くっ……! 女騎士団長である私がこんな美味しそうなごはんに屈するわけがない!

山本コーリン

第一部 たとえここがどこであろうと

第0話 決戦前夜、夢の跡

登場人物:


騎士団長

 魔王討伐のために結成された『帝国騎士団』の若き団長。『軍神の加護』を受けており、生活の全てを鍛錬に捧げている。千戦無敗の女剣士。190㎝近い長身で、褐色の肌に赤い瞳、銀髪の映える美人だが、本人は容姿に全く無頓着でいる。男女問わず騎士団員たちの憧れと尊敬の的である。


モルガート

 帝国騎士団・副団長。弓兵隊の長でもある。『狩猟の加護』を受けており、驚異的な視力と正確無比な射撃を武器に副団長の座を獲得した。小柄でギョロ目。『いつも目がバキバキに開いていて怖い』と女子兵たちから嫌われている。団長に特別な想いを抱いている。


ヴァーレン

 帝国騎士団・重装歩兵隊の長。『大楯の加護』を受けている。身長は170㎝程だが、非常にがっしりとした体つきで、体重は100㎏近くある。黒髪短髪。タレ目で目が細いため、寝ていると誤解されることがある。大食らい。女子兵からは『太った人はちょっと……』と避けられているが、本人はあまり気にしていない。


ジノマット

 帝国騎士団、騎馬兵隊の長。『駿馬しゅんめの加護』を受けており、馬に乗って敵の陣形を攪乱する戦法に長けている。金髪短髪。180㎝の長身で脚が長い。人好きのする顔、いわゆるハンサムだがデリカシーに欠けているところがあるため、女子兵のファンは多いが恋人はいない。馬がいないと割と無力。


カンツミ

 半人半狼の獣人。斧兵隊の長。全長は2m以上あるが猫背で歩くため170㎝程度に見える。粗暴で好戦的だが部下からは慕われている。加護は受けていないが、常人離れした腕力で大斧を振るって戦う。鋭い牙と爪を持ってはいるが、大斧を振って戦うスタイルに拘っている。女子兵から『獣人は恋愛対象にはならない』と避けられていることに気づき始めている。



場所:ムダル大陸北部 最果ての森


  ―――――


 帝国騎士団が、暗い森を行軍している。重い足音と、鎧のガチャガチャぶつかる音が響いているばかりで、会話はない。先頭を行くは騎士団長と、副団長モルガート。次いで各部隊長、ヴァーレン、ジノマット、そしてカンツミ。地面に太い木の根が這っていたり、ところどころぬかるんでいたりするため、各部隊員たちが後方で馬の手綱を引いて歩いている。


 重装歩兵隊の長・ヴァーレンが団長の側へ歩み出て、緊張した面持ちで尋ねた。


ヴァーレン「この森を抜けたら、いよいよ魔王城ですか」

団長「ああ、気を引き締めておけ」

ヴァーレン「ハッ」


 ザッザッザッザ……。

 兵士たちの規則的な足音が、森の静寂を一層際立てた。


ヴァーレン「帰ったらなに食べたい?」

ジノマット「うーんとねえ」

団長「気を引き締めろと言うのに」


 騎馬兵隊の長・ジノマットは左手を顎に添え、気取ったハンサム顔で考えた。


ジノマット「やっぱり肉だな。でっかい肉が食いてえ」

ヴァーレン「ああ、いいね。熱々の鉄板でジュージュー焼いてな」

団長「まったく……」


 呆れた様子でため息をつく団長。しかしそこに彼らを批難する色はない。子どもの悪戯に手を焼きながらも、どこかで大目に見ている母のような寛大な態度だ。


ジノマット「外側はこんがりパリッと焼いてな、中は半生でいい。肉汁が溢れ出てくる。そこにシビレ菜の茎を刻んだやつと、塩豆のソースをたっぷりかけてさ」

ヴァーレン「うわ、最高」

団長「……ゴクッ」


 団長は彼らの話を片耳に、つい想像してしまう。浮かんだ画があまりにも蠱惑的で、口内いっぱいに溢れた唾液を飲みこんだ。など、もう何年も口にしていない。


モルガート「貴様ら! 団長が気を引き締めろと言ったばかりだろうが!」


 モルガートが強く叱責する。責任感が強いようでその実、団長にく思われたくて必死なのだ。


ジノマット「だってヴァーレンが……」

ヴァーレン「ジノマットが美味しそうなこと言うから……」

団長「いやモルガート、構わん」

モルガート「しかし団長!」

団長「私が悪かった。お前たちはこれまで本当によく戦ってくれた。魔王を倒せばそれも終わる。夢の一つも語りたくなるだろう」

ジノマット「やさしい」

モルガート「団長がそう言われるなら……」

団長「好きなだけ語れ。それがお前たちの戦う力になるならば止めはしない」

ヴァーレン「ワーイ!!」

団長「魔王を討伐すれば、我らは救国の英雄だ。どんな夢も叶うだろう」

ヴァーレン「団長バンザーイ!!!」

ジノマット「帝国騎士団バンザーイ!!!」

モルガート「魔王軍に気づかれるだろうが!!」


 モルガートの叱責を気にする素振りも見せず、ヴァーレンはうきうきした顔でカンツミに歩み寄った。カンツミは黙って不機嫌そうに歩いていたが、獣人の感情は表情からは読み取りづらい。


ヴァーレン「カンツミ、お前はなにが食いたい?」

カンツミ「俺は飯なんざどうでもいい。……女だ。とにかく女を抱きまくりてえ」

ヴァーレン「わー。お前らしいな。野蛮で」

ジノマット「おれの実家で飼ってる犬を紹介してやろうか。かわいいぜ」

ヴァーレン「アーッハッハッハッヒーー!」ツボに入った

モルガート「うるさいぞ」弓矢を引いている

ヴァーレン「ごめんなさい」


 急にしおらしくなるヴァーレン。モルガートはこう見えて帝国騎士団の副団長だ。つまり完全実力主義の帝国騎士団において、団長に次ぐ実力を持っているということだ。その割に尊敬されている様子はないが、分厚い白星鋼はくじょうこうの鎧を打ち抜くくらいは


カンツミ「女ったって並の女じゃダメだ。とびきりの上玉さ。英雄にはそれくらいのご褒美がなくっちゃあな」

ジノマット「まあ、皇帝陛下はそれなりの褒美をくださるだろうな」

カンツミ「だが青っ白い貴族のお嬢様なんかはゴメンだ。俺の力が強すぎてぶッ壊しちまうからな。ハッハッ、ハァーー」


 舌を出して笑うカンツミの口から唾液がこぼれた。こういうところが女子兵たちから嫌われているのだ。


ジノマット「娼館のでっかいババアにでも相手してもらえ。防御力高そうだろ」

カンツミ「娼館? ハッ! あんな香水くさいところ、鼻がおかしくなっちまう」

ジノマット「贅沢な犬だな」

カンツミ「俺の好みはそうさな、強く、気高く、美しく……そう、団長みたいな女さ」

団長「なに?」

モルガート「きっ貴様ァ! 団長に向かって無礼だぞ!!」


 団長はカンツミの話を聞いていなかった。というのもさっきから頭にこびりついていたの誘惑を振り払うのに集中していたためだ。そこで不意に自分が呼ばれたので咄嗟に聞き返したに過ぎないが、モルガートは耳をそばだてていたため、顔を真っ赤にしてすごい剣幕で唾を飛ばしている。


カンツミ「その無骨な鎧の下がどうなってるのか興味津々でよ。ムラムラして寝付けない夜は、月を眺めて一晩中吠えたもんさ」

ジノマット「お前昨日の夜も吠えてたろ」

ヴァーレン「山で野犬が吠えてるもんだとばかり」

カンツミ「なあ団長。このあとの戦いで俺が良い働きをしたら、いっちょご褒美に抱かれちゃくれねえかい」

モルガート「貴様ァーーーー!!」

カンツミ「うるせえぞモルガート。俺は真剣に聞いてんだ」

モルガート「ぐっ……」


 モルガートはつい黙ってしまう。『真剣』という言葉に弱いのだ。たとえ批難はしたとしても、他人の真剣を嘲笑う男ではなかった。


ヴァーレン「……」

ジノマット「……」

モルガート「ハワ……ハワワァ……」

団長「……」


 皆、団長がどう答えるか、固唾を飲んで見守っていた。


 モルガートは冷や汗をびっしょりかきながら、不安そうに団長とカンツミを交互に見比べている。

 団長がまさか、この野蛮な獣人に体を許すはずはないと信じてはいても、部下想いな彼女の性格が、万に一つ「いいだろう」と答えさせてしまうのではないかと、紅潮した顔から一転、陶器のように青白い顔で団長の言葉を待っていた。


団長「フン……バカも休み休み言え」

カンツミ「チッ」

モルガート「ホッ……」

カンツミ「相変わらずお堅いな。『優しくしてね』なんて冗談の一つでも言ってみたらどうだ」

団長「私は生涯、誰にも抱かれるつもりはない」

ヴァーレン「え、えー? 一生独身でいるつもりですか」

ジノマット「せっかく美人なのに」

団長「戦場が私の家であり枕だ。伴侶がいては、覚悟も剣も鈍るだろう」

モルガート「……団長」


 モルガートは胸を押さえて悲しそうな目で団長を見つめている。情緒の忙しい男だ。


ヴァーレン「団長は? 戦いが終わったらしたいこととかあるんですか」

団長「……ない。変わらず鍛錬に励むのみだ」

カンツミ「カッ、女盛りが泣いてるぜ」

団長「私が鍛錬を辞める日が来るとすれば、それは死ぬ日か、世界から争いがなくなった日だ」

カンツミ「フューー……」犬だから口笛が吹けない

ヴァーレン「かっこいい」

モルガート「さすがは団長です。『軍神の加護』を受けていらっしゃるだけのことはある」

団長「! 止まれ、誰か来る」


 歩みを止める騎士団員たち。

 暗い森の向こうから、斥候のハリエルが息を切らして戻ってきた。


団長「ハリエルか、ご苦労だった」

ハリエル「ハァ……ハァ……大変です!」

モルガート「大丈夫か、落ち着いて話せ」

ハリエル「魔王軍が……魔王軍が……!」


 一足先に魔王城の偵察に向かっていたハリエルのただならぬ様子を見て、皆が緊張の面持ちで言葉を待った。状況は? 戦力は? ハリエルは膝に手をついて呼吸を整えてから、深く息を吸って報告した。『魔王軍が……』その続きは、


ハリエル「いっぱいいます!」

団長「……ん?」


 時は進み、一行は森を抜け出し、魔王城を見下ろす丘の上に陣を張った。兵站部の名もなき補給兵たち数名が各隊を回って物資を配った。弓隊の矢の補充をし、騎馬隊の馬に餌を与え、武器を研ぎ、質素な兵糧を配り、開戦に備える。


 モルガートが『狩猟の加護』の能力で魔王城前に展開する軍勢を数えている。距離は遠いが、モルガートの目には魔物の一体一体が見えていた。


モルガート「9万5千、いや10万近くいるか……」

ヴァーレン「うわ、多いなぁ……」

ジノマット「おれたちは100人ちょっとなのに」

モルガート「少し予想外ではあったが、心配いらん。我が騎士団は一人一人が一騎当千だ」

ヴァーレン「一人が1000人分で、100人だから、えーと、ひゃく、せん、まん……」

ジノマット「10万か。ギリギリ勝てるな」

カンツミ「俺が一人で2000匹殺す! そうすりゃお釣りがくるだろうが」

ヴァーレン「頼もしいぜカンツミ!」

モルガート「それにこちらには団長がいる。ものの数など問題ではない!」

団長「……」


 実際、帝国騎士団は精鋭の集団だった。大陸全土から集まったこのつわものたち一人一人が輝かしい戦績を誇っていた。事実これまでの行軍で彼らは、各地の街を占拠する数千、数万の魔物たちをことごとく撃破してきたのだ。


 そしてなにより騎士団長が戦場に立つようになって以来の。この功績は誇張ではない。そのことが彼らの恐怖を鈍らせていた。当の騎士団長、ただ一人を除いて。



 ――脚が震えていた。嫌な予感がする。


 『一時撤退だ』そのたった一言がどうしてあの時言えなかったのか。私は今でも後悔している。


 ……


 ところ変わって魔王城前、魔王軍後方。


 魔王軍幹部・知将ゼルマークが、部下の単眼の魔物の帝国騎士団の様子を覗いている。


ゼルマーク「これがあの帝国騎士団?」

部下の魔物「だいたい100人ちょっとですね」

ゼルマーク「プッ、クッ、クヒャッ……」

部下の魔物「ンフッ、フッ、フヒッ」

ゼルマーク「クヒャヒャヒャヒャ! クヒャーッヒャッヒャッヒャ!」

部下の魔物「ヒャーッヒャッヒャッヒャ!」もらい笑い

ゼルマーク「うるさいよ」シュピッ

部下の魔物「…ヒャ…」


 ゼルマークの指先から放たれた光線で部下の魔物の体が真っ二つに切断された。倫理観の軽さが非常に魔物らしい。魔王軍戦力-1。


ゼルマーク「クヒャ……これは傑作だ、人間がこれほど馬鹿だったとは。なあ?」

部下の魔物だった物「……」

ゼルマーク「我が魔王軍はそれぞれが一騎当千! あれっぽっちの戦力で、むざむざ殺されに来たようなものだ! クヒャーーッ!!」


 ……


モルガート「団長、準備はできてます」

団長「……全軍」


ヴァーレン「でかい肉食おうな」

ジノマット「さっきはそう言ったけどさ」

ヴァーレン「え?」

ジノマット「……本当に食いたいのはお袋の手料理さ」

ヴァーレン「……俺も!」


 武器を構える。皆それぞれに故郷のことを思い出していた。この戦いの先に、どんな豪奢な夢(褒美)よりも望んだ、平穏な時間が待っている。


団長「突撃ーーーーーーーィ!!」

騎士団員たち「ウオーーーーーーーッ」


 兵士たちの気迫はすさまじく、彼らは大地を揺らす波となって丘を下った。先頭を駆ける騎馬兵たちは、敵前線の突破を目指し更に加速する。あと数瞬で、両陣営が激突するかと思われたそのとき、馬の脚が何かに引っ張られ、転倒した。


 地面に投げ出された騎馬兵たちは、なにが起きたのか理解できずにいたが、すぐに答え合わせがなされた。


 馬の足元の地中から、無数の不死兵レヴァナントの群れが這いずり出て、馬と騎馬兵たちの体を掴み、土中に引きずり込もうとしている。


ジノマット「あ、ヤバい」


 魔王軍戦力+1万。目算が狂った。魔王軍はこの隙を見逃さない。

 喊声かんせいはほどなくして悲鳴に変わり、決死の行軍は早くも死の行軍と化していた。


団長「クソッ……!」

モルガート「団長、どこへ!」

団長「将を獲る! あとの指揮はお前に任せたぞ!」

モルガート「お待ちください団長! 私は、あなたのことがずっと……ずっと!!」


 どさくさに放ったモルガートの愛の告白が団長に届くことは一生なかった。この直後に飛来した巨大な竜の群れが火炎を吐き、モルガートら弓兵隊を焼き払ってしまったからだ。


 帝国騎士団の精鋭たちが見る見るうちに散っていく。

 阿鼻叫喚の戦場を団長は駆ける。暴風剣ヴェンダバルと共に!



 次回、第1話 『帝国騎士団、全滅』





●tips 『ハリエル』

帝国騎士団の斥候であり、騎士団随一の美青年。『隠密の加護』を受けており、気配を消す術に長けている。ハリエルは魔王軍がいっぱいいることを団長に報告したのち、行軍の後方で過労のため静かに息を引き取ったが、『隠密の加護』により、誰にも気づかれなかった。

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