第30話 さあやって参りました金銀パールプレゼントのお時間でございます!

 夜が来た。答え合わせの夜が。〈輝く夜の巫女〉が指定する場所は前回とは別だが、時刻は同じだった。

 今夜はエロイーズがバイトのシフトが入っていて、レフレーズは銀が嫌いなので〈紫紺の霧〉でお留守番、必然的にまたガルサがついてきてくれることになった。


「わりぃな。つーか今回はそんな重くないし、別に俺一人でも良かったんだが……」

「子分が荷物持ちしてる方が格好つくだろう、堂々としてくれよ大将」


 枯らさないためもあって植木鉢の土に植えて持ってきた「宝の枝」を、大事そうに抱え直すガルサ。

 なんだか楽しそうなので別にいいか、とヒョードが考えていると、薄闇の中に依頼主の姿が浮かび上がる。


「ありがとう、〈亡霊ファントム〉、〈聴妖ジュンプージ〉」

「この秘匿名も今夜が最後だな、〈髑髏クレニアム〉」


 レフレーズのファントムマスクはとうに返してもらい、素顔を晒すカンタータは相変わらず顔色が悪いが、彼女を悩ますその心労から解放される見込みがついたことで、少しばかり表情が柔らかくなっているように見える。

 期待には応えられるはずだ。と、その前に、この件の真の主役と呼ぶべき男の存在を忘れてはならない。


「初めまして。君たちがカンタータの依頼で、俺の代わりに『宝の枝』を手に入れてくれたという子たちだね?」


 第二の求婚者アリオーソ・テンポルバートは黒髪に銅色の眼の、性格ひとの良さそうな平凡な男だ。

 眼が異様なほど澄んでいてキラキラしているのが一番の特徴と呼べようか。


 麻薬をやっている奴や悲劇を経て狂気に呑まれた奴や洗脳系の能力を食らっている奴は眼が濁っていたり瞳孔が開いていたり焦点が合っていなかったりする。明らかにヤバいので回避しやすいのはある意味では利点ではある。

 逆に眼が綺麗な奴は大体生まれつき頭がおかしいか純粋すぎて危ういかその両方だ。案の定と言うべきかアリオーソは悪い意味で信仰心に溢れていて、〈巫女〉を崇敬している、結婚を望んでしまうほどに。


「俺のためにわざわざすまなかったね。自分で見つけられなかったのは口惜しいけど、これはカンタータの俺を心配する気持ちでもあるのはわかってる。ありがたく頂戴するよ」


 余計なことしやがってクソ共が、と言われるパターンも想定していたのだが、素直にお礼を言われるパターンだった。

 謙虚なのは結構だが肝心なところをわかっていない。まあそれはこうして元気に生きてさえいれば理解するための時間はいくらでもある。


 定刻になり、青い有翼の蛇がまたしてもどこからともなく姿を見せた。

 アリオーソの眼の輝きがますます強くなる。彼が口を開くと長くなりそうだからか、〈輝く夜の巫女〉は機先を制して本題に入る。


『それでは見せていただきましょう』


 前回と同じように、ガルサが恭しく植木鉢の覆いを外す。

 ヒョードが『宝の枝』を掘り出して、根を手持ちの布で丁寧に拭った。


「す、すごい……これはまさしく……」


 驚いたアリオーソの隣で、カンタータも眼を丸くしている。

〈巫女〉からしても少なくとも見た目は合格だったようで、これもまた前回と似たようなことを言い出す。


『では、それが本物であるという証明をお願いするわ』

「ん……?」


 前回は口頭での解説を求められたが、今回は見たまんまなので、なにも言うべきことが思い当たらない。

 成分分析とか、制作過程とか、そういうことだろうか? と悩むヒョードに、〈巫女〉が助け舟らしきものを出してくる。


『ああ、ごめんなさいね。質問を変えるわね。えーと、これはあなたたちのうち誰に尋ねたらいいのかしら……ひとまず〈亡霊ファントム〉、あなたに訊くわね?』


 なんだ? 猛烈に嫌な予感がする。チロチロと使い魔の舌を楽しそうに動かす〈巫女〉。


『あなたはこれが本物の「宝の枝」だと誓えるかしら?』

「ああ」

『命を懸けて?』

「……と、いうと?」

『別に、今から専門家の鑑定にかけようというのではないわ。それに、三種類の形質をなにもかもというわけでもない。一つでいいの。ただ一種類だけ、今この場で反応実験が可能となる物質が含まれているでしょう?』


 ああ、そうだ……〈大養殖時代展〉で会ったとき、ダンテンはなんと言っていた?

 おそらく彼はあの時点で『宝の枝』の条件を聞き及んでおり、そしてそれを聞いただけで、この地点まで辿り着いていたのだ。


 あのなんの脈絡もない蘊蓄だと思っていた、神明裁判のくだり。あれがまんま答えそのものだった。

 果たして〈巫女〉の使い魔は、もはや嗜虐を隠しもせず、舌舐めずりして宣告する。


『あなたたちのうち誰でもいいわ。「宝の枝」の根を掴み、それが本物の銀であることを証明しなさい。金と真珠に関しては結構。ただそれだけで結構。わたくし、今、無理を言っているかしら?』


 全員が絶句した。言っている。めちゃくちゃ無理を言っている。性格が悪いのはわかってはいたが、想像以上だった。

 誰かが確認しなければならないことを、仕方なく代表してヒョードが言う。


「……えーと、それは、どうなったら証明したことになる?」

『あら〜、それはわたくしの口からは、とてもみなまで言えませんね〜』

「……」

『怒らないでね。わかるでしょう? わたくし、眼も頭もあまり良くないものだから、箔が一枚貼られていただけで、コロッと騙されてしまうかもしれないの。だから、絶対に間違いがないように、その根が我々魔族の弱点物質である、本物の銀がみっちり詰まったものであるという証拠を見せてほしいんです〜。繰り返しになるけど、それだけでいいの。難しいことではないわよね?』


 確かに難しいことを求められてはいないのは事実だ。魔族の弱点物質であることを示すのは魔族であれば誰でもできる。

 具体的には、魔族が銀製品に直接触れると、皮膚が化膿、壊疽、腐敗し、耐え難い激痛を発する。


 魔族が銀で負う傷には、ごく一部の例外を除いて、あらゆる系統の再生・回復能力が通用しない。手を離した瞬間からようやく人間レベルの自然治癒力が働き始める。

 つまりグチャグチャになったらどうしようもないということである。生き地獄に耐えながら握り続けていると神経、筋肉、骨までがグズグズに溶け、少なくともそちらの腕は一生使いものにならなくなる。


 それだけならまだマシだ。魔族のいたずらに高い代謝能力は、傷口から侵入した抵抗不能の毒物である銀を全身に循環させてしまう。

 魔族を一人殺すのは、存外簡単だ。両手足を縛り、鼻先に小さな銀の刃を刺し込む。これで終わる。そういう拷問が、一昔前に流行ったと聞いたことがある。


 それと同じことをやれと〈巫女〉は言っている。途中でやめる意味はない。銀が魔族の弱点物質というのは、銀が魔族を殺せる物質だという意味なのだから。

〈大養殖時代展〉でダンテンが言っていた「成功して死ぬか、失敗して生きるか、自分で決められる」というのは、このことだったのだ。


「そ……それは当然、俺がやるとも!」


 そしてこれも案の定と言うべきか、にわかに叫んだアリオーソを、必死の形相で掴み止めるカンタータ。


「なにを言っているの!? 正気!?」

「放してくれ、カンタータ! 君たちが『枝』を作ってくれたのは俺のためだ! 本物である証明くらい、俺がやらないと意味がない! 君たちのうち誰かを犠牲にして、で、『わぁい、これで巫女様と結婚だぁい!』って、なるか!? ありえないだろ!? だから俺がやるんだよ!」

「あなた今自分で言っているでしょう、巫女と結婚するために『枝』を求めていたのよね!? それであなたが死んでしまったら、意味がないじゃない! 本末転倒なのよ!」


 説得は埒が明かないと見たか、カンタータはそのまま固有魔術を発動。金属製の糸を錬成、アリオーソの両手首を拘束して、体ごと地面に転がしてしまう。

 アリオーソの叫びを無視して、彼女は、ギロ、とヒョードに眼を向けた。つかつかと歩み寄り、その目力をもって至近距離で射抜いてくる。


「怪盗〈亡霊ファントム〉……」

「な、なんだ?」

「今、あなたの依頼主は私よね?」

「そうだが……」

「だから私に従ってもらう。ごめんなさい!」


 彼女は強引にヒョードから「宝の枝」を引ったくった。だが鷲掴みにしたのは根ではなく、茎の部分だ。

 苦労して作り上げたその逸品を、彼女は……満身の力で地面に叩きつけて、めちゃくちゃに踏みにじった。


「ああ、なんてことを……」


 アリオーソの弱々しい嘆きをよそに、肉体でなく精神性の疲労による大量の発汗を、カンタータは手の甲で拭い、自嘲気味に笑った。


「依頼は、取り消しよ……それでいいわね?」


 ヒョードやガルサが言うことはなにもない。カンタータの決断は妥当としか言いようがないからだ。

 もとよりカンタータがアリオーソの〈巫女〉との結婚を後押ししようとしていたのは、アリオーソの幸福と安全を第一に願ってのことだ。


 そのためにアリオーソが死ぬなど論外、まったく話にならないのは当然として。仮にカンタータ自身やヒョードやガルサを生贄に捧げたとして、そもそもこんな物騒かつ理不尽な試練を仕掛けてくるような内臓の腐り切ったドブミソ女に、愛する婚約者を譲れるわけがない。

 二人が否応なく首肯するのを見て、実にいけしゃあしゃあと、蛇は結論に移る。


『では、残念ながら、今回の課題も失敗ということになるわね。いや〜、まさかまさか、あの〈亡霊ファントム〉が二連敗とは……おっどろき〜ですわ〜♫ うふふのふ〜♫』


 ついでに煽り散らかされるのは構わないが、呈しておくべき苦言があった。

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