第23話 アラサー女子、料理を振る舞う その4
「は、はい。構いませんが……」
急に真面目な顔をしてみせたアラサー女子に戸惑いながらもヒナタが返事をした。
空気を読んだシルヴィアがカウンター側へ移動してから椅子に腰を下ろし、厨房から出てきたカリーナも相棒の左隣に座る。
落ちついたとこでアカネが話を切り出した。
「あれから大変だったでしょ。色々」
「……はい」
そう答えた際、彼女は反射的に視線をそらす。
「わたし、悪いことしちゃったかなぁって思っててさ」
「え?」
少女が声を上げた。
「あのとき、わたしがヒナタちゃんの配信を止めるように促しておけばさ。あそこまでの事態にならなかったんじゃないかってね」
申し訳無さそうに語るアカネ。深層でヒナタを助けたときのことを引きずっていた。
すかさず本人が否定する。
「そんな、店長さんはなにも悪くないですよ。悪いのは……わたしなんです――」
彼女は身の上話を始めた。
「私が『陽炎』に加入する前は三人とも仲が良かったんです。プライベートでも付き合いがあってダンジョンで野宿もして。
でも私が加入して、配信に出るようになってからタケルさんの態度がどんどん変わっていたんです。『遊びに行かない?』『ふたりで訓練してみない?』とかの誘いくらいならまだよかったんですけど、明美さんとの扱いが明確に変わってきて。
サブリーダーのタイシさんもおだててくれるのは嬉しいかったんですけど、そのぶん明美さんへの態度が冷たくなったように思えて。それで明美さんから嫌われるようになって。その中で起こったのがあの事故で……」
これまでの経緯を掻い摘んで話すだけで彼女の顔が曇っていった。
「そっか」
アカネがシルヴィアたちのほうを向いた。
「ふたりはどう思う?」
「そうね」
話を振られたエルフが口を開く。
「話を聞く限り、ヒナタさんは悪くないと思う。問題があるとしたら」
「――男性陣だろうな」
カリーナが言葉を継いだ。
「特にリーダーが問題だ。下心丸出しで年下の女に迫るとか、その時点でどうかと思うが。――さらに元からいる他の女と露骨に差をつけたんだろ? それじゃ、パーティが崩壊しても当然だ。
普通はそういうふうにならないよう、上に立つ者が配慮しなきゃならん。それを放り出して好き勝手やろうとするなんざ論外だ。アンタが気に病む必要はない」
半獣人の娘はそう言って口を閉じた。
「私も同意見よ」
シルヴィアがカリーナの意見に同意した。しかしヒナタ本人の顔は浮かない。
「以前、明美さんから『ちょっと男に愛想、振りまきすぎじゃないの?』って注意されたことがありました。たぶん、勘違いされたのかもしれません」
「ん? 愛想を振りまく?」
アカネが首を傾げた。ヒナタが補足を入れる。
「えっと。褒められたら『ありがとうございます』『次も頑張ります』『おふたりのほうがすごいですよ』とか笑いながら言うようにしてて」
「それで文句を言われたのね。他には、なにか言った?」
横からシルヴィアが尋ねる。
「『カッコいいですね』とか『参考にさせてもらいます』とか。その程度です」
「なるほど。それでリーダーが本気になっちゃったわけか。――ちなみにだけど、狙ってやっていたわけじゃないわよね?」
「狙っていません。私、配信を始めて小学校から仲良かった友達からも嫌われ、高校に入ってからも同じクラスの顔役みたいな人にも嫌われて、ずっと独りだったんです。だから明美さんから誘われたとき、次は嫌われないようにしようって思って……」
「そう。空回りしてしまったのね……。ごめんなさいね、嫌なこと聞いて」
「いえ。そんなことは……」
ヒナタはうつむいた。
「きっと配慮が足りないんだと思います。私、楽しいことがあるとすぐに浮かれちゃって。それがきっかけで顰蹙を買って、嫌われて……」
「そっか」
アカネが頷く。
「もっと上手に立ち回ればよかったんです。そうすればこんなことには……」
考えすぎだぞ。カリーナが声を出そうとした瞬間。
「確かにそうね」
「「え?」」
アカネが言葉を発すると、驚いたように店員たちが彼女をみやった。そこは励ますところだろう、と内心でツッコむ。しかし――。
「わたしもそうだったからよくわかる」
ヒナタの顔がスッと上がった。
視線が集中する中、アカネが言葉の真意を語る。
「わたしもね。小さいのころ、感情のままに喋っては行動して皆からよく呆れられていたの。それが元で友達から嫌われることもあって。仲の良かった娘に絶交を切り出されたとこは凹んだなぁ……。悪気はなかったんだけどね。相手の気持ちを慮るのって難しいよね?」
「そう、ですね……」
ヒナタは頷いた。
フリーダムすぎるアラサー女子の過去。今以上に自由人だったのは言うまでもない。
自分とは事情が違うにしろ。どこか共感できるところがあった。
「それでね。両親に聞いたことがあったの。『わたしが悪かったかな?』って。そしたら、ふたりはなんて言ってくれたと思う?」
「えっと……。ちょっと、わからないですね」
少女が答えると、アカネは一拍置いて正解を告げる。
「『運が悪かったんだよ。そういうときもある』って言って優しく慰めてくれたのよね」
他三人の表情がわずかに揺らいだ。
「だけど『このままじゃ、やだ』ってグズってたら、父さんがあれこれ考えてくれて。わたしに料理を作って持って行くことを提案してくれたのよ。初めて作った料理は、今みたい上手に作れなかったけど。その娘に渡したら笑顔を作って喜んで一緒に食べて、無事仲直りできたのよね。懐かしいなぁ」
はにかみながら過去に思いを馳せるアラサー女子。あの出来事があったからこそ今がある。彼女はそう信じている。
その話を聞いたヒナタがふいに昔を思い出して。
「……私もに優しい母がいました」
「そうなんだ」
「はい。女手ひとつで育ててくれて、いつも時間があるときは一緒に遊んでくれて。自慢の母親でした。でも――中学のときに亡くなりました」
「「「……」」」
アカネたち三人は、目の前の少女がその不幸をきっかけに心の支えを失ったのだと知った。
「母が亡くなる直前、約束したんです。心配はかけない、立派になるって。高校に上がって、心機一転のつもりで友達作りに励みました。
けど、ネットでリスナーを増やすようにはいきませんでした。クラスメイトに嫌われて。冒険者パーティも結局解散して、タケルさんのファンにも恨まれて――」
限界を越え、ヒナタの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「最初は配信も好きだったんです。だけど、期待に応えなきゃって頑張るたびに好きじゃなくなって、ただの作業になって。
冒険者だってあのひとに憧れて目指したのに、運動音痴だし。私、いつも見切り発車で理想ばかり見てて、その都度、現実に気づかされて――。ホント、バカなんだって――」
「それは違う」
彼女が自らを卑下したとき、アカネはかぶりを振って、
「運が悪かっただけよ」
と優しく微笑んだ。
「人生。なにをやっても裏目に出るときがある。だからさ。――自分を責めないでほしいな」
ひとつの下心もない。心から出た言葉だった。
続くようにヒナタの涙腺が決壊する。
「うぅぅうう――ひっぐっ……」
どんなバーチャル上の応援コメントや励ましのメッセージより、向かい合った人物から投げかけられる言葉ほど温かいものはない。
三人は彼女が泣き終わるまでそっと見守った。
やがて、落ちついたヒナタがアカネを見た。
「お……お見苦しいところを……お見せしました」
目をこすりながら謝罪する少女。
アカネがははっと微笑んだ。
「いいのよ。そういうときもあるって。そうよね?」
「そうね」「あぁ」
「ありがとうございます。あ――」
そのとき、ふと友人に訊かれたことを思い出した。
「あの、店長さん」
「ん? どうかした?」
「不躾な質問なのですが。その、店長さんはあの『レッドフェザー』なんですか?」
「……気になる?」
「はい。わたし、あのひとに憧れて冒険者を目指したので」
「へー。そうなんだ」
真剣な表情で尋ねてくる少女。アラサー女子がふたりに目配せする。
シルヴィアらはこくんと首を振った。好きにしろ、ということだろう。
一拍置いてアカネが言う。
「ええ。わたしがレッドフェザー本人よ」
「やっぱり……」
ヒナタも魔族出現時をSNSで確認後、すぐ配信を観た。
危機的状況に陥った前髪たちの前に現れたドレス姿のアカネに既視感を覚えてから、今までずっと引っかかっていた。
本人の口から正体が明かされたことで疑問が氷解する。
彼女はくすっと笑った。
「店長さんに助けてもらったのは二回目ですね」
「え? 二回目?」
「はい。以前、母が教えてくれました。『十二年前の事件で怪物に殺されそうになったアナタを紅いドレスを着た娘が助けてくれたのよ』って。あのときは私、怖くてずっと泣いていたみたいで。その……ご迷惑、でしたよね?」
そのワードを耳に入れた瞬間、アカネの中で泣きじゃくる幼女の姿がフラッシュバックした。よくよく見ればどことなく面影がある。
アカネは口を大きく開けて尋ねた。
「ってことは――アナタがあのときの幼女⁉」
「はい。あのときもお世話になりました」
この娘こそアカネが救った幼女の成長した姿だった。
咄嗟にアカネが彼女の手をグッと握った。
「あ、あ、あの娘がこんなに可愛くなってたなんて!!」
自分を怖がって、逃げるように去っていった娘をもう一度助け、感謝される。
しかも彼女は美少女となって自分の前に現れてくれた。さらに自分の作った料理を食べて喜んでくれたときた。
これはまさに――。
「運命――これは運命よ!!」
「へ?」
目を点にするヒナタ。
「いやー、あのとき頑張ってホントよかったァァァ!! お姉さん嬉しいぞォォオオ!!」
「ヒェッ⁉」
狂気的なまでの喜びを見せるアラサー女子。
今の今まで店内を包んでいたしっとりした空気が一変し、コミカルな雰囲気に取って変わられようとしていた。
呆れたシルヴィアが席を立ち、浮かれるアカネの肩を掴む。
「アカネちゃん、落ちついて。ヒナタちゃんが驚いてるでしょ」
「えー、だってェェエエ! あんな小さかった娘がこんなに大きくなってわたしの下にやってきたのよ? はしゃがないほうがどうかしてるわよ⁉」
「いやいや、空気ってもんがあんだろ⁉」
カリーナも参戦して、もう一方の肩を掴む。
「そうよ。嫌われるわよ?」
「うぐぅぅ――わかったわよぉ……」
両者から説得を受けて、アカネは渋々両手を離す。
しかし、諦めきれないようで。
「ヒナタちゃん、大好き(*´∀`*)」
と口にした。
「ふぇえ⁉」
顔を真っ赤にする少女。
勘違いされる前にシルヴィアが補足を入れる。
「ヒナタさん、このひとの『好き』って言葉はね『可愛い』の延長線上みたいなものだから。本気にしちゃダメよ?」
「あぁ。そうなんですか。わかりました」
どこか納得したように頷くヒナタ。
焦ったアラサー女子がエルフに抗議する。
「ちょ、ちょっとォオオ。そんなことを言わないでよー」
「事実だろ? オレらにもしょっちゅう『大好き』とか『愛してる』とか言ってるしよ」
「それは、そうだけどー(;´∀`)」
図星なのでなにも言い返せずに言い淀むアカネ。その姿に威厳など微塵も感じない。絶対的強さを持つレッドフェザーが年下と思わしき娘たちにいじられている。
画面で観た姿との落差を目の当たりにし、少女は次第におかしさを覚え、
「あははッ」
小さく笑った。
それから四人は打ち解け、夕方まで他愛もない雑談で時間を潰した。
帰宅の意思を告げたヒナタを三人が青葉山ダンジョンのロビーまで送り届ける。
別れ際、ヒナタが年相応の笑顔を作った。
「本当にありがとうございました。またお邪魔します!」
「いつでもいらっしゃい。歓迎するわ」
「はい!」
ヒナタは背を向けて、転送魔法陣エリアに向かって歩いて行った。
その背中を見送ったのち、三人は来た道を戻る。その途中、アガルタの売店での買い物を挟み、店舗に帰ってきた。
手を洗い終え、店の大窓を開け放つと巨大湖が夜の色を映していた。
「綺麗よね」
テーブルに座り、夜の景色を眺める。
この階層は他の深層と違い、頭上に無数の小さい星らしきものが浮かんでいる。太陽や月もないが、光が損なわれることはない。
ダンジョンの神秘を詰め込んだかのような空間だった。
「なに黄昏てんだよ」
カリーナが同じ席につく。
「ヒナタのことでも考えてたのか?」
「それもあるけど」
アカネが続けた。
「料理、作れてよかったなぁ。てさ」
「ふーん。そうか」
カリーナも外に目をやった。静寂が辺り一帯を支配している。
アカネは水面を見るわけでも空を見上げるでもなく、ただ虚空を見つめていた。
やり切ったような満足感は当然として、その顔には他の感情も含まれているような気がした。
顔を向けず、カリーナが口を開く。
「今回の一件で、姉御がなんで料理にこだわってんのか、なんとなくわかったよ」
「え?」
いきなりの言葉にキョトンした表情をするアカネ。
カリーナが続ける。
「ただ力がつえーだけじゃ、さっきみたいな笑顔は作れねぇ」
暴力はどこまで行っても暴力でしかなく、体は守れてもその心までは救えない。
「だから姉御は料理を作ってる。それがほんの少しだけ――わかったような気がした」
そっと告げられ、アカネは目を見開いてから口角を上げる。
「カリーナ。アンタ、成長したわね」
「ハッ。この程度、成長なんて言わね―よ」
したり顔で言ってのける半獣人。まだまだ子供っぽさはあるが、今や頼れる仲間である。
「なーにふたりで楽しそうにやってるのよ」
手洗いを終えたシルヴィアが戻ってきた。
「これがなきゃ始まらないでしょ?」
そう言って、さっき売店で買ってきた酒をテーブルに置き、人数分のグラスを並べてから真ん中につまみの入った容器をセットする。
「当然、宴するわよね?」
フフッと笑いながら、シルヴィアがカリーナの隣に座った。
「もちろんでしょ」
酒の封を切り、皆のグラスに酒を注ぐ。ふたりがグラスのステムを握って次に備えた。
音頭を取るのはもちろんこの女しかいない。
「皆、今日はありがとう。おかげでヒナタちゃんをおもてなし出来たわ! でも、これからが本番よ! じゃんじゃんお客を呼んで、今以上に楽しくやっていきましょう。ということで――」
アカネがグラスを正面に掲げた。それに合わせてふたりもグラスを突き出す。
「「「カンパーイ!!」」」
カーン! 初来客を祝って宴が始まった。
見切り発射によって生じた問題を解決し、隠しエリア内に客を呼べる状態にまで持ってきた。
問題はまだまだあるが、皆で知恵を絞って乗り越えていこう。
酒を呷りながら三人は夜通し騒ぎ明かした。
こうして、EXダンジョン最下層の料理店「レッド・フェニックス」は本格始動を迎えていく。
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