第30話 予報は雨
彩夏の招集から五日が経った、二十六日。
昼時。
今週はやはり誰かから狙われ続け、寝る間さえ与えてはくれない。
そんな状況下になったので、心配性の今日間は今日屋敷に来ている。
特別やることはない。
彼と駄弁ったりして刻々と時間が過ぎていき、殺気に神経を注いでいるだけだ。
リビングは改修しなければ、現在はかなり荒れている。が、屋敷は広いため違う部屋で過ごしていた。庭が見える部屋、ソファーで寛ぎながら。
「はぁ。僕は何でこんなに弱いんだろうか」
唐突に今日間が自身の非力さを恨むような声で言った。
決して彼が弱いわけではないけれど、普段から私の傍にいるためそう思うのだろう。
「卑下するんじゃなくて、今自分の力でできることを考える方が得策よ」
「結にしてはえらく正論を言ってきたね」
「私はいつだって正論を言っているつもり。それを曲げてくるのがあなたってわけ」
「そうかなぁ」
正論を曲げている自覚はないようだ。
尤も、私の言葉が全て正論だと慢心はしていないが。
「襲われて犯人の目星着いた?」
「いいえ。ただ、狙われている方向の空間に違和感がある。不思議な陽炎が揺らめいているような感じ。たとえよ」
うーんと悩む今日間だが、これだけの情報では何が何だかわからないようだった。
「話し戻すけれど、本当に強い人は心が強い。キョーマみたいに」
「僕が? 僕の心なんて結や兄さんに比べれば脆いものだよ。彩夏さんにも負けそうだ」
彼ほどの心根が強く優しく生きている人間はそういない。
今日間は苦笑しながら言った。
何を伝えたいのか、私はよくわからなくなったので口を噤む。
「でも、結は確かに心が弱いのかもしれないね。だから、僕はほっとけないや」
「私は弱いつもりはないわ。心が強くないと、とっくに折れてる」
「それもそっか」
気怠く私が言うと、彼は無表情の声音で返した。
「キョーマ。今夜は予定があるから、夕食は自分の家で食べてちょうだい。ついて来ることも絶対にダメよ」
「…………」
黙り込まれた。
私の今夜の行動を理解したように、首肯はしてこない。特に表情に変化は見られず、気まずい空気の中で彼が口を開いた。
「結は他人を傷つけることは嫌いだよね」
「…………」
今度は私が無音の空間を作る。
これは彼なりの願いであり、忠告でもある。
今夜、私は犯人を捕らえる。が、殺人欲求が強くなれば、何をするかわからない。歯止めが利かなくなるかもしれないが、故に彼には来てほしくなかった。
人を傷つけないでほしいという願いと、傷つけてはならないという忠告。
その約束を守ることは、絶対に可能ではない。
私の枷はそれほど甘いものではない。
彼なりにそれは理解していると思うけれど、やはり平夜結には善の道を歩んでほしいらしい。とっくに、私は諦めているのだが。
居心地が悪くなり、私は携帯を取り出す。
何をするわけでもない。むずがゆくなった心を落ち着かせるため、適当に現実逃避するだけだ。
「ねぇ結。今夜、僕も――」
「今夜は雨の予報、か」
遮って、私は小声で言った。
諦めがついたのか、今日間はそれ以上の言及はしてこない。
否、彼が簡単に私の事で諦めるはずもなかった。きっと、死ぬ覚悟で私の後を追ってくるだろう。気配を殺せば、彼一人くらいからは逃れられる。けれど。
惨めなほどにその自信は、平夜結の中になかった。
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