第33話 自転車は楽し
パチンコの仕事の激減ですっかり手が空いてしまったときに、以前仕事を一緒にやったことのある所から新しい仕事が来た。
物はサイクリング・コンピュータである。
競技用自転車はプロだけではなく、アマチュアにも大きな人口を抱えている。
それにはただ走るだけではなく、より上手く走るための様々な工夫が必要になる。そのために出現したのがサイクリング用センサーである。
自転車につけるセンサーには四種ある。
速度センサー、距離センサー、心拍センサー、トルクセンサーである。
速度センサーと距離センサーは車輪の回転を中心としている。
車輪のサイズを入力して車輪の回転数を計算させると速度と距離を算出できる。
センサー自体は車輪につける小さな磁石と車体側につける検出器で構成される。
心拍センサーは胸に直接装着して心音を検出して心拍数を算出する。
裸の胸に黒いベルトを着けたところは、傍から見るとどこかの危ないショーの出演者そのものである。
トルクセンサーはペダルそのものに装着するもので、ペダルの右左にかかる圧力を検出する。
なんでもトレーニングバイブルなる本があり、それによると左右の踏み込む力がいかに平均化しているのかが重要らしい。
後にこれにギア設定を追跡するギア・センサーが追加される。
これらが報告した数値を記録して、自分がどれほど平均して良い走りをしているのかを計算する方程式にはめ込んで、その出来不出来を楽しむのである。
趣味の世界とはいえ、人はここまでやる。
サイクリング・コンピュータはこれらセンサー群が報告する情報を統合して表示するための小さな機器である。
この開発を行うことになったのだ。
試作用の競技用自転車が客先から送られてきた。
箱から出してみると物凄く軽い。車体はすべて軽量かつ頑丈なチタン製だ。
車輪などはレバー一つで装着できるようになっている。動く部分が少ないということは、メカの世界では極限まで設計が進化していることを示している。
サイクリングが趣味の手伝いの男の子がこの自転車を見て「欲し~」と叫ぶ。
何でもこの一台で二百万円はするそうだ。
人は趣味に関しては金に糸目をつけないものだなあ。
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