第408話 大きく変わりだした
翌朝、エイブリック邸から出て一度屋敷に戻ってから小熊亭に向かった。
再開発工事はソドムとフンボルトから聞いていた通り順調に進んでいるようだ。古い建物は取り壊されて建設ラッシュだ。
「あ、ぼっちゃんが帰って来たっ!」
「よう、チッチャ久しぶり!」
「お帰りなさい。よくご無事で」
女将のセレナと手伝いのジロン、南街から来たショールも元気そうだった。
グリムナを紹介して近況を聞いていく。
「そうなんだ。宿屋はやめて料理一本でやって行く事に決めたんだ」
「はい。これからたくさん宿屋が出来ると聞いてますので、それならこのまま住民向けの食堂の方がいいかなと思いまして」
そうだよな。特色ある高級宿屋とか出来てきたら小熊亭では勝負にならんかもしれん。客も住民がメインだし宿屋の需要はないかもな。
「宿の部屋はどうすんの?」
「はい、個室と貸しきりの宴会場に改装しようと思ってます。チッチャの友達や料理人志望の人が働きたいと言ってくれているのでなんとかなりそうです」
そうか、人が増えたらそれも可能だな。
再開発が進んでライバル店が増えた後の小熊亭を心配していたがそれなら大丈夫だろう。
その後、小熊亭を出てドワンと相談しながら温泉バルブの数や大きさとか現地を見て回りながら相談していく。
観光客向け以外に住民サービスとして無料の温泉も設置しよう。管理は使用する住民達にやってもらうので建設だけしてやればいい。
次に魚の養殖場予定地を決める。門の外の自分の土地に池を作る想定をしていたが、池を作ると水源に影響が出るかもしれないと言われた。
なるほど。
それなら川から水を引いて人工的な養殖場に変更。それ以外に餌となるザリガニや川エビの養殖も必要になってくる。ザリガニやエビの養殖は水温を安定させる為に温泉のパイプを通して温度をあげてやれば増やせるかもしれない。
マスは成魚を連れて来るには大変なのでグローリア王国から受精卵をもらって来ることで話がついた。市場に出せるようになるのは3年ぐらい後になるだろう。
小熊亭に戻って昼飯を食べようとした時にベントがやって来たが見知らぬ学生を二人連れている。
「よう、ゲイル。やっと帰ってきたか。それに父さん母さんも来てたんだ」
「ベントも元気そうだね。そっちの二人は友達?」
「まぁ、そんな所だ。今、屋台を手伝ってもらっている」
ベントのフランクフルト屋は1本銅貨10枚のままでも売れているらしく、マヨ焼きの反対側2軒の屋台がやってられないと屋台を手離したのでベントが買ったそうだ。
どうやらベントを見て社会勉強とアルバイトを兼ねてやりたいと言い出した学校の同級生と下級生らしい。領主コースに通っている生徒でも金が有り余ってる領ばかりではないらしく、実情は困っていて社会勉強という言い訳でアルバイトが出来るのは助かるらしい。生活に困っていないベントがやりだしたことで働きたいと言い出せたみたいだ。
「ベントもいつの間にか人を雇う立場になったのか」
「そんな大層なものじゃないよ。俺も来年卒業だからな。いつまでも屋台を続けられるわけでもないし、こうやって誰かがやってくれるようになった方がいい」
ちょっと会わない間にベントはかなりしっかりしてきたな。男子3日会わざればなんとやらってやつか。
「来年卒業したらどうすんだ?領に帰るのか?」
「ちょっと迷ってるんだ。成人するまで王都に家を借りて学生達が俺がやってきた社会勉強の場を確立させたいなとかな。お前が俺にやってくれたみたいな真似事をしたいんだ」
素晴らしい。ほんの数年前まで拗ねて投げ出したり、人を妬んでグチグチ言ってた奴と同一人物とは思えん。
「それなら卒業したらうちに住めよ。それでソドムさんやフンボルトの手伝いをしてくれないか?ここはこの2~3年で大きく変わる。ここでやることはディノスレイヤ領でもやりたいことだからこっちも助かるしお前の勉強にもなるぞ。父さん、それでも構わないよね?」
「あぁ、好きにすればいい。学校を卒業してから成人するまでのわずかな時間だ。やりたいことをやって好きに時間を使え」
「ゲイル、いいのか?」
「当たり前じゃん。うちの屋敷は西の街の事務所も兼ねてるからね。それにソドムさんは中央で文官の教育係もしてたから勉強になると思うぞ。街の役所の体制も整え直さないとダメだし、一緒にやってくれ」
「わかった。その話ありがたく受ける。あとサラの・・・」
屋敷にはメイドがすでにいるし、サラをどうするかだな・・・
「ベントはサラに面倒みてもらわないとダメか?」
「いや、そんなこともないが、ディノスレイヤ家のメイドがお前の屋敷でメイドすると揉めるだろ? ミーシャはどうしてんだ?」
「ミーシャにはメイドの仕事させてないよ。うちでは客人だ。これから街の開発に向けて接客員の指導をしてもらう予定にしてる」
「それ、サラにもさせてくれないか?今も俺が屋台している時もずっと寮で待ってるだけなんだ」
チラッとミーシャを見ると苦笑いをしている。ミーシャはメイド見習いの頃からサラに怒られっぱなしでいまだに怖いのだ。
まぁ、でも接客員教育もミーシャ一人では大変だろう。よし、サラにもやって貰おう。
「わかった。サラが了承するなら頼む」
屋台は基本ベントがやってるがジロンも色々と相談に乗ってくれていたようで、屋台が早く終わった日は小熊亭を手伝ったりと家族みたいな雰囲気になっていた。
サラにも接客指導員をさせると決まった事にミーシャがボソッと(酷いです)と呟いたが聞こえなかった事にしよう。
もうミーシャもあの時の子供ではないし、サラもあの一件以来憑き物が取れたように丸くなってるらしいからな。
小熊亭の開店前から俺が帰って来た事を聞いた住民達が集まりだし、久々に足湯の焼き鳥飲み屋が復活した。他の料理を食べたい者は中で食べたりわざわざ持ってきたりと大繁盛だった。
小熊亭の閉店した後、屋敷に戻る途中にグリムナが俺に問いかける
「お前は住民に人気があるのだな。それにここではお前が王みたいなものだろう?なぜみな仲間のように接するのだ?」
「俺が望んだからだよ。でもこんな子供の言うことをよく聞いてくれるし、みな協力的だから問題ないよ。活気があって元気でしょ」
「あぁ、楽しそうだった」
「王として君臨するやり方もあれば、こんなやり方もある。皆が協力して楽しくやっていけるならどっちでもいいんだよ。俺はこっちの方が好きってだけでね」
「俺はじっちゃん達の代行として国を守るため絶対的な存在でいなければならないと思っていた・・・」
だからあんな怖い雰囲気を出していたんだな。
「それで国の平和が何百年も守られてきたんだから間違いじゃないと思うよ。」
「俺もそれは自負している。が、ディノスレイヤ領とここを見て思う所がある。お前が里に来て指摘した通り、エルフ達には活気がない」
「それはグリムナさんのせいというより、刺激がないからだよ。毎日変わらない生活、今までもこれからもずっと。そうなれば日々を淡々として暮らすようになるのは当たり前だね。でも外に出す人を増やすなら変わって行くと思うよ」
「本当にそう思うか?」
「外の生活が合う人、合わない人がいる。外の生活を続けても生まれた所に帰りたいと思う時が来たりね。外から戻った人の情報で刺激も出るだろうし、変わらない場所というのも悪いもんじゃないと思う。それぞれが選択出来るというのはいいことだと思うよ」
「変わらないということも悪くないか・・・」
変わって行く所があるからこそ、変わらない物の貴重さが分かるようになるからな。本当はこの街でもいくつか文化遺産みたいに残すべきだったかもしれんが今更だ。ここは開発地区。新しく作り変える場所なのだ。
でも、もしかしたら小熊亭が文化遺産になるかもしれないな。始まりの宿として。
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