第18話 柊木ミルカと柊木ハルカ2




 その日から、私は疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊基地に帰らなくなった。一秒でも長くハルカといたくて、病室に泊まり込むことにしたからだ。


 私とハルカは病院の消灯時間がやってくるまで、お互いに色んな話をした。ハルカからは収容所での三年間の日々や、エボルシックの症状と体の具合。


 私からは収容所に来てハルカと再会するまでの経緯や、第六部隊のみんなのことや第六地区で出来た知り合いの話をした。


 話のネタが尽きると、昔の思い出話で盛り上がった。


 一緒に小学校から下校している最中さいちゅういじめっ子が一人の男の子をいじめてる光景を目撃して二人でらしめたこと。 家族全員で星を見に行って、その前に二人で寝てしまって見れなかったこと。お菓子の取り合いで三日間に及ぶ壮絶な喧嘩をしたこととか。


 とにかくたくさん話をすることで、私とハルカは一緒にいられなかった三年間の空白を埋めようとした。


 無事仲直りできたことで私に心を開いてくれるようになったハルカは、思い出話をするととても楽しそうに笑ってくれた。けれど、どこか悲しそうに顔を沈ませる時もあった。


 ハルカの手を握ると、いつも小刻みに震えている。ハルカはずっと、エボルシックの脅威きょういおびえているのだ。


 同じエボルシッカーズである私も感じていることだけど、ハルカのそれは比じゃないだろう。


 体を自由に動かせなくなるくらいエボルシックに対して耐性がなく、症状も末期にせまっている。

ミナトに殺しを頼むくらい追い詰められ、死ぬことに躊躇ためらいがなくなりつつあったのだ。


 その反面、やはり死にたくないという気持ちもあり、今のハルカは矛盾むじゅんした二つの本音に苦しんでいる状態なんだ。以前の私よりも酷く、きっと心がグチャグチャになっているはずだ。


 そんなハルカに私がしてあげられることは、家族としてそばにいてあげること。


 それしかできない自分の無力さを痛感しながらも、私はハルカのそばに居続けた。




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 病院に泊まり始めてから一週間が過ぎた。


 ハルカと暮らす日々にも大分慣れて、私の中で日常となりつつあった。下半身を自由に動かせないハルカは自分一人じゃできないことが多い。


 寝返りを打つくらいはできるけど、立つことや歩いたりすることはもうできない。


 その為、以前は病院に勤める職員の介助かいじょを受けていたそうだ。私が泊まり込むようになってからは、私一人でハルカの介助かいじょをしている。身の回りの掃除や衣服の洗濯、体拭きなどだ。


 水浴びのできないハルカは、代わりに水に濡らしたタオルで体を拭く。衣服を脱いであらわになったハルカの上半身は、異形化の影響で肌のほとんどが赤黒く変色している。


 変色しただけの上半身を拭き取るのは簡単だけど、とげが充満している下半身は細心の注意を払って拭く必要がある。万が一とげに刺さって私が怪我をすると、ハルカに余計な気を遣わせてしまうことになるからだ。


 他にも髪をかしたり食事を運んだりするのだけど、どれも苦じゃない。疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊基地での雑用よりは| はるかに楽だ。


 ハルカの為に何かしてあげられるのなら、お姉ちゃんはどんなことだって苦じゃない。


 病院生活で最もデリケートな問題が、排泄はいせつだ。


 自由に体を動かせないハルカは、ベッドに取り付けられた特殊な排泄はいせつ器具を使って寝そべりながら排泄はいせつを行う。


 ちなみにこの器具は安田工事組やすだこうじぐみの皆さんが作ってくれた物だそうだ。


 ハルカが排泄はいせつをする時、私は病室から出ることにしている。誰だって、排泄するところを人に見られたくはないだろう。


 その気遣いがハルカにとって逆に辛いようで、私が病室に戻るといつもそっぽを向いて寝てしまう。


 そうなるとしばらくハルカは口を効いてくれなくなる。私は黙って椅子に座り、ハルカが機嫌を直してくれるのを待つ。


 病院生活で最も辛い時間は、ハルカが異形化の際に起こる痛みに苦しんでいる時だ。


 痛みの周期は私と同じように不規則で、一日に何度も起きることもあれば一度もない時もある。


 私と違う点は、痛みの強さだ。エボルシックに耐性のないハルカは、普通の発症者よりもさらに激しい痛みを体に味合わされる。


「あぁぁぁぁぁあっ、ああぁっ!」


 異形化の痛みが起こると、ハルカはベッドをのたうち回りながら泣き叫び続ける。


 ヒナツキさんのDXディーエックスがあればいいんだけど、あまり量産できない貴重な薬だし、この病院で生活しているのはハルカだけじゃないから飲める機会は少ない。


 ハルカはほぼ毎日、この地獄の痛みに生身で耐えるしかないのだ。


 私はハルカが痛みに悶絶もんぜつしている間、手を握って必死に祈ってあげることしかできない。どうか一秒でも早くハルカの体から痛みが引いていきますようにと。


「お姉ちゃん、痛い! 痛いよ! 助けて、お姉ちゃん……っ!」


「大丈夫、大丈夫。お姉ちゃんがずっとそばにいるから」


 私がいたところでハルカの痛みは変わらないというのに何が大丈夫なんだよと、自分の薄っぺらい励ましに反吐へどが出そうになる。


 異形化の痛みが終わると、ハルカは疲れて眠ってしまう。私はハルカの顔や首筋に流れ出た汗をタオルでぬぐうと、目を覚ましてくれるまで椅子に座って待つ。


 そのまま病院の消灯時間がやってきて一緒に寝ることもしばしばある。異形化の痛みは昼夜問わず起こるので、突然ハルカが目を覚まして泣き叫ぶなんてこともあった。


「こんな私と一緒にいて、楽しいの?」


 ある日、昼食を終えて配膳はいぜんを片付ける私に、ハルカがそう尋ねてきたことがある。


「楽しいよ」


 私が即返事するも、ハルカは不安そうに顔をうつむかせる。


「本当に?」


「本当だよ」


「嘘じゃない?」


「嘘じゃないよ。その証拠にお姉ちゃんの目を見て。ほら、嘘と思えないくらい真っ直ぐな目してるでしょ」


「わ、わかったから。近い……」


 私が目を大きく開きながら顔を近付けると、ハルカは鬱陶うっとうしそうに私の体を押し退けた。


 姉妹のスキンシップを拒絶されたことで私が落ち込んでいると、ハルカは口元に手を当てながらくすくすと笑った。


 ハルカが笑ってくれることは滅多めったにないから、その表情を見れただけで私はとても嬉しかった。


「ありがと。お姉ちゃん」


「……私は何もしてないよ」


「いいの、それで。最後まで一緒にいてくれたら、それだけで」


 ハルカはそう言って、私に手を重ねてきた。私がそっとその手を握ると、ハルカも少しだけ握り返してくれる。


 ハルカの手は、相変わらず小刻みに震えていた。私がいくら手を握り続けても、その震えは止まらなかった。


 私が一緒にいるだけじゃ、ハルカの心をむしばむ恐怖は微塵みじんも晴れやしない。そう思い知らされて、私はさらなる無力感で胸が押し潰されそうになった。

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