第7話 柊木ミルカとバケモノ殺しの集団3




「末期症状に至った奴の死体はさ、ちりになって跡形もなく消え去るんだよ。こんなふうに」


 朽ち果てていく死体を見下ろしながら、ミナトが私に言った。


「収容所には墓がないんだよ。火葬場かそうばもないし、死者をいたむ儀式的なものが何もない。だって、みんなちりになって消えていくから。死体がないのに、墓も火葬も必要ないだろう?」


 死体の全てが塵となり、空気中に霧散むさんした。


 残ったのは剥き出しの地面に散布した血溜まり。


 それを避けるようにして、多くの異形達が通り過ぎていく。誰も立ち止まることはなく、その血に目もくれない。


 ミナトに話しかけていた異形達も、バケモノの死体が朽ち始めると早々に退散していった。あまりの素っ気なさに、私は唖然とするしかなかった。


 私は足下に広がる血溜まりを見つめながら、ミナトにたずねた。


「どうして、みんなあんなに冷たい態度だったんですか」


「そんなふうに見えた?」


 私は首肯しゅこうする。


「そっか。まあそうだよね。それが普通なんだろうね。此処に長く居るとそういうの忘れちゃうんだよね」


 ミナトは頰を掻きながら、ヘラヘラと笑みを浮かべた。


「此処には末期症状に至った奴が死んでも、悲しまないっていう暗黙の了解みたいなのがあるんだよ」


「なんでそんなものが?」


「そうしないと、ずっと辛気臭いからね。一々死んだ奴のことで悲しんでたら、此処はずっと暗い雰囲気だよ」


「そんなにいっぱい、死ぬんですか」


「死ぬよ」


 きっぱりと言われて、私は怯んでしまう。


「此処はただでさえ地獄みたいな所なんだ。そんな場所で残り少ない余生を過ごさなきゃいけないんだから、俺達なりに楽しく生きようとしてるわけ」


 そんなの、無理矢理死ぬことから目を逸らしてるだけじゃん。


 私は元通りににぎわう繁華街はんかがいを見渡して、蔓延はびこる異形達の顔色を観察してみた。


 みんな一様に楽しそうな表情を浮かべていて、暗い表情を浮かべている者は誰一人としていなかった。


 この光景は異常だ。だってみんな、無理して笑っているのがバレバレだからだ。


 顔や姿が異形でも、そのくらいは分かる。


「君もいつかこの雰囲気に慣れるよ。今は無理でもね」


 慣れたくないよ、そんなの。私は自らの脇腹をまさぐりながら、もう一度足元の血溜まりを見下ろした。


 私も、そこら中にいる異形達も変わらない。みんなこの死体のようにいつかバケモノに至り、同じ末路を辿る。


 それを無視して楽しく生きるだなんて、新参者の私はとてもじゃないけどできそうになかった。


「それじゃあ行こうか。まだ見回りは終わってないからね」


 それから私は、ミナトの案内で第六地区の色々な所を回った。


 道中、ミナトは三人もの末期症状に至った人を殺していった。


 躊躇ためらいなく鮮やかに刀を振って斬り殺し、朽ちていく死体を、私は見届ける。


 人を殺したというのに、ミナトは何事もなかったかのように平然とした顔で、私に収容所のことを教えてくれる。


 私は殺された人のことが頭から離れず、まともにミナトの話を聞けなかった。


 バケモノと化して暴れ回り、殺されてしまうエボルシッカーズの末路。


 そして、あまりにも自然な流れで彼等を殺していくミナトの姿が、鮮烈に頭の中へと刻まれていった。


 命ってこんなに軽いものだったっけ。


 本気でわからなくなってきた。


 考え事をしていると、いつの間にか見回りが終わっていて、私達は疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊基地の前にまで戻ってきていた。


「これで見回りは一旦終わり。二、三時間くらい休憩を挟んだらまた見回りに行って、休んでもう一度見回りに行く。その繰り返しだね」


「こんなこと、毎日続けてるんですか」


「仕事だからね」


 ミナトは飄々ひょうひょうと言いながら、腰から刀を鞘ごと取り外した。


  鞘で肩を叩きながら欠伸を漏らして、基地に帰ろうとする。その気怠げな振る舞いからは、とても四人の人間を殺した者と思えなかった。


  私は返り血一つない彼の真っ白な服装を見つめて、その場から動けずにいた。


  ミナトが振り返り、立ち止まる私を見て首を傾げた。


「どうかした?」


「あの」


 私は俯きがちに、ミナトに訊ねてみる。


「どうして貴方は、こんな仕事をしてるんですか」


「……どうしてって」


 ミナトはうーんと唸りながら、腕を組み始めた。


「色々あるけど、一番は人を躊躇ためらいなく殺せたからかな」


 ミナトはけろりと、言ってのけた。


躊躇ためらいなく、殺せるんですか」


「殺せるよ。実際躊躇ためらってなかったでしょ」


 私は遠慮がちに首肯しゅこうした。


「こういう仕事だからさ、殺すのに躊躇ってたら成り立たないわけ。俺だけじゃなく、この服を着てる奴は全員できるよ」


「それが、この仕事をしている理由なんですか」


「まあ、大体はね。働かなきゃ生きてけないし」


 そんな曖昧な理由で、この人達は人を殺せるのか。


  いくら見た目がバケモノになってしまったからって、人間なのだ。それを知った上で、この人は戦っている。


 理解できない。明らかに、異常者だ。


「クソみたいな仕事だろう」


  ミナトは鼻で笑い飛ばしながら、私に同意を求めてきた。私は素直に肯定することも否定することもできず、ミナトの笑顔から目を逸らすことしかできなかった。


「君が俺の仕事を見て何を思ったか、大体なら察しがつくよ。バケモノになったとはいえ、人を殺す仕事なんて碌でもないからね。仕事と呼ぶのも烏滸がましいと思うよ。ゴミクズクソ商売、悪徳あくとく犯罪者だよね」


  いや、そこまでは思っていない。


「でもそんなクソみたいな仕事でも、いなきゃ困ることもあるんだよ。俺達が末期症状のバケモノを殺さなきゃ、周りにいる奴等が殺される。少しでも死人を減らすために、このクソみたいな仕事が必要なんだ」


「そう、ですよね。私もその仕事のおかげで、助けられたんですもんね。ありがとうございます。あと、ごめんなさい」


  私はミナトに深く頭を下げた。感謝と謝罪を同時に込めた、渾身の姿勢だ。


 この人はバケモノに襲われる私を救ってくれたのだ。恩人の仕事を悪く思うのは不義理なことだった。


「やっぱり思ってたんだね」


  ミナトは頭を下げる私を見て、可笑おかしそうに笑い出した。


「何も言ってないのに謝ったら、認めたことになっちゃうよ。ゴミクズクソ商売だってね」


  あ、しまった。確かに認めたことになる。


  いやでも待って、流石にゴミクズクソ商売とは思ってない。


「ミルカは面白いね。変な奴だ」


「あはは、よく言われます」


  昔から変だと言われて育ってきた。同級生や、両親、そして妹からも。私自身そんなことないと何度も抗議してきたけれど、十五年も言われ続ければ流石に認めざるを得ない。


 私は何処か、人とズレているのだ。


 みんなそれぞれ違う人間なんだし当たり前だろうと思うけれど、それにしても私を変に思う他人が大勢いた。


  年中マフラーをしているからもあるだろうけど、きっとそれだけじゃない。


 空気読めないところとか間抜けなところとか。もしかしたら私の知らない私の部分が、普通じゃないと思わせているんだろう。


 それは、目の前にいるミナトも同じだと思う。


 いくらバケモノの姿になった相手とはいえ、躊躇いなく人を殺せるなんて普通じゃない感性だ。


  しかも顔の広いミナトは、殺す相手のほとんどが知り合いだろう。


「そろそろ基地に戻ろう。あまり同じ所に長居してたら、瓦礫がれきが降ってきて巻き込まれちゃうよ」


 ミナトが笑い話のように語って私を茶化してくる。悪いけど冗談のように聞こえないから、全く面白くない。


  私はあははと作り笑いを浮かべながら、ミナトと共に基地へ戻った。


 数時間の休憩を経てミナトがまた見回りに出掛けたけど、私はついていかなかった。


 一旦頭の中で色々と整理しておきたくて、留守番することにした。


 居間で一人考え事をしていると、突然脇腹の痛みに襲われた。


 三度目にもなると少し慣れてきたけど、辛いことには変わりない。


 ヒナツキさんに貰った薬を服用してみると、すぐに痛みが和らいだ。


 脇腹を確認してみると、青白く変色した箇所が広がっていた。


 私は行き場のない溜息ためいきを吐きながら、首に巻いたマフラーを握り締めた。虚空こくうを見つめながら、うわごとのように呟く。


「生きなきゃ」


 まだ私は十五歳だ。死ぬには早すぎるし、死ねないし、死にたくない。


 病気でいつかバケモノになろうとも、それまでは精一杯生きていたい。


 生きるためには、もっと色々なことを知らなきゃいけないだろう。


 収容所のこととか、エボルシックのこととか。私を助けてくれた彼等のこととか。


 知ればきっと、この劣悪な環境下でも少しは生き延びれる気がする。


 それと目標とかあった方が生きやすいかもしれない。


 当面はまず、仕事を見つけることから始めよう。

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