そして勇者は生き残る ~追放された勇者は無法者になり、叛逆の英雄として世界に牙を剥く

最上へきさ

第0話 おお勇者よ、生き残ってしまうとは情けない

「おお、勇者よ――勇者アシェルよ。どうして生き残ってしまったのだ――お前だけが、たった一人で」


 どうして、と訊ねられて。

 僕は、こう答えるしかなかった。


「みんなが――仲間が命を懸けてくれたんです。僕の持つ聖剣ならば、魔王を倒し、世界に平和を取り戻せると信じて――僕を守ってくれたから」


 僕は、彼らから託されたのだ。

 願いを、祈りを、希望を、野望を――未来を。


 この世界に生きるすべての人々が、再び笑って暮らせるように。

 平和を取り戻してほしいという、彼らの願いを。


 託されたものがあったからこそ、僕は戦い抜けた。

 最終決戦では、魔王の圧倒的な強さに何度も屈しそうになった。

 頼みの聖剣は折れ、全身はズタボロになり。


 でも、彼らの魂が背中を押してくれたから。

 ついに魔王べーリオルを打ち破り、人の世界にもどってくることができたのだ。


「馬鹿な――認めんぞ。儂は、儂は――貴様のような平民・・が、世界を救ったなどとッ」


 だというのに。

 その男――神聖ゼラ皇国の指導者、皇帝デナンディ・ザジ・ド・ゼラは、叫ぶ。

 怒りに拳を震わせ、口角から泡を撒き散らしながら。


「我が息子ラフェンディは儂に誓ったのだ! 必ず自分が世界を救うと――ゼラ皇家と大いなる地母神の名の下に、臣民達に平穏を取り戻し皇国に栄華をもたらしてみせると! 何故あの子が死んで、貴様が生き残っているのだ、勇者アシェルッ」


 ラフェンディ皇子の誓いは、間違いなく果たされた。

 彼の卓越した神聖魔法による支援がなければ、僕はとうの昔に死んでいた。

 ラフェンディがいたから魔王を倒すことができたのだ。


 だというのに。

 デナンディの隣に座っていた隻眼の男――リダルグ連邦国の盟主、ジェームズ・ドノヴァンは言う。


お前が見殺しにした・・・・・・・・・騎士ヴァネッサ・ロンダインは、連邦国にとって救国の聖女だった。彼女は光だった。誰もが彼女を愛していた――俺自身も。お前のような、家族も故郷もなく、ただ戦うことしかできない道具・・に、それが理解できるか? 勇者アシェルよ」


 騎士ヴァネッサは僕にとっても光だった。

 剣術を、戦う術を、覚悟を、誓いの意味を教えてくれた人。

 誰よりも強く高潔な彼女がいなければ、きっと戦い抜けなかった。


 だというのに。

 ジェームズの隣りに座っていた白髪の老人――世界魔法士協会の長、“導き手”マーリーンが目を細める。


「この百年間、“探求者”メイゼルほど魔法の真髄に迫った魔法使いはいなかった。お主があの子を見捨てたせい・・・・・・・・・・・・・で、我らの魔法の進化は何十年と遅れるであろう。その罪の重さはお主のような無学者・・・には理解できまい――勇者アシェル」


 その知性で、卓越した魔法の技で、何よりも諦めない心で、魔法士メイゼルは血路を開いてくれた。

 彼女こそ平和な世界に必要な人だった。

 戦うことしかできない僕よりも彼女が生き残るべきだと、どれだけ説き伏せたかったか。


 だというのに。

 マーリーンの隣りに座っていた妙齢の女性――“影の一党”の首魁、アドリアナ・シェイファーが口元を歪める。


「あたしらは影――所詮は光を浴びることのない存在だよ。でも、あんたみたいな正義ヅラ・・・・したヤツに使い捨てにされる・・・・・・・・謂れはない。シェルスカを死なせた償いは、きっちりしてもらうよ。勇者アシェル」


 誰よりも冷徹で、誰よりも優しい人――それがシェルスカだった。

 彼女が手に入れる情報が、そこから生まれる抜け目のない作戦が、僕達五人をいつも死地から救い出してくれた。

 どれだけ絶望的な状況でも、不敵に笑う彼女に何度勇気づけられたことか。


 だというのに。


(どうして僕が、彼らを裏切ったりするんだ――そんなこと、絶対ありえない)


 僕は全員を助けたかった。

 みんなで生きて帰りたかった。


(でも、みんなが言ったんだ)


 僕が――僕こそが希望だと。


 僕さえ生き残り、魔王を倒してくれれば。

 きっと世界は救われるのだと。


(だから僕は聖剣を手放さなかった。最後まで戦った)


 彼らの屍を乗り越えて、魔王ベーリオルを倒したのだ。


 だというのに。


 僕は今、断頭台にかけられようとしている。


「貴様のような平民が救世主などと、あってはならぬ!」

「俺達は怒りの捌け口を求めているのだ。掴みそこねた希望の対価を」

「魔法を――我々人類の知恵と未来を、傷つけた罪を知るがよい」

「あたしらの誇りにかけて、あんたを英雄にする訳にはいかない」


 仲間達を裏切り、魔王討伐の功績を独り占めしようとした極悪人として。


(……いっそこのまま、殺されてしまおうか)


 何も知らず、考えず、僕の話を聞こうともしない連中を皆殺しにして。

 最後に自分で自分の命を断つ。


 そうすれば気分爽快で、楽になれる。

 冥界で待つ彼らのもとに行けば、きっと。


(いや。違う。ダメだ)


 彼らは言った。


(生きろ。魔王に勝って、この戦いを生き抜いて――)


 ラフェンディは言った。


(自由に生きろ。使命のためなんかじゃなく。お前も、好き放題やってやれよ)


 ヴァネッサは言った。


(幸せになってくれ。君には、その資格がある)


 メイゼルは言った。


(勝手気ままに楽しく生きたらいいでしょ。それぐらい、してもいいわよ。あんたは充分頑張ったんだから)


 シェルスカは言った。


(少しは自分のために生きなさい。でなきゃ、君の人生、損ばっかりじゃない)


 それが彼らの願い――僕が受け取った想い。


 だから僕は逃げ出した。

 鎖を断ち、断頭台を砕き、何千という衛兵達を薙ぎ倒し、何百という騎士を叩き伏せ。


「叛逆だ! ついに本性を表したぞ、この化け物め!」

「この男は勇者などではない! 勇者を騙って我々の英雄を殺し、世界に君臨しようとしている!」

「捕らえよ! どんな手を使っても――いいや、いっそ殺しても構わぬ!」

「聖剣が真に相応しいものに抜かれていれば、魔王ごときに我々が追い詰められることもなかったのだ!」

「コイツこそが――勇者アシェルこそが、諸悪の根源だ!」


 死の運命から――あるいは、この世界から逃げ出した。


 どこにも行く宛などない。

 世界を裏切った罪で、あらゆる勢力から追われる身だ。


 僕を受け入れてくれる社会など――人々など、どこにもない。

 それでも構わない。


 誰もいない場所で、誰とも関わらず。

 たった一人で暮らしていければ、それでもいい。


 その時の僕は、本気でそう思っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 だが、現実は厳しかった。

 

 追手と刺客に追われ続ける人間が孤独に生きていける場所など、どこにもなかった。


 僕が勇者として身につけたスキルは、戦うこと――いや、魔族を殺し、魔物を殺し、魔王を討ち取ることだけ。

 それはつまり、動くものはすべて吹き飛ばし、火がつくものはすべて灰に還すための技と力。


 ただ生きていくためには、過剰であると同時に不要な能力だった。


 ……飲まず食わずで山野を彷徨う二週間。


 ようやく追手が途絶えてきた頃。

 僕の命も残り僅かなものになっていた。


(……できることは、もう、ほとんどない)


 渇きと空腹に苛まれる思考で導きだせる答えは一つだけ。

 

(有り余るこの力を、一切れのパンに変えるためには)


 ――そうして僕は、野盗に成り下がった。

 この世界から弾き出されてもなお、生きていくために。

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