雨の神は平穏に暮らしたい

詠人不知

第1話 黒い雨が降る街

 ここはリンドベル王国という小国の端に位置する、レヴォルという街。レヴォルは雨が止まない街として有名だ。


 年間の三百日以上も雨が降っており、一日の中で必ずどこかで一回は雨が降ると言われている。


 そんな街はときどき不思議な雨が降ることでも有名だ。


 黒い雨が降るのだ。まるで墨のように黒い雨が降ってくる。この黒い雨に当たると命を奪われると言われている。


 しかし実際に雨に当たって死んだ人は少ない。死ぬのは体力のなく老い先短い者か、まだ生まれて間もない子供くらいだ。


 普通に健康的に過ごしていれば、黒い雨が当たって死ぬことはない。それでも長時間それに当たるのは危険だと言われている。


 この雨は少なくともこの国が出来たときから降っており、もはや生活の一部になっていた。そのため住人はこの雨に慣れていた。


 またこの黒い雨は、人に被害を及ぼす災いのような側面だけを持っている訳ではない。この黒い雨による恩恵もあるのだ。


 黒い雨で弱い動植物が死ぬことで、大地が肥沃になるのだ。死んだ動植物が土に返ることでその土地に栄養が行き渡り、良い土壌が生まれるのだ。


 この性質のおかげでリンドベル王国は、小国ながら作物が豊作で、長い歴史の中で飢饉が起こったことがないのだ。


 またこの黒い雨は国を守る役目もしている。肥沃な土地を狙って他国が侵略してこようとしたことが歴史の中で何度かあったが、それは全て黒い雨のせいで失敗している。


 このように黒い雨はこの国にとって、守り神のようなものなのだ。


 そんな街で一人の少女が白いレインコートを纏って、小雨が降る道を歩いていた。少女の名前はレラ。この街で生まれ育った、金髪碧眼の十六歳の少女だ。


 レラは背中にバッグを背負い、その中に食糧や生活用品を詰めていた。レラの仕事は荷物などを配達することだ。主に配達先は足腰の悪い老人の家か、子供が生まれて手が空いていない家庭などだ。


 そんなレラは今日最後の配達に向かっていた。その人物は街外れの丘の上に住んでいる。その人物は街で色々と噂が立てられている。


 歳を取らないだとか、雨を降らせているとか、人を攫って食べているとか。中央都市から逃げてきた魔法使いだという噂まで様々なものがある。


 そのため街の人はその人物にあまり近づこうとしない。街の人はレラに、その人物と関わるのを止めさせようとした。


 しかしレラはそんな噂は信じていなく、また金払いが良いためむしろ率先してその人物の元へと通っていた。


 レラは丘を上がって行き、ぽつんと一軒だけある家の扉をノックした。すると中から怪しげな男が出てきた。男は黒いヨレヨレのスーツを着ており、頭は天然パーマで鳥の巣のようだった。三白眼の目に生気はなく、なんとも不健康そうだった。


 この男の名前はレイン。レラはレインに元気よく挨拶をした。


「おじさん、こんにちは! 配達に来ました!」


「あぁ、ありがとう」


 レインはレラを家に招き入れた。そして家に入ったレラは重いバッグを豪快に床に置いた。


「ふぅー、疲れたー! おじさんもっと近いとこに住んでよ!」


「それは出来ないなぁ」


 レラはバッグの中から食糧や生活用品を出して並べた。レインはそれを受け取り片付けた。全ての荷物を受け取ると、レラに報酬を払った。


「毎度あり!」


 報酬は少しだけ割り増しされており、レラは笑顔で受け取った。


 頼まれていた物を配り終えたレラは、レインの家の椅子に座った。疲れたから休憩しているのだ。


 そんなレラにレインは注意した。


「こんなところに長居しちゃダメだよ」


「だっておじさんの家、静かで過ごしやすいんだもん」


 レインの家は街の喧騒が聞こえず、まったり過ごすのに向いていた。


「それにそろそろ黒い雨が降る時間だもん」


 レラがそう言うとポツポツと黒い雨が降り始めた。


「ちょっとゆっくりさせて貰うね」


 この街の住人は黒い雨が降ると家の中に籠もる。どうしても外に出なければ行けない場合を除いては、それがこの街の常識なのだ。


 レインはお茶を淹れるとレラに差し出した。


「ありがとう、おじさん」


 そしてレインはレラが持って来た新聞を読み始めた。新聞には一面で、近くの国同士が戦争を始めたことが書かれていた。


「また戦争か……、嫌だねー」


 近くの国同士はずっと国境付近で小競り合いを続けており、ついに両国が宣戦布告した形だった。


 噂ではこの国にも戦火が飛び火するかもしれないと言われている。レヴォルは国境に近いため、もし戦争が始まれば真っ先に戦火に包まれるだろう。


「この国は大丈夫だよね。なんたって黒い雨が守ってくれてるんだから」


「それで奴らが臆すとは思えないけどね」


 レラは笑っているが、レインは少し不安そうだった。


「ねぇ、おじさん! ゲームでもやろうよ!」


 暇を持て余したレラはレインにチェスのようなゲームをしようと持ちかけた。レインは嫌々だが付き合うことにした。


「おじさん弱すぎー、相手にならないよ」


「昔からこの手のものは苦手なんだ」


 そうしてレラがゲームでレインをボコボコにしていると、いつの間にか黒い雨は止んでいた。


「それじゃあ、そろそろ帰るね。次の配達は四日後でいいよね?」


「あぁ、よろしく頼む」


 そしてレインは帰って行くレラを見送った。レラは小雨の中を帰って行った。

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