六、ねじれた噂
放課後、掃除が終わり先生に頼まれていた掲示の仕事も終わったので、スクールバッグを手に教室を出て帰ろうと下駄箱に行くと六組の三浦晃大とばったり遭遇した。
「よっ、かっきー。久しぶり」
懐かしいあだ名で呼ばれて口元が緩む。小学校の頃の友達で、みんな彼のことはウラダイと呼んでいた。あの頃より背が少し伸びたらしいがまだ低く、丸眼鏡をかけている。卓球部に入っている。
「やあ、久しぶり。ウラダイ」
もう半年以上会っていなかったと思う。一年の夏休みで同じ小学校のメンバーで集まって遊んだとき以来だ。気づいてなかっただけでひょっとすると廊下ですれ違うぐらいはしていたかもしれないけど。
「いま帰り?」
「おう」
ウラダイは小学校でもトレンドマークだった、さらさらのショートヘアを揺らして頷く。
「今日はオフじゃなかった?」
卓球部のオフは木曜日なはずだけど、部活が休みで帰るにしては少し遅い時間だなと思い確認する。
「そうだけどさー、掃除当番だったんだ。俺の班。今日に限って」
顔をしかめるウラダイに、納得と同情を交えて頷く。
「ああ、それは気の毒に。僕もさっきまで掃除してた」
「かっきーも? はー、面倒だよなあ」
ウラダイが溜め息をつくのを見て苦笑する。普通、掃除をするのは嫌だよね。
「そういえばさ、かっきー二組だよな」
ウラダイの声が急に興奮したものに変わった。
「噂で聞いたんだけど、二組で事件があったらしいじゃん。例の、ニモだっけ? 問題児の」
「ああ、泉くんね」
言い直しながら、もう他のクラスにまで話が浸透しているのかと面食らう。
ウラダイはそんな名前だったかなというふうに首をかしげた。たぶんそのニックネームしか聞いたことがなかったのだろう。由来も知らなさそうだ。
「そいつ、先生にぶち切れて途中で学校抜け出したらしいな」
「うん?」
ちょっと話が違うような、と思い首をひねる。
「担任の奴、手がつけられないからって学級委員長にそいつの指導を丸投げしたんだろう? 酷い話だよなー。で、それを聞いたニモが切れて、先生いるのに教卓蹴り飛ばして出ていったとか。すげーよ」
「いやいや、待って」
声を弾ませて話しているところに水を差すようで悪いけど、手を振って否定する。ここ数日の話がいろいろ入り乱れてまったく違う話に変わっているではないか。
「何か話がねじれてるね。そんな大したことじゃないよ」
少し考えてから話す。
「泉くんが途中で気分が悪いからって帰ったんだけど、保健室にも先生のところにも行かなかったんだ。それで先生が怒ってた」
「……それだけ?」
ウラダイが拍子抜けした声を出す。
「うん」
何でもない話だと思ってもらうため、意図的に簡略化して最後のあたりだけを話した。発端は僕が泉くんに友達になろうと近づいたことだという話をしなかったのは、まだ今日の出来事を自分が受け止めきれずにいるからだ。
「ふうん。そっか」
ウラダイはつまらなさそうにする。隠し事をしてしまったので後ろめたく感じる。
「ならこっちのほうがやばいか」
「……というと?」
聞き返すと、ウラダイはニヤリと笑みを浮かべて言った。
「江川だよ。俺、同じクラス」
「あー」
喧嘩番長の江川翔。関わったことはないけど、上級生と喧嘩したとか窓ガラスを割ったとか、やんちゃな生徒としてその噂は何度も耳にしたことがあった。宮野くんの悪友だ。
「ちょっと前に他校の奴と揉めて、一週間謹慎させられてたんだ」
「えっ」
初めて聞いた。結構な事件じゃないか。
「すごいだろ?」
ウラダイが得意げに話す。
「そうだね」
空気を壊したくないので同意したけど、僕は基本的にルールを守る人間なので浮かべたのは愛想笑いだ。正直その手の話で盛り上がりたくはない。
それから途中までウラダイと帰り道を共にした。いまのクラスの話やゴールデンウィークの予定、部活のことなどいろいろと話し、また今度遊ぼうと約束して別れた。
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