込めてやっても良かったのだが、血を見たことがないナリオーネが倒れると面倒なので捨ておいた。


ナリオーネを振り返ると、どなられてビックリして足でもひねったのかうずくまっていた。私は内心“やれやれ”と思いながら、彼女をお姫様抱っこで抱き上げ“ケガはないか?”と短く聞いた。すると、彼女は何だか顔を赤らめた。


「ティニーってホントに強いのね。私を軽々と抱き上げてしまうし。これまで、ヘンリーニ様に抱き上げてもらったことは無いわ」


そりゃ無理だろう。あの貧弱王子なら。何なら私がヤツを抱き上げることもできそうだ。


ナリオーネはいつもイジ悪い表情で私にイヤミを言ってくるのに、今はやたら興奮して私に話しかけ続けている。すぐにほかの護衛も寄ってきたが、そちらには目もくれず私を褒めたたえ続けた。護衛の中にはいわゆるイケメン的な男性騎士がいたにもかかわらず。


これはと、思う。彼女は私にホレたのではないかと。私を見る目はトロンとし、心なしかサラシを巻いてぺったんこにした私の胸に頬を擦り寄せているような気もする。


(…よーし、そういうことならとことんホレさせてやる!)


私はいつの日か王子とナリオーネにされた嫌がらせの仕返しは倍返しだ!と思っていたので、ナリオーネを骨抜きにしてやろうと決意した。ナリオーネを私にメロメロにさせて、脆弱王子に吠え面をかかせてやるのだ!


それからは、ナリオーネが憧れるような完璧な男性像となるように振る舞った。愛想よくするために高く出すようにしていた声も、元々の低い声に戻して髪の毛も男性らしく見えるように常に短くキープした。目が合えば微笑む。


そうすると、ナリオーネはますます私に入れ込んだ。王子とのお茶にも私を堂々と帯同させるようになり、常に付き従うようになった。


「…ナリオーネ、なぜ近頃どこにでもティニーを連れて歩いているんだ?」

「あら、彼女は私を下劣な輩から守ってくれたのですわよ?それはもう、強くって凛々しくて…」

「ナリオーネが気に入ったなら良いが…」


そうは言ったものの、ナリオーネがヘンリーニ王子の前で私のことを大っぴらに褒めるようになると、当然、王子としては面白くなく、私を遠ざけるようにナリオーネに言い出した。


「そんな、ティニーは私を思って護ってくれていますのに…」

「ナリオーネはどうもティニーを近づけすぎたことで、洗脳されているようだね」


ナリオーネは私に心酔していたので、私が遠ざけられるとなると大いに悲しんだ。ヘンリーニ王子も彼女の心が自分から離れるのを恐れたようで頭を悩ませていたようだ。


するとある日、ヘンリーニ王子は私に自分の護衛として常に従っている騎士を紹介してきたのだ。


「彼はレーガという。私が最も信頼している護衛騎士だ。本当は君を領地に帰したいと思っていたが、ナリオーネが側に君を置きたいと言ってどうしても聞かなくてね。それでだ、誰か適当な者と君を結婚させて彼女の関心を絶とうと思ったところ、レーガが君と結婚したいと言い出した」


ヘンリーニ王子の側に立つレーガを私はじっくりと観察した。2メートルはありそうな長身、筋肉につつまれたガッチリとした体躯、剣ダコのあるゴツゴツとした手、素晴らしい胸筋、私と同じ金髪を後ろで1つに結び、鼻筋も通っている。


(いいじゃあないか!)


私はついつい舐め回すように彼を観察してこの提案に満足した。


「ぜひ!お受けします!」


そう答えると、レーガは少し片方の口の端を上げた。喜んでいるのだろう。すぐに表情に出さないところもいい。


「そうか。本当は、こんな逸材を君にくれてやるのは気が進まないんだがな…」


王子は何かブツブツ言っている。


「殿下、私の妻になる者にどうか寛大なお心で接して頂けますと」


レーガが王子に大胆にも私を思いやるような言葉を吐いた。途端に私は彼を意識して赤くなった…と思う。表情を隠そうとして横を向き顔を整えてから前を向くと、レーガが私を見て微笑んでいた。


ナリオーネは、私がレーガに取られてしまったのは非常に不満だったらしいが、とりあえず私が変わらず側に付き従うことで納得したようだった。


その夜、レーガと改めて話す時間をもらって彼と話した。


「ティニー、ヘンリーニ王子の婚約者の頃から君をずっと見ていた。君はいつでも懸命に努力していたね」

「そう感じて下さっていたのですか?」

「ああ。君の剣ダコを見たらこんなところでお妃教育を受けているなんて、本当は意に沿わないのだろうと思っていた」


私の頑張りを知ってくれている人がいるんだと思ったら、思わず涙がこぼれそうになった。


「ありがとうございます…」


心からそう思って言った。この人は見た目だけでなく、心も優しい最高な男だと思った。


レーガはうつむく私をそっと抱き寄せ、私の額にそっとキスをしたのだった。


◇◇◇

「で?あなた方は仲良くなってきているの?」


ナリオーネは私とレーガに詰問していた。ここは、ヘンリーニ王子とナリオーネ公爵令嬢の結婚前の親睦を深めるお茶会の席である。彼等は順調に結婚する段階まで進んでいた。ようやく王も仲の悪い従弟の娘を息子の妻に受け入れることを承諾したのだ。


「だから、あなた方はどの程度、デートなどなさってますの?ほとんど、わたくし達と過ごしている時間が多いではないですか!」

「殿下達がお休みになられた後、たまに城のバルコニーでお話をさせてもらっていますよ」


私が答えるとナリオーネは、頬に手を当て“星空の下でのデートですのね!ステキ!”などと言っている。そんな彼女を見たヘンリーニ王子も“今度、星空の下でデートも良いな”などと言っていた。


一時期は私の青春をブッ壊されてキレていたが、私の隣に立つレーガを見ると良い出会いのための苦行だったと今は思えている。


私の視線を感じたレーガが私の方を見て王子達の見えない位置で私の小指を一瞬、握った。


(ああ、甘酸っぱい!)


私は、今を満足して生きている。“人生山あり谷あり”だ。懸命にやっていれば、自分のことをきちんと見てくれている人はいるものだと、いつか生まれるであろう子供にも教えてやろうと思ったのだった。

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