第9話 王都【サカルドニア】攻略戦 ~その一~

 玄室を思わせるような、暗く沈んだ室内の中で。

 犇めき合うように鮨詰めになっているのは、亜人種デミ・ヒューマンの数々。ろくに事情も知らされず、元々の居住地から突然この豚箱に押し込められた彼らは、困惑するかのようにさざめき合う。

 

 「ここはどこなの……ママ……」


 「大丈夫よ、きっとすぐ出れるからね……」


 そう言って、人面豚オークの母子は、忍び寄る不安を慰め合うように、身を寄せあった。


   ◆


 「南門より300歩ほどの距離に、不審な人物が一、十中八九『漂泊者ワンダラー』でしょうが、いかがいたしますか、イグニス卿?」


 偵察兵がイグニスに告げる。

 

 「当然、迎撃する!南門は防衛兵器の最終チェック!東門はカミーア卿、西門はイユレ殿、お願いします!私は北門を!」


 「応!」「精一杯……頑張ります……!」


 『円卓の十二人ダース・ラウンズ』の二人も、周囲の部下たちも慌ただしく捌け、会談室にはイグニス一人が取り残される。


 (仕込みは終わっている。王都は最早完全に私たちの巣網だ。喰らい尽くしてやるさ)


 地位も名誉も、どうでもいい。

 ただ、勝ちたい。

 

 資料によると、【魔界】の成立以降、少々の小競り合いこそあれ、大規模な争いというものは起きていないらしい。翻って、イグニスの生涯の中でも、大きな諍いというものは発生していない。小競り合いは幾度となくあったらしいが、文官としての能力を主に買われたイグニスにとっては、そのどれもが、縁のない物だった。


 ――不満だった。


 自分には才能がある、と思う。軍略の才能が。争いを率いる才能が。

 チェス、将棋に囲碁。【彼方】産、【フォアゴット】産を問わず、戦を模した遊戯ゲームは世の中に数あれ、それらの一つたりとて、自らの得手としなかったことはない。


 しかし、それはあくまでも遊戯ゲーム。実際の闘争の渦中に自らの身を置かなければ、どこまで行けども机上の空論。

 

 自らの才を、証明する術がないのだ。


 『漂泊者ワンダラー』の話を聞いた時、イグニスは歓喜に打ち震えた。


 ――これでようやく、戦える。


 『円卓の十二人ダース・ラウンズ』第七位イグニス。その穏やかな物腰と知性の底には、ドス黒いまでの勝利への執着が渦巻いている。


   ◆


 南門。


 「さぁて、おいでなすったぞ!」


 兵士達が鬨の声を挙げる。

 作戦の都合上、少数しか配備出来なかったものの、その分質は一級品。一級品の兵士が扱う兵器もまた最新鋭。


 「そのガラクタでどこまで足止め出来るか、見物だな」


 シュウが右拳をきつく握りしめ、中指をコキリと鳴らす。


 ――叡智が拓く人類文明の極北と、世界構造を揺るがしかねない極大の力を持つ個人。

 

 二者が、激突した。


    ◆


 東門。


 黒灰の復讐者と、赤髪の武人は対峙していた。


 「お前サンが『漂泊者ワンダラー』か。聞いてた話より、随分とひょろっちいじゃねえか」


 「――ほう、『円卓』というのは全てに秀でた精鋭部隊と聞いていたが、見た目でしか物を判別できん単細胞でもなれるらしい。程度が知れるな?」


 暗い赤色の眉根がヒクリ、と寄る。


 「吐いた唾ァ飲むなよモヤシっ子!」


 カミーアの叫び声に呼応するかのように地平がグラリ、と揺いだ。解け出づるように姿を表したのは土と泥の軍勢。土塊兵ゴーレム

 それに合わせて周囲の雑兵も各々が獲物を構え直す。


 「よほどそのブクブクと肥えた筋肉がご自慢らしい。片っ端から削ぎ落として俺とお揃いにしてやろう」


 交わす啖呵は端的に。

 交える殺意は劇的に。


 力と力が、ぶつかり合う。


   ◆


 西門。


 「なんで……いるんですか?」


 佇むシュウに対して第十一席イユレが問いかける。

 それに対するシュウの返答は、すげないものだった。


 「なんでってそりゃあ……お前を殺す為に決まってるだろうが、小僧っ子」


 「まぁいいです……これから殺す相手に対しておしゃべりするのってあんまり好きじゃないんですよね……黙って切り殺されてくれません?」


 「やなこった、だな」

 

 矮躯が腰に下げた二本の直剣を引き抜く。片方は70cmほどの長剣、もう片方は大振りの短剣。実用性を損なわぬ程度の必要最低限の装飾が、優美に煌めいた。

 二剣が地平と水平になるようにスゥと構えられ、ゆっくりとイユレの腰が下がる。


 風に靡いた空色の前髪から、アメジストの眼光がキラリ、と覗いた。


 「——第十一席イユレ……行きます!」


 絶息。


 一拍置いて、剣先がシュウに振り翳された。


   ◆


 北門。


 「……よう。」


 「ようこそおいで頂きました『漂泊者ワンダラー』殿、細やかながら貴方様のために余興をご用意したため、ごゆるりと楽しんでいただければ」


 咄嗟に口車を回しながら、心中でイグニスは冷や汗を掻いていた。


 (——成程、これが実戦!全くと言っていいほど思い通りに行かぬ!人は斯くも論理通りに動かぬ者!しかしまだ!)

 

 勿論、それを表情に出すことなどしない。


 (これよりは下策!全兵力をここに集結させ乱戦に持ち込む!乱戦の内であれば如何様にもなる!当然それをなす計略も!ならば、今私がするべきは——)


 「楽しんでる内に、全滅なんて事にならなきゃいいがな」


 「フフ、まぁ、ご期待ください……」


 (――時間稼ぎ!)


 イグニスの周囲に蜃気楼のような気配が立ち上る。

 

 「それでは、始めましょうか」


    ◆


 今、この瞬間、同時刻、別地点に、シュウは四人存在している。明らかな異常。 

 それでは、これより答え合わせ。

 

 「ふむ、見渡した感じ、東、西、北門の防御が硬く、逆に南門が手薄じゃが、どうする?南門を罠とみるか隙とみるかじゃの」


 「そうだな……最悪なのが南門を攻めて南門が罠のパターン、これは分かるな?」


 「貴様、我を舐めておるの?」


 目の前の童女の眉がキリリと吊り上がる。元が幼女なのであまり迫力はない。


 「まぁ落ち着けよ。そんで、実はこれ南門が罠がどうかに関わらず、どこを攻めようが予後が悪い。だってそうだろ?俺がどこか一つの部隊を攻めている間に他三隊で囲んで殴ればいいんだから。そして『円卓』三人+雑兵を一度に相手するとなると、俺もどこまでやれるかわからん」


 その罠に掛かれば重畳、この上なく有利に戦闘が進むが、罠に掛からなくてもどの道1VS3の形を作りやすいので有利は崩れない。

 その上で罠の可能性を脳裏に過ぎらせることで、判断に揺らぎを作る。


 ——よく出来ている。この壁も、この陣形を敷いた人間も。


 最も、ただ単に人手が足りずに南が手薄になっているだけの可能性も捨てきれないが。


 シュウがそこまで話すと、シビュティアが至極当然な指摘をする。

 

 「ならばどうする。どうあれ一方よりは攻めねばならんのじゃ」


 「それなんだがな、こないだ殺したアミーユってヤツ、覚えてるか?」


 「特に苦も無く情報を吐き出させたあやつか?」


 「あぁ、アイツが思ったより良さげな『恩寵』持っててな。最初の強襲で脚もげて良かったよ全く」


 アミーユの『恩寵』とは<幻影人造>。

 本体とはまた別に1〜9体での範囲での分身を実現させる。

 分身のスペックはその数と反比例する形で乏しくなり、『恩寵』保有者が他の能力を保持していた場合、それの使用にも制限がかかる。

 色々と制約がかかる能力ではあるが、それでも数の暴力を実現させられるという点において非常に強力である。


 「……それを使って全門一斉に攻撃を仕掛けるという訳か」


 「そうだな、分身を使って他三門の連中を足止めしてる間に、俺の本体で一点突破を試みる。1VS3の形には持ち込ませない」


 ――そっちが策略で動くなら、こっちはその裏を取るだけだ。


 これが答え合わせ。

 同時刻、別箇所に出現した四人のシュウは、アミーユの『恩寵』<幻影人造>で生成された分身。


 ――付け加えるとするなら。

 カミーア、イユレ、イグニスの三名の中に、アミーユが殺害され、<捕食>されているという事実を知る者は、誰一人としていない。


 


 

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