笑う死体/人権を置いていきます!
渡貫とゐち
笑う死体
刑事たちが足を踏み入れたのは、殺されてまだ数時間と経っていない殺人現場だった。
倒れている死体はまだ温かい……、
散っている血も渇いておらず、触れれば指先を濡らしてしまうだろう。
死体は女性だった。
うつ伏せで、背中から心臓を一突きにされている。
「刺殺、ですか……」
「ああ、心臓に、一発だ。争った形跡もない。油断した、わけではなさそうだな……信頼していた相手から裏切られたのなら警戒しないのも頷ける。となると犯人は知人が怪しいな……」
刃物は背後からなので、刺される寸前まで襲われることに気づけなかったのかもしれない。
刺されて初めて気づき、だけど既に刃は致命傷に達していた――
悲鳴を上げる暇もなかったのだろう。
女性の背後を取ることができた、となれば犯人を知人に絞ってしまうのは早計な気もするが……。女性の自室が事件現場だ。部屋に上がらせたうえで背後を見せたのであれば、信頼している相手でないと考えにくいだろう。
「…………」
「どうした?」
死体を確認する若い刑事に、ベテラン刑事が声をかけた。
「いえ、胸ポケットなどに証拠がないかを確認し――――」
「うひっ」
「…………」
女性の胸ポケットに手を伸ばした刑事が、他の捜査員にばれないように、軽くばしん、と死体の頭を叩いた。
死体は――――死体役は。
下唇を噛んで必死になって笑いを堪えている。
「(いや、もうその表情がダメなんだけどな……)」
幸い、NGは出ていない。
そのため展開は進んでいく。時間はどんどんと先へ進んでいってしまう。
「なにか見つかったか?」
「いえ、特になにもありません」
「そうか…………これはもう迷宮入りだな!」
「決めるの早過ぎるでしょ」
「ぃひ」
テンポの良いボケとツッコミに、死体役の声が漏れた。
じ、っと見れば、死体はぷるぷる、と肩を震わせている。
「(こりゃあ酷い演技だな……)」
ただし、
この一連の演技はなぜか一切カットされることなく使われていたのだが……。
…了
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