婚約者の貴方が「結婚して下さい!」とプロポーズしているのは私の妹ですが、大丈夫ですか?

初瀬 叶

第1話

「エリン!領民の方々が面会に来られたみたいなの。貴女、対応して貰えない?」


「はい!お母様!」

と私は部屋の外から声を掛けてきた母に返事をした。

そして、私の目の前で優雅にお茶を飲む男性に、


「ごめんなさい、ハロルド。少し席を外すわ」

と断る。


「いいよ。行っておいで。早くストーン伯爵が元気になると良いんだが……」

と彼はこれまた優雅にカップを皿に置いた。


彼の名はハロルド・パトリック。パトリック伯爵の一人息子で私の婚約者だ。

ハロルドは立ち上がる私の手を掴んでひきよせると、手の甲に口づけを落とした。


すると、部屋の扉がバーンと開く。こんな風に無作法に振る舞う人物はただ一人。


「ナタリー……ノックは?」

と私は呆れた様に注意するが、天真爛漫な妹には通じない。


「お姉様が席を外す間、私がハロルド様のお相手をするわ!お姉様は早く、来客のお相手を」

とナタリーは言うと、先程まで私が腰掛けていた席にちゃっかりと座った。


ハロルドは私の手をそっと離すと、そんなナタリーを見てクスクス笑う。そして、私に、


「行っておいで。僕はナタリーと待っておくから」

と優しく手を振った。



私の名前はエリン・ストーン。ストーン伯爵の長女だ。

来年には学園を卒業し、先程の婚約者であるハロルドと結婚する予定だったのだが……今、我が家には頭の痛い問題が湧き上がっていた。




「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」


「いえ。王都に来るついでがありましたので。橋の修繕の進捗状況とお礼をと思いまして。伯爵様のお加減は……その後如何です?」

と我がストーン伯爵領にあるメロウ村の村長は尋ねた。



「今は落ち着いております。ご心配をおかけして……」


「とんでもない!詫びなど必要ありませんよ。領民全員、伯爵様がお元気になるのを望んでおりますから」


父である、チャールズ・ストーン伯爵は心臓の病で倒れた。最悪の状況は脱したが、まだ意識は戻っていない。……こんな時に……あの男は……!


私はイラッとする気持ちを抑えながら、


「ありがとう。その言葉が何よりの薬となるでしょう。橋の修繕も当初の計画から遅れる事なく進んでいると聞いて安心しました」

と私は微笑んだ。




「お母様。村長さん達はお帰りになったわ」

私は父の寝室に居る母に声を掛けた。


「ごめんなさいね。先程までお医者様が来ていたものだから」


「いいの。で、お医者様は何て?」


「心臓は弱っているけど、このまま様子を見ましょうって。少しずつは良くなっているらしいわ」

と言う母の言葉を聞いても、安心出来る要素は何処にもない。


「そう……」


私は一言そう答えてから、父の横たわる寝台に近づいた。

顔色は悪いが、胸が上下しているのを見て少しだけホッとする。


父が急に倒れてから約二ヶ月。執事のアーサーと領主代理のハモンのお陰で何とかやってこれた。


アーサーは今、領地へと向かっている。村長とはすれ違いだったようだが、仕方ない。


「エリン、貴女、ハロルド様を待たせておいて良いの?」

父を見ていた私の背中に母が声を掛けた。


「いけない!忘れていたわ!」

私は慌てて、父の元を去る。そんな私に、母は


「私からも謝罪しておいて。つい貴女に頼ってしまって……いつも二人の邪魔をしてしまうもの」

と悲しそうな顔をした。


「気にしないで。ハロルドはちゃんと分かってくれているわ」

そう私が答えると、母は少しだけホッとした様だった。



急いでサロンに向かう。扉の前で息を整えていると、中から、ハロルドとナタリーの楽しそうな声が聞こえてきた。ナタリーは私と一つしか変わらないのに、いつまでも子どもみたいだ。

やっと候補が現れた婚約を渋っているのだって、辺境に行きたくないからと言う理由。……本当に困った妹だわ。でも、何故か憎めないのよね。そんな魅力があの子にはある。



私は扉を開けた。


二人はギョッとした様にこちらを見て……握り合っていた手を離した。


「エリン、早かったね」

と微笑むハロルドに、


「……早かったら都合が悪かった?何だか邪魔したみたい」

と私は答える。……何だかモヤモヤする。


「お姉様ったら、何を言ってるの?私の手に刺さった棘を抜いていただいていたのよ?」


「へぇ、そう。で、棘は抜けたの?」


「えぇ。ありがとうハロルド様」

そうナタリーは言うと立ち上がって、私の後ろに立った。


「ほら、ハロルド様も待ちくたびれてたのよ?座って」

と今まで自分が座っていた椅子に私の肩を押さえて座らせた。

私が座っていた時より、ハロルドとの距離が近いその椅子は、ナタリーの温もりが残っていて、何故か私を不快にさせた。



「ねぇ、ハロルド様!お願い!」

私が出迎えるのが遅くなったのは、私が悪い。だけど、何故ナタリーがハロルドを出迎えているのかしら?


私は階段の上から二人を眺める。二人の距離はあんなに近かった?いつから?姉の婚約者と仲良くするのが悪いとは言わない。だけどやはりモヤモヤする。


私の視線に気づいたのか、ハロルドが顔を向けた。

いつもの様に優しく微笑む。金髪碧眼の彼はとても美しい顔をしていた。容姿端麗。私が彼の婚約者に決まった時は、周りの皆にやっかまれたものだ……そう、妹のナタリーにも。

パトリック伯爵家は歴史が古く、格式高い。私の様な落ち着いた令嬢が良いとパトリック伯爵から申し出があった時には、自分で良いのかと緊張したものだ。

しかし、ハロルドは優しかった。婚約者になって五年。ずっと仲良くやってきたと思っていた。……いや、今も思っているのに……モヤモヤが晴れないのは何故だろう。


「エリン!」

ハロルドはナタリーから離れて私に向かって手を広げた。

私は心のモヤモヤをほんの少し残したまま、階段を駆け下りる。そして、ハロルドが広げた腕の中に飛び込んだ。


「ごめんなさい、待たせてしまったわ」


「いいんだ。伯爵の側に居たんだろう?」

父の血圧が下がって、昨日から少し状態が悪かった。駆けつけた医師のお陰で落ち着いたが、私は母と交代で父の側に付いていた。


ハロルドと出掛けるのも躊躇っていたのたが、母から大丈夫だから、行ってらっしゃいと送り出された。準備に手間取っている間にハロルドが到着してしまったのだ。


ハロルドの腕はやはり落ち着く。甘えるのが少し苦手な私がホッと一息つける場所。

なのに……


「ねぇ、お姉様。今日はあのカフェに行くのでしょう?」

と空気を全く読まない声が聞こえた。ナタリーだ。

私はハロルドの腕から少し身を離して、


「え?どうして知ってるの?」

と首を傾げた。


「さ、さっきハロルド様に聞いたの。ねぇ、私も連れて行って?」


「へ?どうして?」


「だって、オープンしたって聞いてから、ずっと行ってみたかったの!学園でも私だけだわ、行ったことないの」


「大袈裟よ。それに今日は久しぶりに外出を……」

と私が断るつもりでナタリーにそう言うと、


「まぁ、いいじゃないか。三人の方が楽しいだろう?」

とハロルドは私にそう言った。


「やった!ハロルド様、大好き!」

と無邪気に手を叩いて言うナタリーにイラッとする。

折角久しぶりのデートだと言うのに……ハロルドは楽しみにしてくれていなかったのだろうか?

私は少しだけ私より背の高い彼を見上げて睨んでしまった。

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