9-7 記録しても良いものなのか?
学内の放送発信場は全校放送室、職員室の校内発信用マイク、そして体育館の第二放送室だ。
昼間の内に学内の見取り図は全て頭の中に叩き込んでいる。
慣れたものだ、訳もない。
校内はもう既にそこら中血みどろで「部品」が散らばり足の踏み場もなかった。
数名を屠って職員室に通じる廊下へ赴けば蟹江と夏岡が奮戦していた。
生徒たちは何が何でも先には行かせぬと、廊下にひしめきあって居て蟻の這い出る隙もない。
既に相当数の仲間が物言わぬ
兵隊は噛みつきと肉をも溶かす胃酸が武器で、なり振り構わず襲いかかってくる。
味方に被害が及んでもまるで
とはいえ所詮ヒトの身。
一人一人は脆弱だ。
ほんの一振りで容易く絶命する。
至近距離で吹きかけてくる胃酸ですら、駆除者の反応の前では緩やかに宙を舞う綿毛程度でしかない。
「処理」は纏わり付く子犬をあしらう程度の容易さだ。
だが
夏岡は嬉々として
そして蟹江は殆ど半泣きで、少年少女達をなます斬りし続けていた。
「来るなと言っているでしょう!わたしたちを通して!通すダケでいいのよっ」
啼き喚いて長柄刀を振り続けている。
そしてその都度に手が跳び足が跳び、首が跳び続けるのだ。
「先に行くぞ」
キコカは床を蹴り一足飛びで生徒たちの頭上を飛び越え、そのまま廊下の柱を斜めに蹴り飛ばし、兵隊達の背後に回り込んで着地する。
瞬時に駆け出して、職員室のドアを蹴飛ばすのだ
蹴破ったドアが派手な音を立てて吹っ飛んだ。
即座に踏み込み奥へと進む。
職員室の放送設備は給湯室の脇。
器機のマイクと操作盤が卓上に乗っているだけだった。
哀れ、と思う。
捨て駒でしかないというのに。
苦も無く解体して再び廊下に出た。
「此処じゃなかった。あたしは二階の放送室に向う。二人は体育館の方に向って!」
念の為だ。
次期女王が居座っている可能性も
此処に居る兵隊が守っていたのは職員室ではなかった。
二階へと向う階段を塞いでいたのだ。
ならば放送室こそが本命。
背後から猛烈な勢いで追いすがって来る足音が聞こえていた。
キコカは軽くサイドステップを踏んだ。
真後ろの死角から飛びかかって来た相手をヒラリと躱して振り向きざまに一刀。
首が跳んで落ちた。
「邪魔をするな」
ただ、確かめたかったダケだ。
踏みとどまる気配すら無かったのでそのまま
右に、左に、或いは上下に体を揺らし、跳ね、身を屈め、手の得物を振るう。
その都度に血と肉体の一部が飛び散るのだが彼女には一筋の傷すら見当たらない。
いや、返り血すらヒラヒラと華麗に避けて、服には一滴の染みもなく、新品の制服はまっさらのまま血煙の中で踊り続けているのだ。
一閃ごとに鉈が血で濡れる。
ステップを踏む毎に、手にした凶器が振われる度に、少年少女達が物言わぬ
流れるように、滑るように。
激しく惑いなく止め
真っ赤な舞台で殺伐たる剣舞を気取る、黒髪のダンサーとも思しき姿がソコにあるのだ。
「何者だよ、コイツ」
唖然としたオペレータの声が聞こえた。
白いワンボックスカーの中に設えられたオペレーションルームには、空調ファンの回る音だけが在った。
ソコに居る全員が息を呑み、呼音すら聞こえなかった。
彼らが覗き込む画面にはこの世のモノとも思えぬ世界が、現在進行形で押し進んでいる最中であった。
若いオペレータが固唾を飲む。
コイツが弱体化している?
力が無くなって廃棄寸前だと?
S(特殊戦術群)に居る俺のツレだって此処まで立ち回れねぇ。
こんなの、こんなの人間業じゃねえよ。
再びキコカの鉈が振り下ろされた途端、彼は思わず自分の喉を撫でた。
いま画面の中に在ったのが、自分の首のような気がしたからだ。
モニターの中では、ただただ凄惨な光景が繰り広げられていた。
あどけなさの残る少年少女達が切り刻まれ、呻き、喚き、狂乱し、そして肉塊に変わり果てていった。
身体の各部がバラバラになって、噴き出し流れた血しぶきが床と云わず壁と云わず、天井から窓まで。
くまなくあまねく染め上げていった。
二つに分かれた胴体から、長く伸びた内容物が床面にのたくっていた。
白いプリンのような残滓が窓にこびりついていた。
そしてその身体の中から飛び出したスニーカーほどのサイズの蛆虫が、血の海の中をビチビチと跳ね回り続けているのである。
画面の前に座るオペレータ達は最早身じろぎすらしない。
硬直し、瞬きすら忘れて画面に釘付けになっていた。
言語を絶した凄まじさだ。
だが目を反らすわけにはいかない。
自分達はその為に此処に居るのだし、それが自分達の役目だからだ。
だが、しかし・・・・
これは記録しても良いものなのか?
「校外には誰も出て居ないな?」
無面目な声が響いた。
「はい。現在の所、封鎖に漏れは在りません」
「些細な異常も見逃すな。公安の目の行き届かない箇所は全て我らが拾い上げる。正念場だ、この場だけで全てを終わらせるのだ」
「承知しております」
くっ、と小さく呻く声が聞こえた。
一人のオペレーターが口元を覆って眉間のシワを深くしていた。
画面を凝視する目元が震えている。
泣いているのだと知れたが見て見ぬ振りをした。
片桐は再びポケットから手帳を取り出すと、また何事かメモを書き留めていた。
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