9話 もっと頼って

「この屋敷を去るとはどういうことですか」

「お父様がどうしてもアメリアさんに来ていただきたいみたいで。無理は承知で頼んだら……承知して下さったんです! ね、アメリアさん?」

「…………」


 セエレはそういいながら、アメリアの元に近づき両肩に手を当てる。

 ドレスに隠れているのをいいことに、話を合わせろとぎりぎりとアメリアの足を踏んでくる。


「アメリア。今の話は本当か……?」

「…………ええ。使用人としてよりよいお給金を頂ける場所の方が働きやすいので」


 突き刺さる視線に耐えきれず、アメリアはルイスから視線を逸らしながら答えた。

 つい先日、エドガーにルイスを任され忠誠を誓ったはずだった。

 それだというのにこれは主人に対する裏切り行為だ。でも――。


(そうしなければ、この屋敷の使用人たちに危害が及ぶ)


 アメリアはぐっと拳を握った。

 自分一人が被害を被るならどうということはない。だが、この屋敷で働く心優しい彼らに迷惑が及ぶのだけは許せない。


 (それなら、私がルイスに嫌われるくらいお安いご用だ。それに――)

「そういうことですから、アメリアさんはランペル家で大切に使わせていただきますねっ!」

「……そのためにわざわざ、俺が不在の時に押し掛けてきたのかな。セエレ」


 ルイスの声音がぐんと下がる。

 口元に笑みこそ浮かべているが、目は一切笑っていない。


(……ルイス、怒っているな)


 長年一緒にいたアメリアにはそれがすぐわかったけれど、セエレはなにも気付いていないようだ。

 彼女はにこりと微笑んだまま、いいえとルイスの腕にすり寄った。


「招待状をお渡しにきたんです! 明後日、我が家主催の舞踏会を開きますのでルイス様にも是非来ていただきたくて。是非そこで、私たちの婚約を正式に発表いたしましょうよ!」

「わざわざありがとう、セエレ。明後日、楽しみにしているよ」

「はい! それではアメリアさんもごきげんよう!」


 招待状を受け取り微笑むルイスにセエレは嬉しそうに微笑んで、そのまま去っていった。

 客間に残されたルイスとアメリア。

 どちらも言葉はなく、重苦しい沈黙が流れていく。


「――セエレの話は本当ですか?」


 先に口を開いたのはルイスだった。


「……ええ」

「とても、貴女の本心からの言葉だとは俺は思わないのですが」


 こつこつ、とルイスが歩み寄ってくる。

 その声音は低く、固く、怒りを孕んでいる。

 アメリアは後ろめたさと少しの恐怖で顔をあげることが出来なかった。


「も、元々サーヴェンは私の婚約者だったんだ。想い人の傍にいたいと願ってなにが悪い――」

「なら、どうして俺から目をそらしているんですか」


 はっと顔をあげると、ルイスの顔が眼前にあった。

 触れ合う距離にいるというのに、ルイスはそのまま一歩踏み出す。それにあわせアメリアは一歩後退。

 それを繰り返し、アメリアの背中が壁についた。


「今の言葉をもう一度、俺の目を見ていってください。逸らすことは許さない」


 ルイスはアメリアの両頬に手を添える。

 がっちりと掴まれ、顔は反らせない。それならと、アメリアは目をそらせた。


「だから、私はサーヴェンのところに――」

「アメリア様は後ろめたいことがあると目をそらす癖がありますよね」

「……っ!」


 目をあわすと、ルイスは意地悪く笑っていた。


「どれだけ一緒にいたと思っているんですか。俺は貴女のことなら全てわかる。どうせセエレに余計なことでもいわれたのでしょう。そうですね……俺の傍から離れなければ、俺や使用人たちに危害を加える、とでも?」

「……どうして、それを!」


 動揺したアメリアにルイスは「図星ですね」とくすりと笑う。

 そしてルイスはアメリアの髪をすくい、手で弄ぶ。


「そんな世迷い言気にせず、貴女は俺の傍にいてくださればいいのです」

「……違う! これは私の意志だ!」


 アメリアはルイスの胸を押した。


「私と一緒にいては駄目だ。そうすれば、私はまた貴方を不幸にしてしまう」

「……アメリア様?」


 アメリアは胸を押さえながら、顔を歪めてルイスを見た。


「私はあの時、ルイスを屋敷から逃がした。だが、貴方は今生まれ変わって私の傍にいる……つまり、私はルイスを救うことができなかったんだろう!」

「……俺が死んだのは貴女のせいではありません」

「私はお前の忠誠に報いることができない! 私が関わったせいでルイスや他のみんなに迷惑がかかってしまう。それなら、私はここにいないほうがいいんだ!」


 脳裏に蘇る前世の記憶。

 炎に包まれ消えた最後。熱く、痛く、苦しい記憶――。

 そんな想いをもう誰にもして欲しくはなかった。


「だから私をクビにしてください。ルイス様」

「……それでは最後に一つだけ、俺の願いを聞いていただけますか?」


 ルイスは寂しそうに笑いながら、アメリアの手を取りその甲にキスを落とした。


「明後日の夜会、俺と一緒に出ていただけませんか?」

「――は?」

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