#35『バーチャル美少女、泣く』

「美玖……どうしてここに……?」


 すると美玖は、何も言わずに俺の元に駆け寄り――俺を抱きしめていた。


「え……?」


 なんで……。

 突然の事態に動揺して硬直してしまっていると、美玖は……俺を抱きしめたまま静かにささやく。


「大丈夫だから……私がずっと、そばにいるから……」


 で、でも、俺は……。


「俺は美玖の思ってるほど、立派な人間じゃないし……」

 

「そんなこと、どうだっていいよ……私が私の意思で、一緒に居たいと思ってるんだから……」


 美玖の俺を抱きしめる腕に、一層力がこもる。

 だけどそれは、苦しいだけのものじゃなくて……上手く言えないけど、暖かくて、心地良かった。


「だから、あなたはひとりじゃないよ――」


「――そうだよっ! お姉ちゃんはひとりなんかじゃないっ!」


 美玖の後ろで、叫び声がする。

 目を遣ると、そこには莉音が立っていた。

 莉音は俺に向かって、なおも叫び続ける。


「お姉ちゃんには、私がいる! 美玖さんがいる! 円華さんや楓だっている! みんなみんな……お姉ちゃんのことが大好きなんだよ! だから……お姉ちゃんはひとりぼっちなんかじゃないよ!」


 ――ああ、そうか。

 ぜんぜん気付かなかったけど。

 俺は、いつの間にか……ひとりぼっちじゃなかったんだな……。


 俺の頬には、涙が伝っていた。

 そして一度流れてしまった涙は、もう堰き止めることが出来なくなり――。


「俺……美玖たちの側にいても良いのかな……」


「うん」


「ずっとずっと、側にいても良いのかな……」


「……うん」


 ――いつしか俺は、美玖の腕の中で泣いていた。

 駄々を捏ねる子供みたいに泣きじゃくっていた。

 美玖は俺が泣き止むまで、ずっと抱きしめてくれていた。


 やがて感情の整理が付き、涙が引いた俺に対し――美玖が尋ねる。


「もう大丈夫? 気が済んだ?」


 その言葉で、自分が柄にもなく泣いてしまっていたことを、改めて自覚する。

 なんて恥ずかしいところを見せてしまったのだろう。

 急に羞恥心が襲ってくる。

 

「うん……」


 でも……。


「でも、もう少し……抱きしめて貰っててもいい……?」

 

 美玖の腕の中は、手放したくないほどに――心地良かったから。

 俺のそんな言葉に応えるかのように、美玖は無言で俺を抱きしめ続ける。

 

 俺はそんな美玖に甘えるように。

 ずっと美玖のぬくもりを感じ続けていた。


◇◇◇◇


 ――その後の話。


 チャンネル登録者数勝負に勝利し、瑠璃川ラピスとのコラボ配信も無事に成功させたことで……目下の問題はおおかた解決することができた。

 もちろん俺と家の問題はまだ何も解決していないのだが……それは一筋縄でいく問題じゃないし、追々どうにかしていけばいい。しばらくは様子見するしかない。

 だが一方で、もうひとつ俺は大きな問題に直面していた。


「――チャンネル登録者、また増えてるじゃん……」


 俺のチャンネルは、あれ以来順調に成長を続けていたのだ。

 瑠璃川ラピスとのコラボ配信からまだ数日しか経っていないのに……チャンネル登録者数はすでに60万人をの突破してしまっていたのだ。


「なんで止まらないんだよ!?」


「えぇ? 別に良いことじゃんか」


 その様子を隣で見ていた莉音が、面倒臭そうに言う。

 くそぉ、他人事だと思いやがって……。


「ぜんぜん良くないよ! これ以上人気になりたくないんだよ! 一生50万人だけを愛でていくって決めてたのに……!」


「まぁ、あれだけの大立ち回りをすればそりゃ、ね……。今やお姉ちゃんは彗星の如く現れた注目のVtuberなんだよ」


「そんなのイヤだ、イヤだ! 俺は知る人ぞ知る玄人好みのVtuberになりたいの!」


「知る人ぞ知る、ねぇ――」


 莉音は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、


「――そんなの、もう『瑠璃川ラピス』に見つかった時点で無理じゃない――?」


 ――と、その時だった。


 ピンポーン。


 家のチャイムが鳴る。


 扉を開けると、そこにいたのは……美玖だった。


「たまたま、この近くまで来たので……お邪魔だったかな?」


 あの一件以降、美玖も定期的に俺の家に立ち寄るようになった。

 多分、俺のことを心配してのことだろうが……。

 正直言って、要らぬお節介というやつだ。


「それと次のコラボについて話をしようと思って……」


 コラボだと?

 冗談じゃない。


「俺は絶対コラボなんてやらないぞ!」


 ラピスとコラボなんてしちゃったら、また登録者が増えちゃうじゃないか!


「そ、そんな……」


「あ、美玖さん気にしないでください。今はお姉ちゃん、イヤイヤ期に入ってるだけですから」


 ……人をそんな赤ん坊みたいに言うな。


「と、とにかく俺は今後コラボなんてやらないからな!」


「あーあ、そんなこと言っていいのかなぁ?」


 莉音は何か悪いことを考えてそうな表情で、手をワキワキさせる。


「な、なんだよ……」


「そんなお姉ちゃんには、カワイイお洋服にお着替えの刑だっ!」


 バッ、と俺に向かって飛びかかる莉音。


「美玖さん! こっち側押さえて!」


「え? は、はい……!」


「やめろぉっ……!」


 俺はただ、静かに暮らしたいだけなのに……。

 なんでこうなるんだよぉっ――!



◇◇◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇◇◇



 以上で1章完結です。

 最後までご覧いただきありがとうございました!


 引き続き2章をお送りしていきたいと思っていますが、準備に少しお時間をいただくことになるかもしれないです。

 気長にお待ち頂けると幸いです!

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