影の追憶（AI使用）

第1話

深い霧に包まれた山道を、一台の車がゆっくりと進んでいた。ヘッドライトが霧を切り裂くように光を放っているが、その先はほとんど見えない。運転席には一人の男性が座っていた。城田光、38歳。彼の表情は硬く、目は真っ直ぐ前を見つめている。

「もうすぐだ」

光は小さくつぶやいた。カーナビの画面には「影村まであと5km」と表示されている。5年ぶりの帰郷。しかし、彼の心に喜びはなかった。代わりに重い義務感と不安が胸を締め付けていた。

霧の向こうに、ぼんやりと街灯の明かりが見え始めた。影村の入り口だ。光は深呼吸をして、車のスピードを落とした。道路脇には「影村へようこそ」と書かれた看板が立っている。しかし、その文字はかすれ、朽ちかけていた。まるで、この村を訪れる者への警告のようだった。

車を村の中心部へと進めていくと、静寂が光を包み込んだ。街灯の光は弱く、建物の影が不気味に伸びている。時計は午後9時を指していたが、通りには人影一つ見えない。まるで、村全体が眠りについているかのようだった。

光は車を小さな旅館の前に停めた。エンジンを切ると、周囲の静けさがより際立った。彼は車から降り、旅館の入り口に向かった。ドアを開けると、小さな鈴の音が鳴り、中にいた老婆が顔を上げた。

「いらっしゃいませ」老婆の声は、か細くも温かみがあった。

「お世話になります」光は軽く頭を下げた。「一泊お願いします」

老婆は光をじっと見つめた。その目には、何か言いたげな様子が窺えた。

「あなた...城田さんのお坊ちゃんですね」

光は少し驚いた表情を見せた。「はい、そうです。覚えていてくださったんですね」

老婆は小さく笑った。「この村では、みんな顔見知りですからね。それに...」老婆は言葉を途切れさせた。

「それに？」光は老婆の言葉を促した。

「いいえ、なんでもありません」老婆は首を振った。「お部屋にご案内しますね」

光は老婆の後に続いて階段を上がった。2階の一番奥の部屋だった。老婆が鍵を開け、光を中に招き入れた。

「お休みになる前に、お茶をお持ちしますね」老婆はそう言って部屋を出て行った。

光は荷物を置き、窓際に歩み寄った。カーテンを開けると、月明かりに照らされた村の景色が広がっていた。遠くに、丘の上にそびえ立つ大きな屋敷が見える。影の館だ。

光の瞳に、悲しみの色が浮かんだ。5年前、妹の美咲がその館の近くで亡くなっているのが発見された。警察は事故死と結論付けたが、光にはどうしても納得できなかった。

ノックの音が聞こえ、老婆が茶托を持って入ってきた。

「お茶をお持ちしました」老婆は丁寧にお茶を置いた。

「ありがとうございます」光は老婆に向き直った。「すみません、一つ聞いてもいいですか？」

老婆は光を見つめ、頷いた。

「5年前に起きた、私の妹の事故のことを覚えていますか？」

老婆の表情が一瞬曇った。「ええ...覚えていますとも。あの時は村中が騒然としました」

「あれは本当に事故だったんでしょうか？」光は真剣な眼差しで老婆を見た。

老婆は少し躊躇した後、低い声で言った。「警察がそう言うなら、そうなんでしょう」

「でも、村の人たちはどう思っているんですか？」

老婆は深いため息をついた。「城田さん、私たちは過去のことをあまり掘り返したくないんです。この村には...言いようのない闇があるんです」

光は眉をひそめた。「どういう意味ですか？」

「影の館には近づかない方がいい」老婆は真剣な表情で言った。「あの館には、昔から不吉な噂が絶えないんです」

「どんな噂ですか？」

老婆は周囲を見回すようにして、さらに声を落とした。「あの館に入った人間は、二度と戻ってこないって噂です。あなたのお妹さんも...」

老婆の言葉は途切れた。光は胸の中で何かが凍りつくのを感じた。

「私の妹も...何ですか？」

老婆は首を振った。「もう、こんな話はやめましょう。お休みなさい、城田さん」

そう言って老婆は慌てるように部屋を出て行った。光は窓際に戻り、再び影の館を見つめた。月明かりに照らされた館は、まるで光を呑み込もうとしているかのように見えた。

光は深いため息をついた。この村に来たのは正解だったのか。答えを見つけられるのか。そんな疑問が頭をよぎる。しかし、もう引き返すことはできない。妹の真実を知るため、光は全てを賭けていた。

翌朝、光は早くに目を覚ました。窓の外を見ると、霧が濃く立ち込めていた。時計は午前6時を指している。光は顔を洗い、服を着替えた。今日から本格的な調査を始める予定だった。

階下に降りると、老婆が既に起きていて朝食の準備をしていた。

「おはようございます」光が声をかけると、老婆は少し驚いたように振り返った。

「あら、もう起きていたんですね。朝が早いのね」

「はい、仕事柄早起きが習慣になっています」

老婆は光に朝食を出した。味噌汁と焼き魚、ご飯という質素だが心のこもった食事だった。

「いただきます」光は箸を取った。

食事をしながら、光は老婆に尋ねた。「この村に詳しい方を紹介してもらえませんか？村の歴史や、最近の出来事について聞きたいんです」

老婆は少し考え込んだ後、答えた。「そうですね...村長の田中さんなら、色々なことを知っているでしょう。役場に行けば会えると思います」

「ありがとうございます」光は頷いた。「それと...影の館について詳しい人はいますか？」

老婆の表情が曇った。「あの館のことは、みんな話したがらないんです。でも...」老婆は少し躊躇した後、続けた。「森田という老人がいます。彼なら何か知っているかもしれません」

「森田さん...ですか」光は名前を繰り返した。「どこにいるんですか？」

「村はずれの小屋に一人で住んでいます。でも、あまり人と会いたがらない人なんです」老婆は警告するように言った。

光は朝食を終え、準備を整えた。外に出ると、霧はまだ晴れていなかった。周囲の景色がぼんやりとしか見えない。光は深呼吸をして、役場へと向かった。

役場は村の中心部にある古い木造の建物だった。光が入ると、受付の女性が顔を上げた。

「おはようございます。どのようなご用件でしょうか？」

「村長の田中さんにお会いしたいのですが」

「申し訳ありません。村長は今、出張中で...」

その時、奥の部屋からドアが開き、中年の男性が出てきた。

「誰かな？」男性は光を見た。

「あ、村長。戻られていたんですね」受付の女性は少し驚いたように言った。

村長は光に近づいてきた。「私が田中です。あなたは...」

「城田光と申します」光は自己紹介した。「警察官をしています。実は5年前に起きた妹の事故について、いくつか伺いたいことがあって」

田中村長の表情が一瞬こわばった。「城田さん...そうか、あの時の」彼は深いため息をついた。「私の部屋で話しましょう」

二人は村長の執務室に入った。窓からは霧に包まれた村の風景が見える。田中村長は光に椅子を勧め、自身も机の向こう側に座った。

「で、どんなことを知りたいんですか？」村長は真剣な表情で尋ねた。

光は一呼吸置いてから話し始めた。「5年前の事故の詳細を教えてください。警察の報告書には書かれていない、村の人たちが知っていることがあれば」

村長は眉をひそめた。「警察の調査結果に疑問があるんですか？」

「はい」光は率直に答えた。「妹は決して不注意な子ではありませんでした。あの崖から転落するなんて...どうしても納得がいかないんです」

村長は机の上で指を組んだ。「確かに、不自然な点はありました。でも、証拠がない以上...」

「どんな不自然な点ですか？」光は身を乗り出した。

村長は少し躊躇した後、口を開いた。「遺体が発見された場所です。確かに崖下でしたが、普通に歩いていて転落するような場所ではなかった。それに...」

「それに？」

「遺体の周りに、奇妙な模様が描かれていたんです。土の上に」

光の目が大きく開いた。「模様？警察の報告書にはそんなこと書かれていませんでした」

村長は小さく頷いた。「警察も不可解に思ったようですが、結局のところ自然にできたものだと結論付けました。でも...」

「村長さんはそう思わない？」

「正直、よくわかりません」村長は疲れたように言った。「この村には、科学では説明のつかないことがたくさんあるんです」

光は村長の言葉を咀嚼した。「影の館のことについても教えてください」

村長の表情が一層深刻になった。「あの館か...」彼は窓の外を見やった。「昔から不吉な噂のある場所です。失踪事件や不可解な死亡事件が何度も起きている」

「具体的にはどんな？」

「20年ほど前、若い夫婦が館を訪れた後、姿を消しました。捜索が行われましたが、二人の痕跡は見つかりませんでした。その10年後には、地元の高校生が肝試しで館に入ったまま出てこなかった。見つかったのは制服の切れ端だけでした」

光は息を呑んだ。「警察は何も...」

村長は首を横に振った。「証拠不十分で、捜査は進みませんでした。それ以来、村人たちはあの館に近づかないようにしています」

「でも、妹は...」

「ええ」村長は悲しげに頷いた。「あの子は、館の近くで見つかった。だからこそ、村人たちは...」

村長の言葉は途切れた。光は胸の中で何かが熱くなるのを感じた。怒りか、悲しみか、それとも恐怖か。

「村長さん、もう一つ聞かせてください」光は真剣な眼差しで村長を見た。「森田という方のことを聞きました。影の館について詳しいと」

村長の表情が変わった。「森田のことを知っているのか」彼は少し警戒するように言った。「確かに、彼は昔から館のことを研究している。でも...」

「でも？」

「彼の言うことを、誰も真に受けていないんだ」村長は小さく首を振った。「森田は...少し変わった人物なんだ。幽霊や呪いの話ばかりしている」

光は黙って村長の言葉を聞いていた。確かに、非科学的な話を信じるわけにはいかない。しかし、この不可解な事件の真相を知るには、あらゆる可能性を探る必要がある。

「森田さんに会いに行ってみます」光は決意を込めて言った。

村長は深いため息をついた。「止めはしませんが、くれぐれも気をつけてください。森田は...昔とは違う人間になってしまったんです」

光は村長に礼を言って役場を後にした。外に出ると、霧はやや薄くなっていたが、まだ村全体を覆っていた。光は地図を確認しながら、森田の住む小屋へと向かった。

村はずれに近づくにつれ、人家は少なくなり、代わりに鬱蒼とした森が迫ってきた。道は細くなり、やがて獣道のようになった。光は慎重に歩を進めた。

30分ほど歩いたところで、小さな木造の小屋が見えてきた。周囲には雑草が生い茂り、手入れされた形跡がない。光は小屋の前で立ち止まり、深呼吸をした。

ノックの音が、静寂を破った。

しばらくして、中から物音が聞こえ、ギシギシと軋む音とともにドアが開いた。そこには、白髪の老人が立っていた。やせ細った体に、昔の作業着のようなものを着ている。その目は、光を見るなり大きく見開かれた。

「あんた...」老人の声は掠れていた。「城田の...」

光は少し驚いた。「私をご存じなんですか？」

老人は首を横に振った。「いや、お前の父親によく似ている。昔よく会った男だ」

「森田さんですね」光は自己紹介した。「城田光といいます。警察官をしています。少しお話を...」

「警察か」森田は警戒するように光を見た。「お前も、私を狂人扱いしに来たのか？」

「いいえ」光は真剣な表情で言った。「真実を知りたいんです。5年前に起きた妹の事故のこと、そして影の館について」

森田の表情が変わった。彼は周囲を見回すように

して、小さな声で言った。「中に入れ。ここでは話せん」

光は森田の後に続いて小屋に入った。中は薄暗く、本や古い新聞が山積みになっていた。壁には不可解な図や文字が書かれた紙が貼られている。

森田は光に椅子を勧め、自身も向かい合って座った。

「お前の妹の事故か...」森田は深いため息をついた。「あれは事故じゃない。殺されたんだ」

光の心臓が高鳴った。「どういうことですか？」

「影の館には、古くから伝わる秘密の儀式がある」森田は低い声で話し始めた。「その儀式には...生贄が必要なんだ」

光は息を呑んだ。「生贄？そんな...」

「信じられんだろう」森田は苦笑した。「でも、この村で起きた数々の失踪事件や不可解な死。全ては館の儀式と関係している」

「証拠はあるんですか？」光は冷静を装って尋ねた。

森田は立ち上がり、棚から古ぼけた本を取り出した。「これは、私の祖父が残した日記だ。彼も館の秘密を追っていた」

光は本を受け取り、ページをめくった。そこには、奇妙な図形や呪文のような文字が記されている。

「これは...」

「儀式の詳細だ」森田は頷いた。「生贄は、特定の日に特定の場所で捧げられる。そして、その血で地面に模様を描くんだ」

光は、村長の言葉を思い出した。妹の遺体の周りに奇妙な模様が...

「誰が、こんなことを...」光は怒りを抑えきれずに言った。

森田は悲しげに首を振った。「村の古い家系の人間たちだ。彼らは代々、館の秘密を守り、儀式を続けてきた」

「警察に言わなかったんですか？」

「言ったさ」森田は苦々しく言った。「でも誰も信じない。証拠がないからな。それに...」

「それに？」

「村の有力者たちが、うまいこと揉み消してしまうんだ」

光は考え込んだ。確かに、非現実的な話だ。しかし、これまでの不可解な出来事を説明できる唯一の仮説かもしれない。

「森田さん」光は真剣な眼差しで老人を見た。「私に協力してもらえませんか？この事件の真相を暴きたい」

森田は少し驚いたように光を見た。「お前...本当に信じるのか？」

「わかりません」光は正直に答えた。「でも、妹のために真実を知りたい。そのためなら、どんな可能性も追求します」

森田は長い間黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。「わかった。協力しよう」

その時、突然外から物音が聞こえた。二人は顔を見合わせ、光が立ち上がって窓の外を覗いた。

「誰かいますか？」光は声をかけたが、返事はない。

「まずい」森田の声が震えていた。「見つかったかもしれん」

「誰に？」

「村の連中だ」森田は慌てて本を隠し始めた。「お前、早く帰れ。ここにいるのは危険だ」

光は混乱した。「でも...」

「いいから行け！」森田は強い口調で言った。「また連絡する。それまでは誰にも会った事を言うな」

光は渋々小屋を後にした。外に出ると、確かに誰かが逃げていく気配がした。彼は急いで村の中心部へと戻った。

旅館に戻ると、老婆が心配そうな顔で光を迎えた。

「どこに行っていたの？」老婆の声には焦りが混じっていた。

「少し村を歩いていました」光は曖昧に答えた。

老婆は光をじっと見た。「気をつけて。この村には、よそ者を快く思わない人たちもいるの」

光は老婆の言葉に違和感を覚えた。「何か...あったんですか？」

老婆は首を横に振った。「ただの忠告よ。お部屋で休んでいた方がいいわ」

光は自室に戻った。窓から見える影の館を見つめながら、今日の出来事を整理した。森田の話、村長の態度、そして今の老婆の様子。全てが、何か大きな秘密を指し示しているようだった。

夜が更けていく。光は眠れずにいた。頭の中では、妹の笑顔と悲鳴が交錯している。彼は決意した。どんな危険があろうと、真相を突き止めなければならない。

翌朝、光は早くに目覚めた。昨日よりも霧が濃くなっている。彼は朝食も取らずに外に出た。目的地は一つ、影の館だ。

霧の中を歩いていくと、周囲の景色が少しずつ変わっていった。家々が少なくなり、代わりに鬱蒼とした木々が迫ってくる。そして、ついに館が姿を現した。

朽ちかけた大きな門。苔むした石壁。割れた窓ガラス。全てが、この館の長い歴史と秘密を物語っているようだった。

光は深呼吸をして、門に手をかけた。その瞬間、背後から声がした。

「そこまでだ」

振り返ると、数人の村人たちが立っていた。その中に、村長の姿もあった。

「城田君」村長が一歩前に出た。「これ以上、余計な詮索はやめてくれ」

光は冷静を装って答えた。「村長さん、これは私の仕事です。妹の死の真相を...」

「お前の妹は事故で死んだんだ」村人の一人が怒鳴った。「いい加減、諦めろ」

光は動じなかった。「では、なぜ皆さんがここにいるんです？何か隠したいことでもあるんですか？」

村長の表情が曇った。「城田君、お前は何も分かっていない。この村には、守らなければならないものがあるんだ」

「守る？」光は怒りを抑えきれずに言った。「人々を殺して何を守るというんです？」

村人たちの間に動揺が走った。村長は深いため息をついた。

「分かった。お前に全てを話そう。だが、その前に...」

村長の言葉が途切れた瞬間、光の後ろから誰かが近づいてきた。振り返る間もなく、鈍い痛みが後頭部を襲った。

意識が遠のいていく中で、光は館の扉が開く音を聞いた。そして、誰かの冷たい笑い声が...

光が目を覚ましたとき、彼は薄暗い部屋の中にいた。頭痛がする。手足は椅子に縛り付けられている。周囲を見回すと、古びた家具や絵画が目に入った。ここが影の館の中だと悟るのに時間はかからなかった。

「目が覚めたか」

声がして、村長が姿を現した。その後ろには数人の村人たちが控えている。

「村長さん...」光は歯を食いしばった。「何をする気です？」

村長は深いため息をついた。「お前に真実を知ってもらう。そして...決断してもらう」

光は眉をひそめた。「どういう意味ですか？」

村長は古びた本を取り出した。森田が持っていたものと似ている。

「この村には、古くから伝わる秘密がある」村長は静かに語り始めた。「影の館は、この世とあの世の境界なんだ」

光は黙って聞いていた。

「かつて、この地に大きな災いが訪れた。疫病、飢饉、戦...多くの命が失われた。そのとき、先祖たちは"影"と契約を交わした」

「影...？」

「そう、人知を超えた存在だ」村長は続けた。「"影"は災いを押しとどめる力を持っている。だが、その代償として...」

「生贄を要求する」光は低い声で言った。

村長は頷いた。「そのとおりだ。定期的に生贄を捧げることで、村は守られてきた」

光は怒りに震えた。「そんな非道な...」

「非道？」村長の声が厳しくなった。「何百人もの命を守るために、数人の命を捧げる。それが非道なのか？」

「でも、それは...」

「選ばれし者の使命なんだ」村人の一人が口を開いた。「我々は代々、この重責を担ってきた」

光は絶句した。彼らの目には、狂信的とも言える決意が宿っている。

「そして今、お前にも選択をしてもらう」村長が言った。

「選択？」

「我々の仲間になるか、それとも...」村長の目が冷たく光った。

光は理解した。仲間になるか、生贄になるか。

「狂っている...」光は呟いた。「こんなこと、誰も許さない」

「誰も知らないさ」村人の一人が冷笑した。「今まで通りだ」

その時、突然の物音が響いた。全員が振り向くと、そこには森田の姿があった。

「森田！」村長が驚いた声を上げた。「お前、どうやって...」

「わしを甘く見るな」森田は杖を突きながら前に出た。「この館のことは誰よりも知っているつもりだ」

光は状況が掴めずにいた。森田は光の元に近づき、縄をほどき始めた。

「何をする！」村人たちが駆け寄ろうとした瞬間、森田が何かを取り出した。古びた護符のようだ。

「下がれ！」森田が叫んだ。「これは"影"を封じる力を持つ。先祖代々受け継いできた秘宝だ」

村人たちが躊躇する隙に、森田は光の縄を解いた。

「逃げるぞ！」

二人は村人たちを振り切って、館の奥へと走った。追手の声が背後で響く。

「どこに行くんです？」光は走りながら尋ねた。

「"影"がいる場所だ」森田は息を切らせながら答えた。「そこで全てを終わらせる」

彼らは古びた階段を駆け上がり、最上階へと辿り着いた。そこには一つの部屋があった。扉には不気味な彫刻が施されている。

「開けるぞ！」

森田が扉を開くと、中から異様な風が吹き出してきた。部屋の中央には、黒い靄のようなものが渦を巻いていた。

「あれが"影"か？」光は息を呑んだ。

森田は頷いた。「契約を解除する。これで村は...」

その時、後ろから村人たちが押し寄せてきた。

「やめろ！」村長が叫んだ。「村が滅びる！」

混乱の中、光は無意識に靄に手を伸ばした。途端、彼の意識が別の場所へと飛んだ。

そこは5年前、妹が亡くなった夜だった。

光は自分の体が動くのを感じた。いや、正確には妹の体だ。彼は妹の目を通して、あの夜を追体験していた。

妹は好奇心から館に忍び込んでいた。そして、この部屋を見つけた。扉を開けた瞬間、黒い靄が妹に襲いかかる。妹は悲鳴を上げながら逃げ出した。しかし、階段で足を滑らせ、転落する。

意識が現実に戻った。光は唖然としていた。

「妹は...事故だったのか」

森田が光の肩に手を置いた。「分かったか？"影"は意思を持っている。生贄を自ら選ぶこともある」

村長たちが部屋に押し入ってきた。しかし、全員が黒い靄を見て立ちすくんでいる。

「もういい」光は静かに言った。「これ以上、犠牲者を出してはいけない」

彼は森田から護符を受け取ると、靄に向かって歩み寄った。

「光！危険だ！」森田が叫んだ。

しかし、光は立ち止まらなかった。彼は護符を掲げ、靄の中心に突き刺した。

一瞬、世界が歪んだように感じた。そして、激しい風が吹き荒れ、靄が渦を巻き始めた。

「みんな、逃げろ！」光は叫んだ。

全員が必死に階段を駆け降りる。建物全体が軋み、崩れ始めていた。

何とか全員が外に脱出したとき、影の館は激しい音を立てて崩壊した。瓦礫の山と化した館を前に、全員が言葉を失った。

しばらくの沈黙の後、村長が光に歩み寄った。

「終わったのか...」

光は頷いた。「ええ、終わったんです。もう誰も犠牲にならなくて済む」

村人たちの表情が複雑に変化した。安堵、悲しみ、そして迷い。長年続いてきた因習から解放された喜びと、未知の未来への不安が入り混じっている。

「これからどうする？」森田が尋ねた。

光は深く息を吐いた。「真相を明らかにします。そして、これまでの被害者たちの名誉を回復する。それが、警察官としての、そして妹の兄としての務めです」

森田は静かに頷いた。「手伝おう。わしにも償わねばならないことがある」

陽が昇り始め、影村に新しい朝が訪れた。光は空を見上げた。もう二度と、愛する人を失うような悲劇は起こさない。そう心に誓った。

それから数ヶ月後、影村の事件は大きく報道された。多くの人々が驚き、そして哀しんだ。しかし、真実が明らかになったことで、長年の謎が解け、犠牲者たちの魂が少しでも安らかになれたのではないかと光は信じている。

村は大きく変わった。古い因習は廃れ、新しい世代が村の未来を担い始めた。光は時々村を訪れては、その変化を見守っている。

ある日、光は村はずれの小さな墓地を訪れた。そこには、妹の墓石があった。

「美咲」光は静かに語りかけた。「やっと、君の思いに応えられたよ。もう、誰も君のような思いをすることはない」

風が柔らかく吹き、桜の花びらが舞い落ちた。光は微笑んだ。

この村に、新しい物語が始まろうとしている。そして彼は、その物語の見守り人となるのだ。

光は、崩壊した影の館の残骸を前に立っていた。村人たち、そして森田も沈黙のうちにそこにいた。長年続いた因習の終わりを、皆が実感していた。

「これで終わったんだ」光はつぶやいた。

村長が彼に近づいてきた。「これからどうする気だ？」

光は深く息を吐いた。「真相を明らかにします。そして、これまでの犠牲者たちの名誉を回復する。それが私の務めです」

森田が頷いた。「協力しよう。私にも償わねばならないことがある」

その後の数ヶ月間、影村の事件は大きく報道された。多くの人々が驚き、悲しんだ。しかし、真実が明らかになったことで、長年の謎が解け、犠牲者たちの魂が少しでも安らかになれたのではないかと光は信じていた。

村は大きく変わった。古い因習は廃れ、新しい世代が村の未来を担い始めた。光は時々村を訪れては、その変化を見守っていた。

ある日、光は村はずれの小さな墓地で妹の墓石の前に立った。

「美咲」光は静かに語りかけた。「やっと、君の思いに応えられたよ。もう、誰も君のような思いをすることはない」

風が柔らかく吹き、桜の花びらが舞い落ちた。光は微笑んだ。

影村に新しい物語が始まろうとしていた。そして彼は、その物語の見守り人となる決意を胸に秘めた。過去の闇と向き合い、乗り越えた今、光は希望に満ちた未来を信じていた。

光は墓地を後にし、村の中心へと歩き始めた。道すがら、村人たちが彼に会釈を送る。かつての警戒心は消え、代わりに感謝と敬意の眼差しが向けられていた。

光は空を見上げた。青い空に白い雲。そして、どこからともなく聞こえてくる子供たちの笑い声。

「これが、本当の影村の姿なんだ」

光はそう思いながら、新たな一歩を踏み出した。