夢のような

澄鈴

「僕は死にません!だから貴女のそばに居させてください」

 そう八か月前にプロポーズをしてくれた彼は、病気になり目の前のベッドで死にそうで。

「死なないって言ったじゃない!嘘つき!死んじゃ嫌だよ……」

 彼は最期の力を振り絞って、私の頬に手を当てた。

「大丈夫。君が忘れなければ僕はきっと死なない。君がいっぱい生きて、色々な所に行って、僕にいろんな景色を見せてよ。君が長生きすると僕もその分一緒に生きるから。そしたら向こうの世界で待ってる。ずっと待ってる」

 痛くてつらいはずなのに笑っている彼は、とても美しかった。

「ありがとう……!」

 一言だけで充分だった。彼は安心したように微笑み、一筋の涙を流して目を閉じた。心電図の無機質な音が鳴り響く。

 その音を聞きながら私は色々なことを思い出していた。

 私が好きだったサイダー。彼は苦手なのに一緒に飲んでくれた。少しもらったら炭酸が抜けていたっけ。

 色々な場所に連れて行ってくれたな。私の知らない場所もたくさん知ってて。

 プロポーズは嬉しかったなぁ……。彼の笑顔、喋り方、怒ると少し赤くなる所……。

 ああ、大好きだなぁ……。

「愛してるよ、おやすみ」

 おでこにそっとキスをしてその場を離れた。






 あれから五十年。長く生きた私は、彼と同じ病気に罹り、もうすぐ死ぬ。たった一人きりで。

 他の人は愛せなかった。彼しか愛したくなかった。

 それでも私の人生は、とてもしあわせだった。

 何もない世界で一人きり、当てもなく歩いている。

 遠くから足音が聞こえた。顔を上げなくてもわかる。

「久しぶり」

 ああ、この時をずっと、待っていた。

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夢のような 澄鈴 @s-mile

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