第54話 その手が悪魔であっても

 小悪党どもが悄然とする中、ドラゴスラヴが手を叩いてみんなの注目を集める。


「えー、突然で申し訳ないんだが、ここの後始末は俺とユリアーナに任せてもらいたい」


 そして、目を丸くするチューベローズ姉妹をビシリと指差して続ける。


「まず、取られた分は取り返せ。どうせ正確には帳尻が合わねぇ、多めに持ってってもらっても構わねぇ。余ったら他のガキどもに、報酬ってことで分け前をやりゃいいわけだし」

「レフレーズちゃん、エロイーズちゃん、親御さんの被害金額は聞いていますか?」

「い、いえ……」

「そうですか。資産家ということですし、一億ほどあれば堅いでしょうか」

「そんなもんかね。ほら、遠慮すんなよ。詐欺られてねぇガキどもも、持ってけ泥棒ってやつだぜ、この際。慰謝料や迷惑料と考えろ」


 とはいえみんな明日食う飯にも困る貧乏ガキどもだ、そもそも「金品を所有する」こと自体慣れていない。

 札束を詰め込んだバッグを二人で持ち上げるチューベローズ姉妹もビクビクしていて、他の子供たちに守ってもらいながら帰る予定だ。


「欲のないガキどもだぜ。俺なら金目のものをありったけ……」

「ドラゴくん?」

「冗談だよ、冗談! えー、この、こわーいお姉さん、ユリアーナさんの目的は、このだ。根なし草の聖女様もそろそろ修行と巡礼の旅を終え、ひとところに落ち着きたくなったらしい。

 いいか、筋書きはこうだ。俺とユリアーナがお前ら怒れるガキどもを扇動し、詐欺師どもを叩きのめしてここを占拠した。

 この後俺らは普通に教会に通報する。というか、すでに騒ぎを聞きつけて、祓魔官エクソシストたちが向かってる最中だと思うから、お前ら適当に三々五々帰ってくれよな。

 で、詐欺師どもは全員収監、法の裁きってやつを受けてもらうので、その後どうなろうと知らん。

 一番肝心なのは、この建物を教会が接収する形になり、ユリアーナが主導して、孤児院だか修道院だかに改装するって話だ。

 これはお前らにも無関係じゃねぇよな。路上生活が性に合ってるって奴らはいい。だがそうじゃねぇって奴らは、ユリアーナを頼れ」

「教会の手先である私を、いきなり信用するというのも無理があるでしょう。気が向いたら、ここへ立ち寄ったり、たまに出入りしたりしてみてくださいね」


 自分たちと十も齢の違わない二人の、立派な様子を目の当たりにし、ヒョードは尊敬すると同時に、不貞腐れるしかない。


「……なんだよ。別に俺らがいなくても、二人きりでどうとでもなったんじゃん」

「いや、そんなことはねぇよ。俺らも教会も、この場所がこいつらのアジトだってのを、まったく捕捉できてなかった。

 教会の方でも被害者と被害額のリストが積み重なるばかりで、焦ってるとこだったんだと。

 お前ら街のガキどものネットワークは、これからも大事にしろよ。

 ただ逆に言うと、この後そのリストを照会して、ガメられた財産を可能な限り、持ち主のところへ返して回ることはできる」


 頭を撫でてくるドラゴスラヴの大きな手も、相変わらずガキ扱いされているのは変わりなかったが、不思議とヒョードは悪い気はしない。


「……と、まぁ、今回は俺たちがお前らのケツ拭いてやるけどよ。次にこういうことをする時には、その辺ちゃんと調べて自分でやれよ」


 ニヤリ……と目つきの悪い顔に似合う、悪党面で笑うドラゴスラヴ。


「『泥棒ごっこ』……だろ? 最低でも顔は隠すべきだし、もっと言うとできれば認識阻害系の能力か道具で身元を誤魔化したいとこだな」

「ちょっとドラゴくん、なにを唆しているんですか?」

「まぁまぁまぁ……」

「まぁまぁまぁじゃなくてですね」


 ユリアーナの髪をぞんざいに撫でて適当に宥めていたドラゴスラヴは、ふと真剣な表情になってヒョードに向き直る。


「ハザーク夫妻を英雄だ梟雄だ、義賊だ奸賊だとまぁ、好き勝手に呼ぶ声が方々で上がるが、俺は彼らは必要悪である『闇の英雄』だったと思ってる。教会にも横暴な面があるのは知っているだろう、それは日向からでは救えない者もいるってことだ。彼らの一派が倒れた以上は、次の光が……違うな、次の闇が、影が、月が、夜が求められている。十五年前は大泥棒がいただろう……ドロテホ・キヨーテ、彼もそうさ。『次の時代』になりたいっていうんなら、俺は応援するぜ」


 このときのヒョードはドラゴスラヴがなにを言っているのかいまいちわからなかった。ただドラゴスラヴもドロテホのことを知っているようで嬉しいというくらいだった。

 ボーっとしていたヒョードに、背後から何者かが膝カックンを食らわせてくる。尻を落としたのは大金が入った鞄の上で、気づけばチューベローズ姉妹が両隣に並んでいる。


「ヒョーちゃん凄いんだけど、突っ走ってばっかりで危ないからー」

「わたしたちが面倒見てあげないとね……」

「フフ。だってよ、こりゃ頼もしいな」


 どこまで本気で言っているかわからないドラゴスラヴに、ヒョードはふと反問した。


「あんたは?」

「ん?」

「ユリアーナさんが俺たちに付き合ってくれた理由は大体わかった。アニキ、あんたの目的はなんだったんだ?」

「そうだ、その話がまだだったな。ヒョー坊、俺は新たな〈家〉を作りたい。血筋に因らずに誰もが集える、ある必要に迫られて、アジトとして建てる〈家〉だ」

「っていうと……これからのここみたいな?」

「いや、『神の家』ってのも一つの形ではあるとは思うが、そうじゃねぇ。結婚やら交合やら面倒なことを混ぜるから余計な骨肉の争いってやつが起きる。俺はただ力のある者を俺の名で集めたい。それには俺の苗字すら邪魔になる。だから捨てようってはらだな」

ってのは?」

「〈災禍〉だ。おそらく十年以内にアレが台頭して、この世界を支配しちまう。それはたぶん避けられねぇ。創作じゃよくあるだろ、終わっちまった暗黒世界ディストピアで活動する抵抗勢力レジスタンスってのが。それをあらかじめ作っておこうっていう、消極的な次善の策ってわけだ。だからお前らみたいな有望株に、今から声を掛けている。もちろんお前らの意思を尊重するが、もし仕上がったら入ってくれねぇかってな」


 話は終わったようで、ドラゴスラヴは向けた背中越しに言い置いていく。


「お前らも〈災禍〉に気をつけろ。たとえ知っても、アレの名を口に出すな。今の俺らじゃ、誰もアレには勝てねぇ。時期が来るのを待て。そんじゃ、元気でやれよ」


 喋るだけ喋ったら去っていくドラゴスラヴの後ろ姿を、ユリアーナが困り顔で見送る。


「もう、勝手なんですから……皆さん、風来坊丸出しの彼と違って、今後私はいつでもここにいることになると思います。なにか困ったことがあったら、いつでも訪ねてきてくださいね」


 ドラゴスラヴとユリアーナ、このときのヒョードたちにとって、二人の存在は大きすぎ、彼らの全貌を捉えることはできなかった。

 ただ、今も指針として残っている。ゾーラの街に三人組の怪盗が現れ始めるのは、これから数年後の話だ。




「あーあ、やられちゃいましたね」


 詐欺組織のアジトが教会の手入れを受けるのを遠くから眺め、アンネ・モルクは他者事ひとごとのように嘆いてため息を吐いた。

 赤毛に眼鏡にそばかすの少女だが、普段から色々と変装や演技を重ねているので、彼女のこの素の姿を知る者はあまり多くない。


「いいの、師匠? いちおうあなたが作った組織なんじゃないの?」


 傍らで諫言するのは、赤錆色の髪に若草色の眼、やや青ざめた肌に、左額に生えた一本角が特徴の、スティングという男の子である。

 ちなみにアンネは九歳、スティングは八歳。この二人のやり取りを誰かが見ても、妄想に基づくごっこ遊びとしか思わないだろう。


「いいんですよ。そもそも、わたしの感情操作技術の真髄が騙しではないということは、彼らにも散々説明しました。にも関わらず増長して一種の選民思想なようなものを抱いてしまったのは、まあわたしの落ち度と言えるかもしれませんが、勘違いも甚だしい。暗殺教団ならぬ、詐術教団……とでも呼ぶにもショボすぎましたよね。わたしの教えたことは信仰でなく実践で昇華してほしかったものです。とはいえそれには演技と魔術、両方の才能がいるわけで、そう、スティングくん、あなたのような」


 ついさっき知り合ったばかりにも関わらず、直弟子として認めた少年を振り返って、アンネ・モルクは邪気なく微笑む。


「お父さんを殺された仇を討ちたいというのはわかりました。ですがあなたの敵〈災禍〉は、正体を知ったからどうなるという相手でもないのです。固有魔術が覚醒して、ようやくスタートラインという感じですかね。なのでスティングくん、あなたも十年後を目処に、鍛錬を続けてください。その頃にはわたしたちも、ちゃんとした形で台頭していると思いますから」

「師匠に会いたくなったら、おれはどうすればいいかな?」


 軽く手を振って去ろうとしていたアンネは、背中越しに答えた。


「嬉しいことを言ってくれますね。次の組織は名を〈劇団〉とします。何劇団でもないただの〈劇団〉です。今度はちゃんとやろうと思いますので、この名はしばらく聞こえてこないでしょうが、便りがないのは良い便りとでも思って、気長に待っていてください。お互い好きにやりましょうね。では」


 アンネの後ろ姿を、さしたる感慨があるでもなくぼんやりと見送っていたスティングだったが、背後から話しかけられて警戒した。


「やあ君の名前はスティング・ラムチャプだ。種族は発現形質が父方の大鬼オーガでお母さんは妖精系みたいだね。身長は今140センチくらいだけど、種族的にもそう、あと足がデカいから心配しなくてもまだまだ伸びると思うよ。固有魔術は錬成系、教会からは未認知なため識別名未設定、かっこいいのが付くといいね。最後におねしょをしたのは二年五ヶ月前。故郷のラムダ村には君のことを好きな女の子が結構……」

「!?? は!? なに!? なんなんだきみ!? 誰!? なんでおれのことそんなに……」

「そう、スティングくん、僕は君のことを、君自身以上によく知っているよ」


 銀髪碧眼で都会育ちと思しき身なりのいい、スティングと同じか一つ二つ年下くらいの少年である。

 我が意を得たりとほくそ笑み、それを崩して弱々しい笑みを浮かべた。


「といってもそういう能力っていうだけでさ、君を見た今知ったことばかりなんだけどね。

 申し遅れた、僕の名前はヴィクター・ヴィトゲンライツ。しがない帽子屋さ。

 お父さんの仇討ちがしたいんだってね? 協力できることがあるかもしれない。

 順番が前後して申し訳ないんだけど、まずは僕と友達になってくれないかな?」


 次から次へと胡散臭いものだが、それを置いても頼もしい。

 アンネやヴィクターが悪魔であっても、スティングはその手を握り返さずにはいられない。

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