第24話 恋人未満、恋人以上


「あの、先輩……二人を置いてきちゃって良かったんですか?」


 押して歩く自転車の荷台に乗った永奈が、ちょっと不安そうな顔でそんな事を言って来た。

 慣れない恰好で歩かせ過ぎたのか、足が痛そうだったので。


「連絡したら、二人で楽しむって言ってたから大丈夫な筈。恋人同士の時間を邪魔すんのも悪いだろ」


 なんて気取った台詞を吐いてみた訳だが……いかん、口元がにやける。

 永奈は俺を受け入れてくれた、と言う事で良いんだよな?

 はっきりと言葉を頂いた訳では無いので、ちょっと不安になったりするが。

 でもあんな会話をして、こうして一緒に居てくれるのだ。

 俺達もまた、恋人ってヤツになったって事で良いと思うんだが……。


「先輩、大丈夫ですか? 私ならもう大丈夫ですから、歩きますよ?」


「え、あ、いや。大丈夫だ、座っててくれ」


 何かこう、変に意識するといちいち言葉に詰まる。

 恋人って普段何喋るんだ? いや、相手は永奈なんだからいつも通り喋れば良いと思うのだが。

 それでもやはり、どうにかそれらしい台詞を考えてしまう。

 俺に比べて彼女は本当にいつも通りと言うか、随分と落ち着いた感じではあるのだが。


「か、帰りがけにいっぱい買っちゃったな。食べきれるかな、こんなに」


 自転車の籠に入った食べ物に視線を送りながら、そんな事を言ってみるが。

 違うんだよ、別に食い物の話をしたいんじゃないんだよ。

 もっとこう、恋人らしいというか、そういう会話をしないとって思うのに。

 いや待て、恋人らしい会話って何だ?

 一人モンモンとしながらひたすら自転車を押していれば。


「私の家で、先輩のお父さんも含めて宴会しているらしいですから。おつまみとしてお土産にしましょうか。私達の分は取っておかなきゃですけど……先輩、何が食べたいですか?」


「永奈の作ってくれた物なら何でも旨い」


「えぇと、今日も作った方が良いですか? てっきり買ったもので済ませるのかと」


「ご、ごめん! そうだよな、そうだな、何が良いかな」


 駄目だ、思考がおかしな方向にしかシフトしなくなっている。

 なんか俺ばっかりテンパっている様で恥ずかしいが……あれ、ちょっと待て。


「ウ、ウチに来る……んだよな?」


「え? あ、はい。そうですね、いつも通り先輩の家でご飯にしましょう」


 ヤバイ、何か滅茶苦茶緊張して来た。

 今までだったら永奈が家に居るのなんて当たり前だったし、コレといって何かを考えた事は無かったが。

 今俺達は、今まで通りの先輩後輩と言う訳ではない。

 で、あるとすると。


「心の準備が……いや、それ以外にも色々と準備が……」


「先輩?」


「い、いや! 大丈夫だ! 何でもない!」


 そんなこんなやりながら、俺達は帰路に着くのであった。

 焦り過ぎだ馬鹿野郎。

 まだこういう関係になってすぐだと言うのに、何かがある訳が無かろうが。


 ※※※


「改めてこうすると、なんだか……凄く恥ずかしいですね」


「永奈ぁぁ……」


 さっきまで焦ったりテンパっていたりしたのは何だったのか。

 親父達にお土産を渡してから我が家へと戻り、さてどうしたものかと考えてしまった訳だが。

 後輩が恥ずかしそうにハグを求めて来てからはもう駄目だった。

 何かもう久しぶりに我が家でベタベタしている。

 理性がどっかに吹っ飛んだのではないかと言う程に、永奈から離れない変態と化してしまった。


「せ、先輩。ご飯食べましょう?」


「んー、もうちょっと」


 一緒にソファーに腰掛けている訳だが、現在彼女を後ろから抱きしめている様な状態。

 いやぁ、落ち着く。

 きっと永奈は抱き枕的リラクゼーション効果があるって。

 などと思いつつギュッと抱きしめてみれば。


「あの……ですね。先輩にはいっぱい嬉しい事を言ってもらった訳ですけど……そう言えば、私は答えてないなって思いまして」


 その言葉を聞いた瞬間、ビシッと身体が固まった気がした。

 何かこう改めて言葉にされると、滅茶苦茶緊張するというか。

 今更ながら不安になってきたりする訳だが。

 彼女は俺に体重を預けて来て、抱きしめた俺の腕に触れてから。


「先輩は本当に、私を選ぶんですか?」


「おう、もちろん」


 即答した。

 むしろ即答しない訳が無い。


「この先、もっと迷惑を掛けちゃうかもしれません。先輩の自由時間が、どんどん減っちゃうかもしれません。先輩の声だって……聞こえなくなっちゃうかもしれません」


 不安そうに言葉にする彼女の前で、もう一度「愛している」と手話で伝えた。

 すると永奈は更に身を寄せて来て。


「私も、その……」


『愛しています』


 先程俺が伝えた内容と、同じ言葉を手話で伝えてくれた。

 ソレを見た瞬間、グッと胸の中で喜びの感情が込み上がって来る。

 よし、よしっ! ちゃんと答えを貰った!

 これで自信を持って俺達は恋人になったんだと宣言出来るだろう。

 永奈が此方を見ていない事をいいことに、非常にキモイニヤけ顔を浮かべてしまったが。


「でも、その。ちょっとだけ待って欲しいと言うか、先輩にも良く考える時間が必要だと思うんです」


「え」


 急にそんな事を言いだした永奈。

 先程の浮ついた気分は吹っ飛び、真顔で相手の事を覗き込んでみれば。


「先輩がこれからも一緒に居てくれるというなら、私は凄く嬉しいです。でも、やっぱり迷惑は掛けちゃいますし。それに先輩も、これまで私に時間を割きすぎて来たんだと思います」


 まって、本当に待って。

 これってもしかして、またフラれるパターン?

 だとしたら、今度こそ俺立ち直れないかもしれないんだけど。

 そんな事を思いながら相手を見つめていれば、永奈は半身を此方に向けて目を合わせ。


「だから、ちゃんと答えを出すのはもう少し待って欲しいんです。私自身は、先輩なら人生全てをあげられます。でも先輩は、きっと他の道だってあります。だから、少しだけ。先輩の為に時間をくれませんか?」


「いや、あの、えっと?」


 俺の為に言ってくれている事だとは理解出来たが、結局どうすれば良いんだ?

 互いに想い合っている事は分かったが、恋人になるのは待って欲しいって事で良いんだろうか?


「私は多分、このままじゃずっと先輩に甘えます」


「甘えなさい」


「せ ん ぱ い。今真面目な話をしています」


「すみません」


 怒られてしまった、俺としては存分に甘えて欲しいのだが。

 ちょっとだけシュンとしながら、続く言葉を待ってみれば。


「あと半年もしない内に、先輩は卒業しちゃいますよね? そこから私は、学校で先輩に頼る事が出来なくなります」


 確かに、その通りだ。

 小学中学の時もそうだったが、一緒の学校に居ないというのは結構不安になるのだ。

 何かあっても駆け付けてやれない、俺がそこにかなりの恐怖を感じていたのも確か。

 だが、永奈は笑いながら。


「先輩の隣に並ぶなら、せめて私も一人前になりたいんです。自分の事は自分で出来ると証明したいんです」


「と、言いますと」


「後一年ちょっと、待ってくれませんか? 私だけでやり切って、その時まだ先輩が私を好きでいてくれるなら……その時は、私からお願いしたいんです。一緒に居て下さいって」


 そう言って、永奈は俺の胸に頭を預けた。


「その間、私が傍に居ない間。先輩は自由に生きてみてくれませんか? もしかしたら考えが変わるかもしれない、他の人を好きになるかもしれない。そうなった場合、私は身を引きますから。先輩のしたい事を、全部肯定しますから」


「永奈、俺は――」


「分かってます。今答えを求めれば、先輩は絶対私の欲しい言葉をくれる。だからこそ、今言って欲しくないんです。もっと自由に生きて、その上で……考えて欲しいんです」


 つまり、俺に対しての猶予期間。

 永奈の事を考えず、好き勝手生きてみてくれという提案。

 でもそんなの、俺には必要ないというか。

 永奈が居ない生活に、俺が満足出来る訳が無い。

 更に言うなら、また中途半端な関係を続ける事に対しての絶望感しかないというか。

 もはや何と答えて良いのか分からず、プルプルと震えていれば。


「あっ、でも……その。私に出来る事であれば、何でも言ってください。本当に、何でも。先輩には好きに生きた上で答えを出して欲しいですけど、まだ高校生活もありますし。その間は、何と言うか……私に出来る事は全部してあげますから。多分それは、私も求めている事なので」


 やけに赤い顔をしながら、ちょっとだけ腰を放す永奈。

 多分、おかしなものが当たっていたのだろう。

 ごめんね!?


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