第55話 名無しの新米怪盗、聖女へお礼に参る
一件落着……と、言いたいところだが、実はこの後もう一悶着あった。
レフレーズとエロイーズの両親は、まともな感性を持つ高潔な実業家夫妻である。
娘たちが取り返してきた大金を怪しみ、そのような出所のわからないものを受け取るわけにいかない、とごく当然のことを言ったそうだ。
せっかく奪還した被害金をにべもなく突っ返され、チューベローズ姉妹が大変不機嫌な様子で戻ってきたので、ヒョードは二人を冷静に宥めるしかない。
「真っ当な反応だと思うぜ。実際これは盗み、それも強盗で得た汚い金だ。足がつけば恨みも買いうる。今回の件で反省して、疑り深くなってるんだろ。良いパパとママじゃねぇか」
「かもしれないけどー、せっかくヒョーちゃんたちがみんなで取り返してくれたのにー」
「差し当たり生活が差し迫ってるのもわかってるでしょうに、ほんとうちのパパとママったらクソ真面目なんだから……」
「まぁそう言うな。あまりにも都合が良すぎて気味が悪いってのもあるはずだ。お前らはそうだろうけど、パパさんママさんにしてみりゃ、貧乏暮らしを始める心の準備をしてたとこに、いきなり元金が戻ってきて拍子抜けしているんじゃないか?」
「自己責任のけじめみたいな意味として、生活レベルを落とすのはやむなし、みたいな考えのようね」
「じゃ、仮に十分の一にグレードダウンして、一千万ペリシなら?」
「それでも受け取ってくれないかもー」
腕組みをして少し考えてから、再び口を開くヒョードリック。
「なら、あの詐欺組織を捕まえた扱いになっている教会を通して……」
「たとえば、ユリアーナさんとかに口添えしてもらって、正式な手続きを経て還付してもらうってことー?」
「それはわたしたちも考えて話してみたのよ。ダメね、取りつく島もないって感じ。もう今のパパとママは、相手がなにを名乗っていても、それがどれだけ本物っぽくても、誰も彼も全員詐欺師にしか思えない状態ね。娘であるわたしたち二人以外は信用できないって様子……」
さらに頭を捻るヒョードに、チューベローズ姉妹が言い聞かせてきた。
「ヒョーちゃん、もういいよ。これで良かったとは言えないけど……路上生活になったって、ヒョーちゃんたちがいれば、少なくとも最悪にならないことはわかってるから」
「対等な仲間だって言ったのはあんたでしょ。ならわたしたちを含めた子どもたち、みんなで山分けにしましょう?」
大変魅力的な申し出ではあるのだが、にべもなく断らざるを得ない理由がある。
「いいや、それはナシだ。悪いがお前ら二人がいないところで、他のみんなで話し合った……今回の金はお前ら二人以外は懐に入れないってのが結論だ」
「な、なんで?」
「やっぱ足がつくからってやつ……?」
「それもある。が、もっと他のリスクがある。たとえば……本当はもちろんもっと多いけど、仮にこの街に浮浪児が百人いるとする。百人に100万ペリシずつが渡るわけだ。今は無理だが、今後十年頑張れば、表通りで店の一つも出せるようになるだろう。少なくともまともな生活は送れるようになる、そんな元手になる。普通にまともな理屈で考えればな」
ヒョードは自嘲混じりの皮肉な笑みを浮かべた。
「だがダメなんだ。俺たちみてぇなクソガキが泡銭を得るとどうなるか。今はみんなビンボーだからみんな仲良くしてる。お前らが俺たちと友達になれたのは、お前らが俺たちと金で繋がろうとしなかったからだって、こないだ言ったけど、要はそういうことなんだ。
自分は100万持っているが、他の百人も100万ずつ持っていることを、百人全員が知っているわけだよな。どうなると思う? 他の奴らの金を奪った方が手っ取り早い……絶対にこういった思考が働く」
「そ、そんなこと……」
「いや、俺たちは自分で自分の民度の低さが、よくわかってる。全会一致だったぜ。マネー・デス・なんとか・ゲーム! 騙し合いの! サバイバルが! どうたらこうたら! ギャーッ! もうめちゃくちゃ! 実際殺し合いになると思うね。小金を持っちまった浮浪児同士の暗殺合戦だ、治安最悪だろ。もうゾーラの平和のためにやめといた方がいいレベルで。これは一人あたりの額がどれだけ下がっても同じことだ」
ヒョードは力を抜いて肩をすくめた。
「つーわけなんで、せっかくみんなで達成した目的が宙ぶらりんになっちまうし、元はパパとママが騙し取られた金なのは間違いないわけだから、なんとか受け取ってほしいんだが。
誰かいねぇかな? お前らみたいな身内ならOKなんだろ? お前らのパパとママが今の気持ちでなお信用して頼れるような相手とか」
今度はレフレーズとエロイーズがしばらく考えた後、エロイーズがレフレーズにぽつりと言う。
「……ケトノーラさんは?」
「あー……ねー、それは……そうなんだけど」
「誰だ?」
「ママの妹さん。ママの五つ下だって言ってたからー……」
「今25歳?」
「たぶんー」
「どんな人なんだ?」
「めっちゃくちゃ優しいー、超良い人。あれはたぶん外面とかじゃなくて、ほんとに聖母さんだと見たねー。娘ちゃんたちも、全員マザコン。わたしたちの
「しかもケトノーラさん強いし賢いの。ただ、病弱みたいだけど……」
「あ、違うんだー、エリーちゃん。ケトノーラさんは固有魔術の性能がピーキーでね、使うとしばらく動けなくなるタイプだってママが言ってたよー」
「あ、それで寝込んでたの?」
この姉妹の叔母と従妹たちの話だ、ヒョードとしても興味があるし、聞いて損はない。
「いいじゃねぇか。旦那は?」
「うんこマン!」
「エリーちゃん、お口悪いー」
「ほんとのことでしょ。入婿のクソ野郎よ」
「入婿がダメって意味じゃないよー」
「わかってる、そいつがクソなんだな?」
「商才の方がどうなんだかは知らないけどさ、ケトノーラさんに散々苦労かけてるのは間違いないみたいよ」
「今ちょっとモンテスカッチャ家も……あっ、そのお家がそういう苗字なのー。あそこん家もお金的に厳しいみたいー」
「ならなおのこといいじゃねぇか。そのケトノーラ叔母様からってことで、お前らのママ宛でチューベローズ家へ一千万。で、名義貸しの礼として、モンテスカッチャ家へ一千万。これでどうだ?」
「なんかの詐欺みたいな話だけど、善意100%の実在する美味しい話なのよね……」
「ほんとにそんなことできるのー?」
「お前らとしても都合が良すぎて現実味が湧かねぇだろうが、実際に奪還できちまったもんはできちまったからな。ケトノーラ叔母様がお前らを信じてくれて、お前らのパパとママがケトノーラ叔母様を信じてくれるなら成り立つな。一回これでやってみていいか?」
現状他に方策はないと思われ、レフレーズとエロイーズは揃って頷いた。
方針が決まったので詳細を詰めていく。
「要はそのうんこマンに気取られて余計な茶々入れられることなく、ケトノーラ叔母様に一筆書いてもらえればOKなんだが、なんか連絡手段とかあるか?」
「……お姉ちゃん、あれどう?」
「あれって……『完全親展』?」
「なんだそれ?」
「えーっとね……まずケトノーラさんと四人の娘ちゃんたちはわたしとエリーちゃん、わたしたちのママと同じで、みんな
「あそこもうちも父方種族の血が捩じ伏せられちゃってるからね……家でのパワーバランスもそんな感じっぽい」
「パパさんお家で孤軍すぎるだろ、怖ぇよ……で、猫さん的にはどうすんの? 肉球スタンプで交信すんの?」
「あんた自分も猫系獣人のくせに……わたしら
「『完全親展』、またの名を『心眼密書』……簡単に言うとー、方式はなんでもいいけどー、手紙を書きます。封蝋します。で、開けたら爆発とか炎上とかするような仕掛けとかしますー」
「お姉ちゃんそれわたしやるわ。そういう蜜蝋錬成できるし」
「お願いねーエリーちゃーん」
ヒョードにも話が見えてきた。
「なるほど、
「そう、開けずに中身を確認できる。白猫さんたら読まずに食べた……いや、読まないといけないけど、そのまま積んでも捨ててもOK」
「文字が重なってても焦点合わせて読めるとは思うけどー、いちおう二つ折りまでにしておこうねー」
「いいね。じゃ、それで頼む」
段取りが立ってきた。
後は実行に移すだけ。
五日後の夜。ユリアーナは新設する修道院の予定地(といっても、建物はすでにあるものを流用するのだが)で事務仕事をしている。
そこへ、怪しい男女三人組の訪問があった。三人とも黒い全身タイツに身を包んで、目元を青い魔石の嵌まったファントムマスクで隠している。
さらに口元には思い思いの付けヒゲがある。そちらはほぼジョークグッズだろうが、仮面の方はその限りでないと思われた。
背格好からして間違いなく子供だ。髪の色は薄めの暖色系、それもわかる。だが……なにか認識をぼかされるような感覚があって、正確に捉えられない。
どこかで会ったような気がする。いや、というか状況的にあの三人だろうなというのはもちろんわかる。
いったいどこの誰から入手したのか知らないが、この数日でここまで仕上げてきたことに敬意を表し、彼女はあえてフラットに尋ねた。
「こんばんは。あなたたち何者ですか?」
真ん中に立つ、大きなバッグを持つ少年が、巻いた付けヒゲの先を弄りながら、胡乱にこう答えた。
「吾輩は
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