第14話 言葉では伝わらないけど
同伴した大人達からの話を聞いた後、俺はブラブラとホテルの中を歩き回っていた。
部屋に戻る気分にもなれないし、永奈と直接話そうという勇気も持てなかった。
本当に中途半端で、答えの出せない若造。
ソレが俺だ。
「はぁ……何やってんだか」
思わず溜息を溢しながら、いつの間にかホテルの外まで出て来てしまった。
沖縄ってのは、夜でも結構快適なんだな。
まだ夏本番になっていないからこそ、なのかもしれないが。
夜風は心地良いし、一人で何かを考えるには都合が良い様にも思えたのだが。
「永奈?」
暗い海に足を突っ込んだまま、ぼうっと立っている背の低い背中が見えた。
その瞬間、永奈の御両親から言われた言葉が蘇った。
何度も“死のうとした”。
それが今目の前で起こっている気がして、無我夢中で走り始め。
「永奈! 永奈! 止めろ!」
「え? 先輩――」
バシャバシャと音を立てながら俺も海に踏み込み、振り返った後輩を思い切り抱きしめた。
良かった、本当に。
俺の思い違いかもしれないが、あのまま海の方に歩いて行ってしまうかもしれないと。
そんな悪い予想をしたら居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。
だからこそ、抱き止められて良かった。
思わず大きなため息を溢し、逃がさない様に腕に力を入れてみれば。
「どうしたんですか? 先輩。ちょっと痛いですよ? あぁ、そっか。今日はおはようのハグしてませんもんね。どうぞ、ギューってして下さい」
それだけ言って、後輩は俺の身体に腕を回して来た。
力いっぱい抱きしめているのか、いつもより圧迫感がある。
けど、全然苦しくはない。
身長だって俺よりずっと低くて、永奈の頭は俺の胸に埋まる位置にある。
こんなに小さい女の子が、力の弱い女の子が。
もっともっと小さい頃に自らの死を望んだと思うと、胸の中がグチャグチャになっていく。
永奈をイジメた奴等を、俺が全員ぶっ飛ばしてやりたい。
どいつもこいつも、事態を理解出来るまでぶん殴ってやりたい。
そんな悪い感情も湧いてくるが。
「いいですね、沖縄。夜でも温かくて、思わず海に足を入れちゃいました」
クスクスと笑う永奈が、俺の事を見上げて来るのだ。
とても幸せそうに、はにかみながら。
「波、結構良い音だよな」
「ですね、凄く落ち着きます」
「海ってさ、なんて言うか。風も全然違うよな、吹き抜けるって言うか。良く耳に残るっていうか」
「はい、そうですね。私にもわかります。凄く綺麗な音がします」
彼女の声を聞いてから、改めてギュッと彼女の身体を抱きしめる。
細いし、小さい。
思い切り力を入れたら壊れてしまいそうな程なのに、しっかりと生きているという体温が感じられる。
あぁ、駄目だ。
やっぱり俺、永奈が好きだ。
「永奈、向こうに帰ったら何がしたい?」
「えぇと、どうでしょう? 色々とやらないといけない事はいっぱいありますけど……」
「夏祭りとかどうだ? ウチの学校の二年は修学旅行も早いからな、まだまだ夏のイベントはある」
「あぁ、良いですね。夏祭り、先輩に連れて行ってもらったのが初めてだったんですよ。人混みは苦手なので、行こうとも思わなかったんですけど。ずっと先輩が手を繋いでいてくれて、凄く楽しかった思い出しかないです」
よく覚えている。
小学の頃初めて永奈を祭りに誘った時、彼女は非常に渋い顔をしたのだ。
騒がしい所は、人の多い所では声が聞こえにくいから。
そう言って、ひたすら断ろうとしてきた彼女に対して。
俺は自分が祭りに行きたいが為に、必死で誘ったのだ。
どんなに騒がしくても、俺が言葉を伝えてやる。
当時中途半端にしか覚えていなかった手話を使って、更には耳元で言葉を発する約束までして。
「覚えてますか? あの時距離が近すぎたから、私達は学校でからかわれる様になったんです。
あぁ、そうか。
彼女が俺の事を名前で呼ばなくなったのは、この頃だったのか。
先輩後輩という意識を周囲に植え付け、その手の話から遠ざけようとしていたのかもしれない。
今思えば、そんなもん気にするなって言ってやりたいが。
当時の俺は、多分“先輩”って呼ばれる事に舞い上がっていたのだろう。
なんかちょっと大人になった気がして。
「先輩は、全部私の為に使っちゃうんです。お祭りだって、私以外と行けばもっと楽しめたかもしれないのに。私を連れて行った事によって、他の人達にからかわれる結果になっちゃったのに。毎年連れて行ってくれるんですよ、何を言われても気にしないって顔で」
そう言いながら、俺の胸に顔を押し付けて来る後輩。
コレが彼女の心配事。
自らを構うが為に、俺に不利益が発生するという懸念。
でも、違うのだ。
俺は別に、周りの評価を買いたいが為に永奈を連れ回していた訳ではない。
例え何と言われようと、俺自身が気にする様な事は無かった。
隣で永奈が笑ってくれるのなら、それで良かったのだ。
多分、俺は。
ずっと昔から、この子に恋をしていたのだから。
「だから、無理しなくて良いんですよ? 私ばかりに構わず、先輩も好きに生きて良いんです。私に付き合う義務なんて無いんですから、先輩はこれから好きに――」
「永奈。地元の夏祭り、今年も行くぞ」
ちょっとゴメンと一声かけてから、彼女の補聴器を取り去った。
そして、少しだけ微笑んでから。
「お前の望む形では、俺は必要ないのかもしれないけど。でもやっぱり、嫌われてる訳じゃ無いなら……一緒に居たいよ」
恥ずかしい台詞吐いてから、補聴器を戻してみれば。
彼女はポカンとした表情で此方を見つめ。
「あ、あの……」
「祭りに行こうって言っただけだよ」
ニッと口元を吊り上げてから、彼女の手を引いてホテルへと戻って行くのであった。
ホント、こんな台詞が普通に言える人間になりたいもんだよ。
今の情けない俺では、そんな覚悟が決まるのはいつになる事やら。
マジで情けない先輩も居たもんだと、自分でも笑えて来るが……。
でも俺は、この子と一緒に居たい。
それだけは、確かな気持ちとして噛みしめるのであった。
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