デットエンドリコレクション:アライブ
鈴城羊
第1話・ 人類最後の夜 前編
空は暗く濁っていた。まるで、力のままにペンキの入ったバケツを真っ白なキャンバスにかけたみたいだ。
乱雑に塗りつぶされた灰色の雲が、無音に包まれた街を覆っていた。
遠くから、カーカーと鴉の鳴き声が聞こえてくる。
ーー耳障りだ。
「天気は最悪だし。街もボロボロ」
一人しかいない街中を歩いていた少女が毒づく。
少々汚れているが緑色の長髪。
若々しく整った顔。
頭にはキャスケットを被り、マウンテンパーカーの下にコンプレッションウェア、カーゴパンツに脚を通し、コンバットを履いている。
左手には、非常食や救護キットなどを入れているバックを所持している。
獣に襲われても大丈夫なように、肩にライフルを担いでいる。
腰には、短機関銃を携えている。
いつ何時、何が起きようとも対応できるように、バックには色んな物を揃えている。
今でも焼けた骨や肉、鼻にこびり付く鉄の匂いが漂っている感覚が時々するんだよね〜。
ほんっと最悪な匂い。鼻を無理矢理にでも取りたくなるような匂い。
あ〜あ、嫌なことを思い出しちゃったな〜。
少女はしかめっ面を作る。
少し尖った歯が軋むような音を立てる。
「フンッ」
道に転がっている石ころを思いっきり蹴り飛ばす。石ころが、錆びている郵便ポストの中に入る。
カラン、と錆びた金属の欠ける音が辺りに響く。三秒ほどしたら、音は止まった。
横を通る時、ポストを蹴り上げる。甲高い音を立てて、根元から折れる。
「ククッ」
口角が上がり、邪悪な笑みが
吸血鬼の牙のように鋭い歯が、月光によって照らされる。
哀れに折れたポストに、蔑みを含めた目が向けられる。
「チッ」
つまらなそうに舌打ちをしてから、少女はまた歩き出す。
先程まで遠くで鳴いていた鴉が、目の前に突き刺さっている信号で羽を休めている。
今だに信号は点滅していた。赤く点滅している信号の先を見渡す。
街から離れたところにある小高い丘の上に、たった一つだけ窓が開いている古びた家が建っている。
それを視界に入れると、少女の目が鋭くなる。飢えに飢えた獣が、弱りきっている獲物を見つけた時のように。
どうやら少女は、その家を目指しているようだ。
視線を丘の家から、目の前にそびえ立つ瓦礫の山へと変える。
瓦礫の山の頂上は、一枚の大きな鉄板が家のある丘に続いている。
たった一つの橋、
瓦礫の山は、大きな災害にあったであろう家屋が無造作に押し倒され、潰れて、重なって、そして約五十メートルほどの高さに形成されていた。
少女は、瓦礫の山を登り始める。
登るたびに瓦礫が崩れ落ち、足場がどんどん少なくなっていく。
更に鋭く尖った金属などが飛び出ており、少し触れただけで、肌に突き刺さったり、掠ったりする。
いつか瓦礫の山が崩れて、全身を空中に放り投げられて、全身が打ちつけられ、全く動けないほどボロボロになって、崩れ落ちてきた瓦礫に押し潰される。
そんな想像をする。あまりにも無様な最後。
自分が、その光景を見たら、笑ってしまうような最後。裂けるほど口角を上げ、歯を剥き出しにして、背を限界まで反り、最初で最後の嘲笑を高々と上げる。
獲物を狩りにきた者として、あまりにも愚かなことだ。
瓦礫の山を登り終える頃には、腕から血が少し流れていた。全身を見ると、足やお腹にも同じように血が出ていた。
「……痛い」
痛覚を感じたことにより、口角が少し上がる。頬が赤くなる。
少女にとって、痛覚は快感。あまりにも危険な劇薬。
落とすように鞄を下ろし、消毒スプレーと絆創膏を取り出す。消毒スプレーを傷口に噴き付け、絆創膏を傷口に貼る。
「……」
ため息をつき、目の前で橋になっている鉄板を見る。
横幅二メートル、縦幅五メートルの鉄板が、無造作に掛けられていた。
揺れを起こすとイケナイから、重い鞄は瓦礫の山の頂上に置いていく。
下手すると鉄板が落ちてしまうかもしれないから、ゆっくりと歩き出す。
ギシギシ、と音を立てながら、鉄板の橋を渡る。
橋を渡り終え、更に小高い丘を登る。
丘を登り終えると、少女は手を膝につく。
流石に、瓦礫の山と小高い丘を続けて登るとなると、登った後の疲労感は山と大差はない。
「はぁ……はぁ……」
袖で顔にかいた汗を拭う。
少女は呼吸を整えて、家の敷地に入っていく。
ガンッ、と少女がドアを蹴っ飛ばして開ける。鞄の中からライトを取り出し、土足のままズカズカと入って、辺りをつまらなそうに見ながら、子供部屋とキッチンらしき場所に移動する。
実際つまらない物ばかりだった。溶けてくっついた玩具に燃えカス同然の老人の杖、溶けた調理器具などの物たち。
使える状態だとしても、調理器具だけが今のこの世界には必要。
「はぁ……」
そんなことを考えながら、少女はため息を吐き、また移動する。
廊下には、色んな物が散乱してた。雑誌に段ボール、膝くらいの高さの棚。
それらを踏み越えながら、歩を進める。
廊下をまっすぐ進んだドアを開けると、リビングに出た。
リビングには、人が三人ほど座れるソファがあり、前に設置されたテーブルには、一冊の本が置かれてあった。
手にとって確認してみると、灰色の古びた裏表紙。同様に表紙も古びており、角には茶色の革が貼られている。背は所々ほつれているが、金の糸で装飾されていた。
表紙に書かれている題名は、文字が掠れていて、よく読めない。
よく分からないが、この本は日記だと思う。
ボロボロの白色のカーテンが、風ではためく。
突然の風に髪がなびく。それを手で、どうにか抑える。
最初は、優しかった風も時間が過ぎていくにつれ、どんどん強くなる。
壁に立て掛けられている古びた時計の針が軋む音をたてながら、日付が変わったのを告げる。
ゴーンゴーン、と鐘の音が、薄灰色の満月が浮かぶ真夜中の荒廃した街中に鳴り響く。
不気味に暗く永遠に寝静まった街には、鐘の音に文句を言う者は、もういない。夜泣きする赤ん坊は、もういない。夜勤終わりに、家へ帰る者は、もういない。
ただ、窓の割れた家の並ぶ住宅街に、シャッターが全て閉められている商店街や飲食店が並べ建てられている。
それを遥か遠くから月が、太陽から分けて貰った明かりで照らすだけ。
あの日から変わることのない、いつも通りの光景が広がっているだけ。
「時間を知らせても意味はないわよ。この街には、私しかいないから」
少女は、悲しそうに呟いた。いつの間にか溢れていた涙を手で拭う。
その時、風が止んだと思ったら、バッと更に強烈な風が吹き付ける。
「っ……!」
風が強く吹いたことで、手に持っていた古びた本が開き、ページがめくられていく。
風によってめくられていくページは、どれも汚れや染みが付いている。
ページがめくれたのは、ほんの一瞬で、風が止むのと同時に、とある写真が飾られているページに止まる。
そこには、幼い少女、古びた少女型機械人形、椅子に座って眠る老人、黒く棘々しいコートを羽織り深く帽子を被った男、
その写真の隣に、こう綴られていた。
これは、そのモノたちの生と死の物語。
その一文を見るに、これは日記ではなく記録資料と言ったほうが、正しいだろう。
もう一文、掠れているが、どうにか読んでみると。
今から、全ての物語の始まりを共に見届けようじゃないか。
まるで、誰かが私のことを監視しているような、ゾクゾクとした感覚がする。
その時、写真の前にもう一ページあるのに気づく。
全ての物語の始まりーーその言葉を見てから少女の手は、本のページをめくることを止めなかった。
ここから先は、後戻りは出来ない。十分な覚悟を持って、過去に向き合い、繰り返される悲劇を見届けるがいい。
この本の最初に綴られた文章は、不思議と掠れてはいなかった。奇妙に思いながら、少女は本のページをまためくる。
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