第1話 大災害

 そうして過ごしていたある日、東北大震災が起きた。


 いきなり部屋が揺れた。

 母の部屋の中央で仁王立ちをする。この部屋には元々落ちて来るものは何もないように調整してある。手を伸ばし液晶テレビが倒れないように支える。

 パニックになった猫はここが安全地帯とばかりに一瞬でタンスの上に飛び乗った。

 そこが一番危ないんじゃと叫ぶが聞く耳を持たない。さすが猫である。

 驚くほど長い間続いたがやがて揺れは収まった。


 神奈川だとこのぐらいの被害でしかない。

 停電はしている。

 初めて24時間営業のコンビニの灯が消えているのを見た。

 携帯基地局も全部停電で止まっているので携帯も家庭電話も使えない。一昔前なら停電でも家庭用電話だけは使えたのだが、この時点では電話機自体が電源を必要としているので、停電では使えない。

 メーカーが蓄電池付の固定電話機を作るのはいつになるのだろうか?

 街の中に少しだけ残っていた電話ボックスの前には連絡を取ろうと人だかりができている。前の人間が何かくだらない情報を友達と共有しようと延々とお喋りするのをイライラしながら待つ。

 広島の姉に「無事」とだけ伝えて、話を終える。

 電車などは軒並み停止している。

 夕方、暗い国道を大勢の人間が群れを成して歩いて帰宅しようとする。ときおり通る車のヘッドライトだけが頼りだ。


 夜、電気が復帰する。

 テレビでガス会社が問題ないとの報道を流す。水道局が問題ないとの報道を流す。電気会社だけは何の報道も流さない。

 このとき、フクシマ原発は大変な状況になっていて、東電の会長はいきなり京都で会議をすることを思いつき、どうせならと家族サービスと言って一族を引きつれて移動中であった。とてものことに報道している余裕はない。

 報道すればパニックになって、自分たちの逃走の邪魔になる。そう考えたのであろう。いや、これは邪推か。そこまでいけば天下無敵の極悪人一家である。


 次の日、テレビでは何度も何度も大津波の映像が報道され、コマーシャルは全部『ありがとうポポポポーン』に置き換わっていた。

 これはしばらく魚は食わないようにしようと心の片隅で思った。

 冷たいって?

 そうかも知れない。

 誰も私の苦しみは気にしない。だから私も他人の苦しみは気にしない。



 関東では東電の不手際で頭の上から放射能をぶちまけられた以外はほとんど被害が無かったが、そのときの私はまだ気が付いていなかった。

 このときを境に、日本中で開発業務が一斉に中止されたのだ。

 その動きは最初は穏やかに、そして最後は急速に、フリーランスの技術者を襲うことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る