第9話  異常者達の思考




 疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊基地で居候いそうろうを始めてから、さらに数日が経った。


 その日も私はミナトの見回りについて行って、末期症状へと至った人が殺されていく光景を見ていた。


  その日はミナトによって二人殺された。いつもより少なめである。


  一通り町中を見回ると、私はミナトに連れられて矢田食堂やだしょくどうという店を訪れた。


 古びた木造もくぞうの店に立て掛けられた矢田やだという看板。


  店の中にあるカウンター席と外に設置されたテーブルに多くの客が座っていて満席になっている。そこで出された料理と、私は今対峙たいじしている。


「あの、これ食べれるんですか」


  私は目の前に置かれた料理を指差して、隣の席に座るミナトにたずねた。


「食べれると思うよ、多分」


「多分、ですか」


「料理だから食べれるでしょ。その後どうなるかわからないけど」


「それ、食べれるって言わないですよね」


 私の目の前に置かれていたのは、端的たんてきに言い表すとゲテモノ料理だった。


 何の食材なのか分からない物が多種多様に混ぜ込まれ、丼として米の上に乗っかっている。


  悪魔的なにおいを放ち、食べ物の色をしていないゲテモノ丼を前に私は箸が動かせなかった。


「なんだお客さん、ウチの料理が食えないってのか!」


 一向にゲテモノ料理を食べようとしない私を見かねて、店主である矢田やだハマキチさんが厨房から顔を出してきた。


 汗で照り上げる禿げ頭に筋肉質な体。異形化の影響で肩に棘が生えている、中年の男性だ。


 怒鳴り散らかしながら迫ってくる店主に、私は恐る恐る尋ねてみた。


「これは何の食べ物ですか」


「当店おすすめの料理だよ。嬢ちゃんがおすすめでいいって言ったんだろ。いまさら文句は受け付けんぞ」


「い、いや文句じゃなくて……。ただこの料理がよく分かんなくて。なんなのかなと」


「丼だよ丼。当店自慢のね」


「それは分かるんですけど。この上に乗ってるのが、どう見てもゲテモノというか」


「ゲテモノだと? 失礼な奴だな!」


「ご、ごめんなさい」


「こいつの名前はゲテモノ丼だ! 間違えるな!」


「ゲテモノじゃん! 今思いっ切りゲテモノって言いましたよね!?」


「ゲテモノじゃねぇゲテモノ丼だ!」


「だからゲテモノじゃん!」


「おいミナト、コイツはなんだ新入りか? 全然ウチの店のこと知らねえじゃねえか」


私の隣で黙ってうどん(らしきもの)をすするミナトに、店主が話を振った。


「新入りだよ、店主。だから多めに見てあげて」

「ふん、食わず嫌いする奴は好きになれねえな。飯を粗末にするようなら帰んな!」


「そ、粗末にはしません。でも、これは……」


  私は顔を引き攣らせて、目の前のゲテモノ丼に箸を付けた。


 アニメの世界で見るような毒色をした見た目。収容所で見てきた食べ物の中でぶっちぎりでヤバそうな予感がしている。

 

 どう見たって人が食べていい料理じゃない。


 私は丼の一部を掬い上げて口に運ぼうとしてみる。だけど途中で箸を動かす手が止まってしまい、それ以上動かせなかった。


 本能が、これは食べちゃいけないと告げていたのだ。


 涙目になりながら丼を見つめていると、ミナトが私の肩に手を置いて微笑んできた。


「俺の奢りなんだから、遠慮なく食べていいんだよ」


 いや、遠慮なんかしてない。むしろ遠慮したい。


  ミナトは絶対、分かってて言っていた。逃げ場を閉ざそうと、私を揶揄からかって面白がっているのだ。


 ここ数日一緒に過ごしてみて分かったことだけど、彼は少し意地悪なところがある。


「そんな嫌そうに食うな。美味そうに食え。自分を騙して食え! ってアイタ!」


  無理難題を言ってくる店主の頭が、オタマのような物で叩かれた。


 店主の後ろから黒いエプロンを着た茶髪の少女が現れて、異形化の影響でワニのうろこみたいになった手にオタマを握っていた。


 彼女の名前は矢田やだヤチル。店主の娘だと、さっきミナトが紹介してくれた。


「コラお父さん。お客さんいじめちゃダメでしょ」


 ヤチルちゃんはほおふくらませながら、店主に説教を始めた。


「待てヤチル。今俺はウチの看板メニューをこの新入りに食わせるとこなんだ。あともう少しで味の感想聞けそうなんだ!」


「そんなことしてる暇あるなら厨房戻って! 注文いっぱい入ってるんだから」


 ヤチルちゃんは店主の耳を引っ張って、厨房ちゅうぼうへと引き摺っていった。


  矢田食堂やだしょくどうは店主のハマキチさんと、ヤチルちゃんの親子二人で営んでいるらしい。


 昔から家族で飲食店を営んでいたらしく、それを活かしてこの食堂を開いたのだそうだ。 


 矢田食堂やだしょくどうは第六地区で一番人気の飲食店らしくて、毎日百人規模の客が来て大盛況らしい。


「家族で収容所に住んでいたりすることって、あるんですね」


 私がぽつりと呟くと、ミナトはうどんを啜るのをやめて真顔になった。


 いつもヘラヘラと笑っているミナトが、この時だけは無感情に目を見開いて固まっていた。どうしたのだろうと顔色をうかがっていると、急にミナトは話し出した。


「別に、珍しくはないね。家族一緒にエボルシックだと発覚して連れて来られたりとか、あったりするんだよ」


「そうなん、ですか」


「あと、死んだと思っていた家族が、収容所に来て実は生きてた、なんてこともある」


「……どういうことですか?」


「収容所に連れて来られた奴は、地上の方じゃ死んだことになってるんだ。不慮の事故とか病死とか、突然死とか。無理矢理理由付けして家族や知り合いを説得して、上手く誤魔化してるってわけ」


「じゃあ私も、あっちじゃ死んだ扱いになってるんですか」


「きっとね」


 それは何というか、ショックだ。


 両親にも友達にも、私は死んだのだと思われているのか。


 死んでないのにそう思われているのは、複雑というか納得できない。


 今すぐ会いに行って生きてるよと伝えたいけどそれはできない。


 収容所から脱走しようとすると、怖いスーツ姿の管理人達に処されてしまうのだ。生きてることを伝えるために死んでしまったら、本末転倒ほんまつてんとうである。


「仲良い親子だよね」


「ですね」

 

  厨房で仲良さげに話しているハマキチさんとヤチルちゃんの姿を見て、私は両親のことを思い浮かべた。


 両親は私が死んだと聞いて、どう思っただろうか。やっぱり悲しんでくれただろうか。


 家族が亡くなるのは辛い。それは、私もよく知っていることだ。


  私には三つ下の妹がいた。私は妹のことを溺愛していて、いわゆるシスコンだった。


 妹のことを誰よりも何よりも大切に思って一緒に育ってきた。


 そんな大切な妹を、私は三年前に失った。


 不慮ふりょの事故だった。 私は妹が死んだと伝えられた時、一ヶ月以上寝込んでしまった。


 両親は勿論、めちゃくちゃ悲しんでいた。それでも、もう一人の娘である私のために一生懸命働いてくれた。


 私のせいで、そんな両親に二度も子供を失う体験をさせてしまった。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになって、辛くなってきた。


  無性に今、両親と会いたい。私はこの衝動を抑え込むように、首元の赤いマフラーを握った。


「家族っていいよね」


 ミナトが矢田親子を見つめながら、ぼんやりと私に呟いた。その時の表情は、元のヘラヘラとした笑みに戻っていた。


「矢田食堂の料理はさ、見た目悪いけど味の方は美味しいって評判なんだよ。騙されたと思って、食べてみてごらん」


 ミナトに勧められて、私は渋々ゲテモノ丼を一口食べてみる。


「なんだか、不思議な味」


 ゲテモノ丼の味は今まで体感したことのないもので、具体的な感想が出てこなかった。どうにも形容し難く、不可解な味をしている。


  気になってもう一口、もう一口と食べてみると、私は思い知った。


「意外とイケる、かも」


 このゲテモノ丼を一言で表す言葉が見つかった。


 これは、病みつきになる味なのだ。


 不味いとか美味いとかじゃなく、はしを止まらなくさせる謎の中毒性がある。


 においや見た目は最悪だけど、それを差し引いてもかなりイケる。気が付くと私は、半分以上ゲテモノ丼を平らげていた。


「いい食いっぷりだなミルカ! だはは!」


 ゲテモノ丼を貪っている最中に、背後から五月蝿い声が聞こえてきて私は顔を顰めた。


  振り返らなくてもわかる、この声はコウヘイさんだ。


「オメーもこの店の良さに気付いたか! 大分収容所に慣れてきたんじゃねえか? だはは!」


 コウヘイさんが私の肩に手を回して、だる絡みしてくる。


 アルコールで酔ってるのかと思うくらいテンションが高いけど、あいにく収容所に酒などの嗜好品しこうひんは流通していない。


 この人は、シラフで酔っているのだ。


 面倒臭い相手に体を揺さぶられ、私はしかめ面になって食事を中断した。


「お、どうした? ほらもっと食え食え! 食べる子はよく育つぞ!」


 アンタが体を揺さぶってくるせいで食べにくいんだろという言葉を呑み込んで、私は苦笑いを浮かべた。


「コウヘイさんも此処で食事ですか?」


「まあな。オレは此処の常連なんだ。飯の殆どは此処で済ませてる」


 朝食の時以外基地に帰ってこないのは、そういうことだったのか。


「ん、でもたまに昼食や夕食の時も基地に帰ってきますよね。どうしてですか」


「金欠で食えない時は大人しく基地に帰ることにしてんだ」


 最低な理由だった……。


「なんだったらオレがおすすめの料理を提供してやろうか」


「遠慮しときます。私少食なので」


「そうか。ならまた今度教えてやる! だはは!」


 コウヘイさんは豪快に笑いながら、私から離れて別のテーブル席へと移動した。


 そこで知り合いと思しきおじさん達と肩を組み合いながら遊んでいる。


 見回りは主にミナトとコウヘイさんが担当しているそうだけど、コウヘイさんの様子を見ていると普段から仕事なんてしてないように思える。


 私がミナトの仕事ぶりしか見ていないというのもあるだろうけど、コウヘイさんが真面目に仕事をしているイメージが湧かない。


 仕事の大半は、ミナトに押し付けているんじゃないだろうか。だとしたらちゃんと働きなさいよと注意したいところだけど、私も仕事をしていないので偉そうなことを言える立場じゃない。


 私がコウヘイさんからだるからみされている間に、ミナトは食事をとっくに終わらせて席を外していた。


 食器を厨房ちゅうぼうへと持って行って、店主と何やら楽しそうに談笑している。


 私は冷め切った残りのゲテモノ丼を食べながら、賑わう矢田食堂の光景を眺めた。


「随分と収容所には慣れ親しんだみたいですね」


 不意に、誰かが気配もなく私の隣に座って話し

かけてきた。その相手の姿を見て、私は思わず「ひっ」と悲鳴をあげてしまった。


 短めの赤い髪に黒いスーツを着た小柄な少女。ミルフィーノだった。


「お、お久しぶりです、管理人さん」


「さんは必要ないと言ったでしょう。相変わらず一度じゃ言ったことを覚えれないようですね」


 ミルフィーノは姿勢良くテーブル席に座りながら、横目だけを私に向けて辛辣しんらつな言葉を放ってきた。


 どうして此処にいるんだろうか。見た感じ私に会いに来たのかもしれない。


 まさか、仕事が見つかっていない私を処理しに来たとかじゃないよね。


 私は冷や汗をかきながら、ミルフィーノに訊ねてみる。


「何か用、ですか?」


「仕事です。私はアナタの担当ですので、死んでいないか様子を見に来ました。まだ元気に死んでないようで何よりです」


 ミルフィーノは視線を私から外して、厨房ちゅうぼう談笑だんしょうするミナトや遊び回るコウヘイさんのことを見つめた。


 彼等が着ている白服を見て、怪訝けげんそうに眉を吊り上げる。


「彼等と仲良くなったようですね」


「まあ、はい。助けられて、色々と」


「これは命令ではなく、忠告です。彼等と接するのはやめた方がいいです」


「どうして、ですか?」


「平穏のためです。アナタがもし今のままの自分でいたいのなら、彼等とは関わるべきじゃないです」


「急にそんなこと言われても、意味が分からないです」


 混乱する私を見て、ミルフィーノは面倒臭そうに溜息を吐いた。


「アナタは彼等を良い人だと思っているようですけど、それは間違いです。彼等は異常者なんです。あまり深く関わると後悔することになりますよ」


「……どういう意味ですか?」


 詳しい説明を求めても、ミルフィーノはそれ以上何も言ってくれなかった。


 言葉足らずなせいでに落ちないまま、話が中断されてしまう。


 お互い何も話さなくなって気まずくなると、私は視線を彷徨わせてどうしたらいいか迷い出した。


 するとそこで、周囲の異変に気付く。さっきまで賑わっていた矢田食堂やだしょくどうが、嘘みたいに静まり返っていたのだ。


 何事かと思って周りを見てみると、客の全員がミルフィーノのことを睨んでいるのに気付いた。


 なんで居るんだよ、どっか行け。目障りなんだよ。鬱陶うっとうしい。このクソ野郎が。ヒソヒソと、陰口を漏らす連中で溢れてくる。


 ミルフィーノは周囲に見られながらも、その視線を気にすることなく虚空を見つめていた。


 隣に座る私は居心地の悪さを感じて、ミルフィーノに話しかけてみた。


「あの、何か頼みますか?」


「いえ、まだ仕事があるので結構です。アナタの他にも担当は居ますので」


 ミルフィーノはそう言ってテーブル席から立ち上がると、矢田食堂やだしょくどうから姿を消した。


 ミルフィーノがいなくなると、周りの客は元通りに賑わいを取り戻していった。その変わり様を眺めて、私は管理人がみんなに嫌われているのだと気付いた。


 でもそれは仕方のないことだと、すぐに理解した。


 だって私達エボルシッカーズを収容所に閉じ込めたのは、彼等なのだから。

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