第10話 拘りと、わだかまり


「海だぁぁ!」


「うーみー!」


 本日のツアーを終え宿泊するホテルに到着した瞬間、保護者組は部屋で飲み会を開いてしまった。

 そして当然旅行に来た若人が部屋で大人しくしている筈もなく、ホテルから目と鼻の先にあるビーチへとやって来た訳だ。

 後輩二人は旅行人数が少ない影響もあってか、大胆な事にビキニ。

 最初こそ永奈が恥ずかしがったり、身体を隠したりと忙しかったが。

 もはや吹っ切れたとばかりに、二人揃って海に突っ込んで行った。


「永奈ー! ちゃんと防水の補聴器付けて来たんだろうなぁー!?」


「大丈夫でーす!」


 既に遊ぶ事に夢中になっているらしく、美月ちゃんと一緒に水を掛け合っている。

 高校生だというのに、まるで小学生みたいな遊び方をしているが……まぁ、アイツにとってはどれも新鮮なのだろう。


「楽しそうじゃん、二人共」


 二人にカメラを向ける律也が、えらく緩い微笑みを残しながらそんな事を言いだした。

 確かに、あんな風に笑う永奈は珍しい。

 俺の前ではどこか遠慮しているというか、出来る限り大人っぽく見せようとしているというか。

 同級生と一緒に、ただただ今を楽しんでいる様な子供っぽい顔はあまり見ない。


「そうな、いっぱい撮っておいてくれ」


「おうともさ。その為に久々にこんなの引っ張り出した訳だしな」


 マジで遠慮なくバシバシとシャッターを切る律也。

 しかし先程とは違い、その表情は非常に真剣。


「コンテスト、また出してみたらどうだ?」


「ははっ、勘弁しろって。俺に写真の才能はねぇよ」


「でも、好きなんだろ?」


 そう呟いた瞬間彼の指は止まり、先程までうるさい程鳴っていたシャッター音も止んだ。


「俺は律也の写真すげぇって思うぞ? 部屋に飾ってあったヤツだって、どれもすげぇし。それに、好きな物に夢中になれるのは……正直、恰好良いと思うよ」


「お前、たまにくさい台詞吐くよな」


「うるせ」


 ケッと吐き捨ててみれば、相手は笑い再びカメラのシャッターを切り始める。

 しばらく無言の時間が続き、二人して後輩達が遊んでいる所を眺めていれば。


「お前はさ、俊介。俺みたいなのにも、そんな言葉を掛けてくれる訳だけど。お前自身はどうなんだよ」


「どうって? あぁ趣味とか、好きな物って事か? 俺は全然だよ、何やってもしっくりこないって言うかさ」


「あんだろ、好きなもの。俺はむしろ、お前の方がすげぇって思うよ。小学の頃からずっと、“味方”であり続けたんだろ? 俺には真似できないね」


 そう言って律也は、永奈の事を指さした。

 美月ちゃんと一緒に水遊びをしたり、海に飛び込んでみたり。

 本当に楽しそうに笑う後輩の姿が、夕日に照らされていた。


「お前が他の事に“しっくりこない”理由、教えてやろうか? お前の人生で永奈ちゃん以外の事を二の次にしてるからだよ。お前自身の事でさえ、二の次だ」


「そんなことは……」


「無いって言えんのかよ、朴念仁。ただただボンヤリと生きて来た奴とは違う、ガキの頃から一人の女の子を守る為に生きて来た。それ、すっげぇ恰好良いぞ? でも、もうそろそろ俺等だって大人の仲間入りだろ? だったら、いつまでもこのままって訳にはいかねぇんじゃね?」


 今度ばかりは、カメラを下げて此方に視線を向けて来た友人。

 でも、そんな事言われてもな。

 だってアイツが俺を慕ってくれる理由は――


「依存だ、とか思ってんだろ? それの何が悪いんだ? あの子はお前無しの人生が考えられない所まで来てる、じゃぁ逆にお前はどうなんだよ? 永奈ちゃんが他の奴の所に行って幸せになれるビジョンが浮かぶか? あの子を守るって目的が無くなったお前は、その後どうするんだ?」


 考えた事も無かった。

 いや、考えようとしなかっただけなのかもしれない。

 もしもアイツが他の人の所に行って、幸せそうに笑えるなら。

 素直におめでとうって言ってやれるつもりで居たのに。

 多分その光景を見て、物凄く気分が悪くなるのは想像に難くない。

 でも永奈がそれで良いなら、俺も良いやって。

 どこか、そう思っていたのだ。

 だがその後の俺は、いったいどうなってしまうのだろう?


「お前等の関係はな、“共依存”って言うんだよ。永奈ちゃんはお前を絶対に必要としていて、お前も守っているつもりであの子に依存してる。“俺の仕事はあの子を守る事だ”なんて思ったりしてるだろ? そうじゃなきゃこんな馬鹿な事しねぇよ普通」


 それだけ言って、律也は再びカメラを構えた。

 でも、じゃあどうすれば良い?

 だって俺達は、昔からずっと一緒に居て。

 アイツが俺を頼ってくれるのは、俺が味方で居続けるからこそ。

 そこにつけ込んで、恋人だ何だと。

 更には身体を要求する様な真似をしてみろ。

 相手は、どうしたって“了承する他無い”状況に追い込まれるんじゃないのか?

 それだけは嫌なんだ。

 永奈の本心とは別に、生きて行く為だけに俺を受け入れてしまいそうで。

 そんな事になるくらいなら、今の状況のまま――


「共依存って言うと、言葉が悪いだろ。それを良い形に変えた言葉って知ってる?」


「ここまで来て、言葉遊びかよ……」


 思わず溜息を溢しそうになってしまったが、彼は真剣な表情のままシャッターを切り続け。


「恋人、夫婦。それも共依存なんだよ、結局。相手ありきで生きているって所とか、そのまんまじゃん。依存って言葉が怖いならそっちに変えちまえよ、いい加減。本人の意志が確かめたいなら、話をすれば良い。お前が怖がってる事は俺には分かんねぇけど、あの子はお前に隠し事しないんじゃねぇの?」


 なんて台詞を残して、相手は俺に向かってカメラを構える。


「ハハッ、今日はお前の方がクサイ台詞吐くじゃん」


「たまにはな? 格好付けないと、これでも男の子ですから。ホレ、なっさけない友人の顔も撮ってやるから」


「うっせ」


 クックックとお互いに笑い合ってから、俺達は海に向かって歩き始めるのであった。

 そうだな、少しくらい……そういう話をしてみても良いかもしれない。


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