なつく

天川裕司

なつく

タイトル:なつく


波止場にいた。誰も寄り付かない波止場。

黄昏時。

星が揺れる港の、上の雲が懐かしい。

頭上に浮かぶ雲。

よく見たら、雲が全体に広がってた。

ロマンスグレー?ちょっと違う。


俺はコートを羽織って、ポケットに手を入れ

昭和のロマンス気取って黄昏ていた。

誰かに見せようと。

別にそんなつもりはなかったかもしれないけれど、

でもやっぱり意識はしていた。


女「何考えてるの?」

彼女が俺のそばへ近づきそう言う。

「はは、別に何も」

おどけるように笑って答える。


でも次の瞬間、彼女は真剣になって言う。

「教えて」

精神的に何か追い詰められたような、

そんな風貌を持った彼女の姿。

俺にはこいつがわかる。わかるのだ。

わかりすぎるぐらい…


涼風が吹く。海の潮風はこんな時に良い。

都合が好いように心を冷ます。

グレーのコート。襟を立てて。

寒そうな顔をして遠くを見つめる。遠く。

「だめ、教えて」

彼女の声が波間に響き、心に響く。


自分の姿形、素振りを見ていると、

昭和…あまりにらしくって笑っちまう。


わざわざ内ポケットから

煙草を取り出しそれを吸う。

「私も吸う♪」

と彼女も俺の真似をして吸う。


また空を見上げる。彼女は持った煙草を下に下ろして見上げる。

コートの中に体を包む。彼女もくるまる。

マフラーもあればあの時がよみがえってくるのか。

雲が流れる。

でも全体的に曇りだから、流れてるのかどうかもわからん。

でも時間が経ってるから多分流れてる。


時計はセイコーの時計。

思い出す。青い地盤の張った、昔、親父がしていたその時計。

彼女もその思い出の中にくるまって来る。


時間が経つのも忘れたい。帰りたくない。

いや帰りたい思いもあるのだけれど、

帰る時間とその岐路が狂惜しいぐらいに

虚しくなってしまう。

疲れるのだ。ひどく疲れる。

旅行へ行って帰るのが億劫になる事、あれに似てるかも。


波を前に立ったまま、手紙を書く素振り。

刑事コロンボを思い出す。

あの音楽が流れる。金曜ロードショー…

また笑ってしまう。

でも思い出は真剣。真面目な感情。記憶、感情、主義主観。


「また来るよ」

…彼女を海に残して、思い出と一緒に立ち去った。


動画はこちら(^^♪

https://www.youtube.com/watch?v=EB7se3rPO48

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なつく 天川裕司 @tenkawayuji

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