慧眼
柚子樹翠
あまくだものがたり第〇編
第一章 慧眼
プロローグ、焦がれ憧れ
「それ、本当?」
お姉ちゃんがクラスの揉め事を仲介して和解させた話を聞いて、僕は感嘆の声を上げた。
「な、すごいだろ?」
ふっくんはゲーム機を置いて、あぐらをかいた足の膝をぺちんと叩き、ますます興奮して喋る。
「優子は本当にすごい。人の懐に入るのが上手いというか、心に寄り添うのが上手いというか。自分を毛嫌いしていた赤坂とだっていつの間にか仲良くなってるぐらいだからな。それどころかいまじゃ親友だ!」
「おお」
その話はもう二回も聞いたことがあった。でもふっくんがまるで自分のことのように嬉しそうに話すのを見ると、何度でも聞きたくなる。
「そう。だから俺、優子のことは尊敬してるんだ」
「尊敬? 歳同じなのに」
ふっくんはバツが悪そうに眉を曲げた。
「変だろ。でも、そうとしか言えない」
「……ふっくんは、その」
僕は言い淀んだ。その先を訊いていいものかわからなかった。
「好きじゃないのか、って?」
ふっくんはそれを察して自分で言った。
「……うん」
「……ゆうくんは、どうだ? 好きな子、いる?」
首を振った。
「いない、と思う。あんまりそういうのわからない。この人のこういうところいいな、とは思うけど、付き合いたいとかそこまでではないし……」
「そうか。ゆうくんは純粋だなー」
ふっくんは優しい声でからかうように笑みを向けてくる。
「……お子様って言いたいの? もう中学生だけど」
不満げに振舞うと、大きな手が伸びてきて頭をくしゃっとされた。
「お子様だろ、実際。いつも楽しそうに笑って」
顔が熱くなる。まあ、否定はできない。
「……俺は、わからなくなった」
ふとふっくんの声が翳る。
「ゆうくんと同じで、意味合いは違う」
首を傾ける。
「話したい、遊びたい、一緒にいたい……そう思うよ。ずっと意識してる。誰より魅力的だと思ってる。好きだ。大好きだ」
僕は「好き」という言葉にドキッとしてふっくんの顔を見上げた。ただその表情は何だか悲しそうで、とても好きな人について話すようには見えなかった。
ふっくんはさらさらした髪を揺らした。
「……でも、付き合いたいとは思わないんだ。思えない。思えるような相手じゃない。それでも恋というのか、俺にはわからない」
「……複雑だね」
恋に落ちるという感情がどんなものかぴんと来ない僕には、ふっくんの心境を理解するのは難しかった。
思い出せば、あれから特に恋を遠く感じるようになったように思う。福元くんの悩みの先に恋というものはある、僕もあれぐらい深く悩まないと恋には至らないんだ。どこかでそう思い込んでいた節がある。
いずれにしてもあの頃のお子様の僕には恋人よりも友達のほうが大事だった。だから誰とでも友達であろうと張り切っていた。
そして僕の前にはいつも姉の存在があった。
姉を誉める話はいろんな人から幾度となく聞かされた。美貌、性格の良さ、惹きつけられる笑顔。天真爛漫で有言実行、周囲からの信頼は厚い。あまり身内褒めになってはと思い誰かに話すわけではないけど、本当にそう言くしかないぐらい柿原優子は類稀な人間だった。
単純な僕はそんなかっこいいお姉ちゃんが大好きだった。姉を誇りに思いながら、憧れた。強く憧れた。弟として生まれ同じ血を引くのだから僕も成長すればああなれるのではと夢見て、なるんだと意気込んでいた。
中学生になったとき。一段大人へのステージを進んだことで僕もようやく姉に近づけるのだと、嬉しく思っていたっけ。無邪気なものだ。
僕は姉の背中を追いかけるばかりなのに、持久走で走っていればいずれゴールに辿り着くようにいつかは必ず辿り着けるものだと、勝手に思い込んでいた。永遠に続く人生という持久走で、その差が縮まることなく終わる可能性には頭が及んでいなかった。
しかし鈍感な僕も、小さな失敗を繰り返すことでやっと気づくことができた。
認めたくなかったこと。認めるべきこと。
僕はお姉ちゃん……姉さんとは違う人間なんだということに。
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