笛の名手

九戸政景

本文

「ふう、今日はここまでにしようか」



 夕方頃、和室で僕の目の前に座る和装姿の人が言う。この人は尺八教室の師範の息子さんで薬師寺やくしじ凜久りんくさん。そして僕はこの教室に通う生徒の一人で荢毛うけ斉彬なるあき。今は凜久さんにお願いしてマンツーマンでの特訓をお願いしていたのだ。


 僕が中々上達しない事でお願いした時間を作ってもらっての特訓だが、やはり中性的な王子様系の凜久さんの綺麗さが気になって特訓に中々集中出来なくなっていた。そもそもここに通う事にした理由も凜久さんを女性だと思って、一目惚れしたからだったからで、尺八なんて興味もなかったからだ。



「すみません……お時間を作ってもらってるのに」

「いや、構わないさ。誰しもすぐにどうこう出来るものではないから。しかし、そうだね……もしかしたら君には普通の吹き方が合っていないのかもしれないよ」

「普通の吹き方……いつも教わっているやり方ですよね?」

「そうさ。そして管楽器にはタンギングという技法がある。簡単に言えば、舌の動きで息の流れをコントロールする物で、リコーダーなんかを習う時に名前くらいは聞いたはずだよ」

「あ、たしかに……もしかして尺八にもタンギングがあるんですか?」

「禁じ手と言われてはいるし、ウチの教室では教えていない。けれど、君の場合はタンギングを採り入れた方がよりうまく吹けると思うんだ」

「ど、どうすればいいですか!?」



 僕は思わず身を乗り出す。その結果、つんのめってしまい、凜久さんの胸に手を起きながら押し倒す形になってしまった。



「す、すみま……」



 急いで謝ろうとしたが、薄い胸板に触れながら凜久さんを押し倒しているという状況にドキドキしてしまい、長いまつ毛が生えた綺麗な目や薄い唇、かっこいいのだけれど中性的なせいか女性的にも見えてしまうその顔はより僕を興奮させてしまい、息が自然と荒くなっていった。



「り、凜久さん……」

「ふふ、おとなしそうに見えて中々荒々しい一面もあるようだね。とりあえずこちらにおいでよ。色々な笛も嗜んだ果てに得る事が出来たタンギングの技術を教えてあげるから」

「は、はい……」



 僕が離れた後、凜久さんは自然な動きで襟の辺りをはだけた。そして見えてしまった鎖骨と胸の辺りにドキドキしながら僕はフラフラと凜久さんについていき、凜久さんとの追加の特訓を行った。


 僕にとっては意外な特訓だったけれど、その時間は至福であり、初めこそ困惑していたのもいつしかなくなり、その特訓を、そして凜久さんを求める自分がいるのも見つけてしまった。


 そして特訓のかいもあってか僕は教室でもトップクラスの上手さになり、師範もその成長を喜んでくれた。だけど、一番欲しいのは違う。凜久さんからの言葉と一緒にいられる時間、そして凜久さん自身なのだ。



「……ふふ、いい顔をしてるね」



 ある夜、僕は凜久さんに誘われて家に泊まりに来た。お父さんである師範やお母さんは旅行でいないそうで、今夜は僕と凜久さんの二人きり。目の前には一糸纏わぬ姿の凜久さんがいて、僕も待ちきれなかった事で服は脱いでしまった。



「り、凜久さん……! 早くいつもの特訓を……!」

「……本当にそれだけでいいのかな?」

「え?」

「それももちろんするけれど、君が欲しくなってるのは……」



 凜久さんは天を貫かんとするかのようにそびえる自分の分身を指差した。



「これ、じゃないかな? 知ってるんだよ、休憩時間中にトイレに行っては切なそうな声を出しながら少しずつ広げようとしてるのを」

「あ、あ……」

「僕はね、君を見た瞬間に思ってしまったんだ。君が欲しいと。だから、君から特訓をして欲しいとお願いされた時に快く引き受けた。いつかこういう機会を作るためにね」

「り、凜久しゃ……」

「さあ、君の舌使いも僕に見せてくれよ。散々君の尺八で僕が教えてあげたはずだからね」



 その言葉を聞いた瞬間、僕の中の何かが切れて凜久さんを求める欲望に身を委ねてしまった。外国の話でハーメルンの笛吹きという物がある。それは約束を違えられた笛吹きが報復として子供たちを連れ去ってしまう話だが、僕もその子達と同じだ。凜久さんの舌使いによって奏でられる音色に心を奪われ、そのまま自分が本来知らなかったところまで連れ去られてしまった一人の子供に過ぎないのだ。

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笛の名手 九戸政景 @2012712

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