第18話 虐げられた者達の哀歌
「——確認するぞ、『
レルヒェが口を開く。
「いや、違う。五人の魔王全員だ」
「……そうか。まぁそこはいい。だが、当面の目標は魔王エルキガンド、そこに相違はないだろう?」
「……あぁ。」
狂人め。と漏らしかけた言葉をレルヒェは飲み込む。
五人だろうが、一人だろうが、世界の理を統べる魔王に挑もうとしている時点で狂人であることに変わりはない。
「前提が共有されているなら、次は魔王殺しの方策を聞きたい……所だが、これは聞くまでもないか」
「そうだな、『捕食』と『
特に隠し札にしておくべき内容でもないしなと続けたシュウに、エレムが横から口を挟む。
「今までキュリアス卿、イグニス殿、ライネス殿、アグニカ殿、アミーユ殿と立て続けに『円卓』の面々を殺している以上、あながち馬鹿な計画とも言えないのよねぇ……」
だが、その言葉にシュウは怪訝な顔を浮かべる。
「待て、ライネスに、アグニカ?そんな連中は殺した覚えがないが――?」
「ん?遭遇戦で殺した相手の名前が分からなかったか?いたはずだ、金髪を下ろした女が――」
「いや、俺は『円卓』全員の顔と名前をシビュティア経由で把握している。だから、確信を持って言える。そいつらはまだ殺してない。殺されてるなら、やったのは別の人間だ。」
「なッ――」
(ライネス、アグニカ殺しの下手人は『
『
つまり。)
頭が眩む。
(私達以外に、『円卓』内部に反逆者が存在する――!)
「馬鹿な……」
シュウの発言にあらゆる可能性を検討し始めたレルヒェの脳味噌。その回転にエレムが待ったを掛ける。
「今そこ考えても仕方がないでしょ、時間もないんだし、ここでしか出来ない情報伝達済ませる方が先」
「……あぁ、そうだな」
唾を飲み干し、レルヒェは心を落ち着かせる。とりあえず別勢力がいると分かっただけでも進展だ。
余談だが。
エレムは公と私で二重人格を疑うレベルで言動が変わる。具体的には真面目から奔放へと。
会議の時は辛辣に出てエレムの迂闊な発言を制することもできるのだが、私の時のエレム相手では、どうにも上手くいかない。
会話のペースを握られていると感じる。
微かな不満を飲み込んでレルヒェが口を開く。
「そちらが王城に殴り込みを掛けるなら、こちらは近衛兵を動かしての露払いがメインということになりそうだな。近衛兵にプラスして扇動如何では一般兵もある程度動かせそうな気もするが……まぁ数はそこまで期待するな」
「一応こっちも外交担当って立場を生かして色々爆弾を仕込んではいるけど……本番までに起爆が間に合うかってところね」
「問題ない、元より一人でやるつもりだった復讐、協力者が少しでもいるだけで大助かりだ。」
「良し……ン、そろそろ本業の方の会議か。計画の詳細を詰めるのはまた時期を見てだな。話し合いばかりで気が滅入る」
そう言うとレルヒェは机の上に置いた紙袋を開き、中身をシュウに手渡す。
「お近づきの印、というほど大層な仲ではないが、【彼岸】由来……とされている食い物だ。口に合うか知らんが一応取っておいてくれ」
「お、おう……」
レルヒェの細やかな心遣いにシュウは一瞬面食らう。
「お前会議の前に酒のんでも大丈夫なのか?」
「あー不味いかも、まぁ発言しなかったら大丈夫でしょ」
「適当な……」
感謝の言葉を告げるまでも無く、二つの話し声が地上に消えた。
シビュティアがポツリと呟く。
「のうシュウ、この協力関係が終わり次第、あの二人も殺すのか?」
「――そのつもり、だ」
復讐の血道に例外はない。あってはならない。
◆
密会を悟れるのを避ける為、エレムとは別ルートで王城を目指す。
……寒い。季節はもう、すっかり冬になっていた。
階段に足を掛けて、一段、また一段と中央部へと登っていく。
階段を登りきった先、中央部分の入口で。
そこで、偉丈夫と遭遇した。
紺色の服に身を包むは天を付くような巨漢。異様な背丈と、服の内側に包まれた筋肉とは裏腹に、声は穏やかさすら感じさせるバリトン。何者にも興味がないというような、無機質な目が、レルヒェを見下ろしていた。
『円卓の十二人』第三席、ナタエル。
「こうして会議以外の場でお会いするのはお久しぶりですな、」
「そうですかな、ナタエルきょ――」
レルヒェはその男に、何気なく会釈を返そうとして、
「反逆者殿」
驚愕する事となる。
(――ッ!?どこから割れた!?)
「何をおっしゃられているのか……」
「……私にはとんと、ではありません。もう既にネタは上がっています」
咄嗟に驚きを隠しながら白を切ろうとするも、それすら先んじて潰された。
「国家国体を守護する役割の筈の『円卓』が反逆などと、私は悲しい。この心痛、貴方の玉体を魔王陛下に捧げることで癒やさせて頂こう」
(急激に不味い事になった……!逃げるか?いやそれでは自分が反逆者ですと言っているのと同じこと!逃げ回った結果まだそう離れていないだろう『
レルヒェは軽く息を吸い、覚悟を決めた。
両手を覆い隠す白い革手袋を脱ぎ去り、ナタエルの胸元目掛けて軽く放る。
レルヒェの想定より遠くまで飛んだそれは、ナタエルの胸筋に当たって落ちた。
「……訓練以外の『
「私闘?何を仰られているか解りませんな、ナタエル卿。
――私はこれより、魔王陛下に仇なす反逆者の鎮圧に入る所なのですが」
「ヌ――?」
一瞬レルヒェの発言の真意を捉える事ができず、疑問符を浮かべるナタエルだったが、得心が行ったのか、すぐさま余裕の笑みが表情に甦る。
「ク――成程。『変動する真実に価値など無く、ただ目の前の事実のみを旨とする』――レルヒェ殿の口癖だったな。良いだろう、元より抵抗無く捕らえられるなどとは思っていない」
つまり、この決闘に敗れた方が反逆者。死人に口なし。
レルヒェは言外にナタエルにそう告げたのだ。
ナタエルが重心が静かに下ろし、戦闘態勢に入る。握り固められる二つの拳。
それを受けて、剥き出しになった平手をレルヒェは前に突き出した。
――その表面には、鱗のようなものがびっしりと敷き詰められている。
『円卓の十二人』、第四席レルヒェ。
その正体は、
その血の半分は人間でありながらも、幼少期のレルヒェは人間よりもむしろ
――だが、その幸せは脆くも崩れ落ちる事となる。
五歳の頃のことだった。
集落に王都軍が突然侵入。レルヒェの両親を含めた全住民を殺害した後、集落に火を点けて焼き払った。
無辜だった。その集落は何ら罪を犯してはいなかった。
――ただ、
その侵攻から唯一生き残ったレルヒェは、後にその出自を隠し、王都内部に潜伏する事となる。
……その昔、神殺の時代。当時はまだ人間である魔王が、神を殺した。その結果、人間は今の上位種としての地位を手に入れたという。
そして、今。魔王は資料上見受けられる嘗ての神が受けていたのと同等の崇敬と神聖化を受けている。魔王という概念は単なる一個人を越え、象徴としての機能をこの1000年の中で獲得した。
であるならば。
区分としては
もう二度と、踏み躙られない世界を創り上げる事ができるのではないか。
これが彼の計略。
世界現実を逆しまに引っくり返す、神殺しの再演である。
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