第11話 異常者達の思考3




「キクリはどうして、この仕事をしてるの?」


 みんなの洗濯物を畳みながら、私はふとそんなことをキクリにたずねた


「急に何」


「いや。ただ、気になって」


「なんでそんなこと気になるわけよ」


「どうして命懸けで殺す仕事をしてるのかなって。あの、答えたくなかったら、答えなくていいけど」


 私が乾いた笑みを浮かべながら萎れた声で言うと、キクリは作業を止めてこちらに顔を向けた。


「アタシはみんなと役割が違うから、参考にならないと思うけど」


 まさかちゃんと答えてくれると思わなくて、私は驚きつつキクリの話に耳を傾けた。


「アタシの能力はサポート向けで殺傷力がないから、緊急時以外は大体非番。だから誰かを殺すことも少ないし、普段は家事をしてるだけでいいから楽。家事は好きだし」


 でも、とキクリは続ける。


「適正があるのよ。アタシは、躊躇いなく誰かを殺せたから」


 それはミナトも言っていたことだった。


「まだアタシが収容所に来て間もない頃、アタシの近くにいた奴が末期症状に至った。だからアタシはその時所持していたナイフで躊躇いなくソイツを殺した」


「……一人で殺したの?」


「完全なバケモノになる前だったから、一人で充分だったわよ。苦しげにもがき呻いてる間に頭を刺して殺したの。バケモノになったら襲われると思って」


「……」


「ソイツの頭を刺している時、自分でもビックリするくらい何も思わなかった。大量の血が噴き出しているのを見ても平常心でいられたし、寧ろ落ち着けた。なんでか分かんないけど、とにかくアタシは躊躇いなく誰かを殺せる素質があったみたい。それを買われて、アタシは隊長に拾われた。で、こうして此処で働いてるわけ」


「キクリは、この仕事が好きなの?」


「好きよ、居心地いいし。別に殺しが好きってわけじゃないけど、苦じゃないと思う」


 キクリは目の前にある、少しボロい洗濯機を指差した。


「この洗濯機、前いた仲間が作ってくれたものなの」


「洗濯機を?」


「そう。まあ、一から作ったんじゃなくて壊れた洗濯機を基に色んな部品使って作ったんだけど」


「それ、めちゃくちゃ凄いことだよね」


「そうね、凄い奴だった。なんでも作れてなんでも直せる職人みたいな男でね。洗濯物を干すためのビニールカーテンとか、トースト機とか、モップとかも作ってくれた」


「なんて名前の人だったの?」


「マサタカ。二七歳で当時は隊長よりも歳上だったんだけど。一番年長者とはいえ、なんか二○代に見えないくらい貫禄のある奴だった」


「だったって、それって」


「死んだのよ、四ヶ月くらい前に。アンタ会ったことないでしょ。つまりはそういうことよ」


「......そっか。それは、惜しい人を亡くしたんだね」


「殺したのはアタシ」


 キクリは私に豪速球でも投げつけるみたいに、早口でそう言ってのけた。


 私は面食らって、「え、え?」と情けない声が出てしまった。


「ソイツは此処で末期症状に至ったの。丁度洗濯機のフレームを改修してる途中だった。その時はアタシしか基地にいなかったから、アタシが殺すしかなかった」


「どうやって殺したの?」


 私はそう訊いてしまったことを、すぐに後悔することとなる。


「居間にあった刃物で体の至る所を滅多刺しにした。バケモノになって何処が急所かも分からないし、首を断ち切れる力なんてアタシにはなかったから、とりあえず動かなくなるまで頑張って刺した。気付いたらソイツは死んでて、塵になって消えちゃった」


 私はその時のキクリの姿を想像してしまって、胸のあたりに酷い吐き気が生まれた。出血はしていないはずなのに、口の中でやけに血の味がする。不味い。


「ソイツとは一年以上一緒に過ごしたし、色々なことを教えてもらった。喧嘩もしたけど、仲は良かった。そんな相手でも、アタシは躊躇いなく殺すことができた。そうしなきゃって思ったから、咄嗟に刺した。顔や手に血が飛び散っても、バケモノになったソイツがアタシに刺されて呻き声をあげても、塵になってソイツが消えるまで、アタシは刺し続けた。自分でもびっくりするくらい冷静だったし、平気だった」


 そう語るキクリの口調も、やけに冷静だった。


「殺した後になって、悲しみが押し寄せてくるの。ソイツを殺した時もそうだった。いなくなったって分かった瞬間涙が出てきて、めちゃくちゃに泣いた。自分で殺したくせに何それって感じでしょ」


 キクリがオンボロな洗濯機に手を添えながら、自嘲気味に鼻で笑った。


「多分、アタシは異常なの。アタシだけじゃない、この服を着てるみんなそう」


 キクリは首を横に傾けて、私の目をじっと見てきた。


「アンタには私達のこの気持ち、分かる?」


 私は首を横に振った。


「そう……。アンタは、どっちなんだろね」


 異常か、普通なのか。そんなの、考えたくもなかった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 それから私は、頻繁にぼーっとすることが増えた。


 難しいことばかり考えていたせいか出来の悪い頭がパンクしそうになった為、自衛として私は深く物事を考えなくなった。


 いつも通り雑用をこなして、薬の実験体になって、見回りに同行して誰かが死ぬのを見届ける。同じことの繰り返しで、けれど月日だけは確実に過ぎていく。


 脇腹の異形化はさらに進行していて、遂にヘソのあたりまで到達しかけていた。


 何が異常で異常じゃないとか、そんなことどうだっていい。馬鹿な私が考えても無駄なことだ。とりあえずバケモノになって死ぬまで、私は収容所の中で精一杯生きてればいいんだ。


 そうだ、そのために早く仕事を見つけなきゃ。良い求人ないかな。収容所にも求人サイトとか求人本があればいいのに。そんな馬鹿みたいなことを考えながら基地の居間でぼーっとしていると、ミナトが私に話しかけてきた。


「今日、時間ある? 一緒に来て欲しい場所があるんだけど」


 急な誘いだっけど、私は二つ返事で了承した。一文無しの暇人である私が、断る理由なんてないからだ。


 向かったのは、隣町の第五地区だった。第五地区に来るのは二度目のことだ。青い巨塔だらけの町風景を眺めると、無性に懐かしさを感じた。


 収容所に初めて来たあの日のことが随分と昔のことのように思える。相変わらずおかしな町構造をしている第五地区だけれど、第六地区と比べたら全然マシなことが分かる。


 周囲の建物が爆散することもないし、血みどろな喧嘩をする荒くれ者達の姿も見かけないだけで、私は感動してしまった。


 ミナトに連れられて辿り着いたのは、マンション三つ分くらいはある巨大な建物だった。青い巨塔ばかりが密集する第五地区の中で、その建物だけは縦じゃなく横長に広がっていた。色は勿論青だったけれど。


 建物の中に入ると、独特な消毒剤の匂いがして私は気付いた。


「この匂い、病院?」


「正解。よく分かったね」


「収容所にも、あったんだ」


「第六地区にはないけどね。第五と第二。あと第七もあるけど、残りはない」


「どうしてなの?」


「必要じゃないからだよ。そもそも収容所の病院は、ミルカが思ってる病院とは全然違うからね」


「普通の病院じゃないってこと? 内科とか小児科とかの違いじゃなく?」


 ミナトは首を横に振った。


「地上の病院は患者を救うためにあるけど、収容所のは救うためにあるんじゃないんだよ」


 言っていることがよく分からなくて、私は首を傾げた。もうちょっと詳しい説明を求めようとすると、ミナトはあっさり別の話を始めてしまった。


「此処には隊長が作った薬を提供してるんだ」


「DX?」


「そうそれ」


「あの薬ってあんまり多く作れないって、ヒナツキさんから聞いたけど」


「そう。だから優先的に此処に回してる」


「そんな活動してたんだね」


 正直、意外だった。


「この病院に勤めてる奴は隊長の知り合いが多くてさ。俺達も繋がりが深いんだよね」


 ミナトは受付に服装を見せただけで、病院内を自由に通ることを許可されていた。


「今日は薬を提供しに来たの?」


「いや違うよ。別の用件」


 私はミナトの服装を一瞥してみる。いつもと変わらない白服で、所持しているのは腰に吊るした刀のみ。病院には似つかわしくない代物だ。


「用件は二つあってね。一つは単なる仕事。この病院は第五地区にあるから俺達第六部隊じゃなく、第五部隊の管轄なんだけどさ。あの人達じゃ此処で仕事をするには向いてないから、たまに俺が来てるんだ」


「その仕事って?」


「勿論、殺しだよ」


 病院内は閑散としている。おかげでミナトの殺しという言葉が院内によく響き渡り、私の耳に突き刺さってきた。病院で殺しって不謹慎すぎる組み合わせだ。


 私はミナトの後ろについて、階段を登っていく。三階に到達すると、長い廊下を誰ともすれ違わずに渡った。


「用件はもう一つあるんだ。その為に、今日ミルカには一緒に来てもらってる」


「仕事の手伝いとかなら、私何もできないと思うけど」


「こっちは仕事じゃないよ。ただミルカに会ってもらいたい子がいるだけ」


「私に?」


 ミナトは頷くと、とある病室の前で止まった。


 病室の扉横には、〈366号室〉と書かれた看板が立て掛けられていた。此処に、私に会わせたい子がいるんだろうか。


 看板には入院患者の名前が記載されていないみたいだけど。


「それじゃあ俺は仕事があるから。終わったら合流しよう」


「え、ミナトと一緒じゃないの?」


「仕事があるからね。それに、俺がいたら邪魔だろうから」


「私はどうすればいいの」


「そこの病室に入ればいいだけだよ」


「誰がいるの?」


「会えばわかるよ」


 そう言って、ミナトは何処かへ行ってしまった。碌な説明もされずに一人取り残された私は、病室の扉と睨めっこしながら立ち尽くしていた。


 このまま何もせず帰ろうかと思ったけど、流石にミナトから何を言われるかわからない。私は意を決して、扉の取っ手を掴んだ。


「し、失礼します」


 扉を開けると、まず大きなベッドが目に入った。そこにちょこんと座る小さな子が、私に背を向けて殺風景な窓の外を眺めていた。


 橙色の短い髪に、肉付きのない細々とした体つき。如何にもか弱そうなパジャマ姿のその子は、私の声に吊られて振り向いた。


 その瞬間、私は目を見開いた。


「え?」


 間抜けな声が私の口から漏れ出て、思考が停止する。





 病室にいたのは、死んだはずの私の妹だった。


 

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