最強アラサー女子、EXダンジョンの隠しエリアで美少女だけの料理店を始める〜配信中の美少女を救出して話題になるも、全くお客が来ないので物理で解決する!!

鳥居神主

第1章 注文のこない料理店

プロローグ 〜紅蓮にたゆたう〜

 悲劇はある日、突然とやってくる。


 天災を経験した人間なら誰しもがその意味を理解している。この日もそうだった。


「クソッ! どうしてこんな……」


 瓦礫が散乱する大道路の真ん中で武装した男が歯噛みした。


 周囲を見渡せば、子供連れの母親、買い物帰りの主婦、散歩中の老人、日中のデートを楽しんでいたカップル、ハーネスを装着したペット――少しまで元気に動いていたであろう者たちが事切れたように力尽きている。


 地震が起きたわけでも火災が発生したわけでも、ましてや隕石が落ちてきたわけでもない。この惨劇は、たった一体の生物によって引き起こされた。


「お迎え、ご苦労だ。地球の戦士よ」


 やけに耳障りかつ独特な声音が耳に届く。

 男が振り向いたその先。全身をゴツゴツした緑色の鱗で覆われた怪物の姿があった。体長は二メートル前後で背格好は人間そのもの。


 尻から黒い斑点模様の長い尻尾が垂れている。顔はまるで角の生えたカミツキガメのようで、明らかに地上の生命体とは異なっていた。


 男は驚愕の表情とともに怪物の種族名を呟く。


「レプテリアン……ッ」


 そう呼ばれた怪物はこちらへゆっくりと歩いてくる。顎をクイっと上げて鼻を鳴らす姿は、余裕を通り越して他者をバカにしているようにしか思えない。

 この惨劇の当事者であることは明白。ならば手加減は不要――。


「ハァアッ!!」


 男は雑念を取り払い、腰に拵えていた剣を抜き放ち、掛け声とともに斬りかかった。見事なまでの縦一文字。敵は避ける気配すらない。


「殺った!」


 勝利を確信する――しかし怪物は、落ち着き払った様子で剣の軌道に合わせてスッと腕を動かし、その切っ先を人差し指と中指の二本で挟んで止めた。


「遅いな。欠伸が出るかと思った」

「なっ⁉」


 急ぎ剣を左右に動かして、指から抜こうとするもビクともしない。体全体の力を使って踏ん張っても結果は同じ。次第に男の表情が青ざめていく。

 怪物がはっ、と息をはいた。


「どうした? それでは、いつまで経っても抜けないぞ」

「黙れッ! 怪物風情が!」


 左手を離し、刀身の脇からかざす。瞬く間に、手のひらから熱を帯びた火球が生成される。


「喰らえ、ファイアーボール!!」


 魔法名を詠んだ瞬間、火球が怪物の体に当たって炸裂――右腕がふわりと軽くなり、男は後ろに飛び退った。正面に白煙が漂う中、彼は己に次の行動を問う。

 一体自分はどうするべきなのだ。義務たる救助活動を打ち切って逃げるのか、それともあれと戦うのか。


 いや、悩むまでもない。わずかな逡巡の末、男は勇気の撤退を選び、背を向けようとした。

 ふいに視線が地面に落ちる。血溜まりができていた。さっきまで自分が立っていた場所だ。


 攻撃など受けていないはず。けれど違和感が拭えない。男は突き動かされたように腕を手のひらを開き眺めた。左腕に異常はない。

 よかった。安堵して視線を移し、右腕を確認する。すると、どういうことか肘から先が見当たらない。

 突然のことで男は茫然とした。そこへ言葉がねじ込まれる。


「ほぉら。忘れ物だぞ」


 ガチャンという金属音とともベチャ、と奇妙な音が耳に届く。恐る恐る目をやると、地面に自分の剣と右腕が転がっていた。

 突如シンクロしたかのように切断面の神経が激痛を発した。


「う、うわあああーーーー!!」


 あれが自らの腕だと悟った男は力の限り絶叫した。


「たかが、その程度で取り乱すとは。所詮は地球人か」


 煙の外に出た怪物はそのまま男のほうへ歩み寄っていく。

 戦意を失った男は右腕を抑えてその場で尻もちをつき、怯えながら怪物を見上げていた。


「いっ、命だけは――」

「残念ながら我々は、貴様らへの慈悲を持ち合わせていないのだ」


 懇願を遮って、怪物はその足で男の胸を躊躇なく踏み抜いた。肉と心臓が潰れ、背骨がバキバキと音を立てて砕けた。


「ガアアアアアアアアアアア!!!!」


 口から大量の血は吐き出しながら、必死にもがこうと四肢をバタバタ動かすも、巨象に踏まれた犬の如く身動きが取れず、激しく痙攣したのち力尽きる。

 血と涙が入り混じった体液が目から溢れ、頬を伝って地面に流れ落ちた。


 その様を眺めた怪物は、男の亡骸を雑に蹴り飛ばした。一直線に飛んでいったそれは、コンクリートの壁に叩きつけられて粉々に四散する。

 怪物は首をポキポキと鳴らして「つまらん」とこぼした。


「地球の戦士はこの程度なのか? これでは暇つぶしにもならんぞ」


 自身の手で生み出した瓦礫の上を歩きつつ怪物は新たな獲物を探しに行く。少々歩いたところで、今度は対衝撃用ジョッキを着た警官たち三名が現れた。

 彼らは装備した大型のアサルトライフルを構え、無警告のまま敵へ鉛玉の嵐を浴びせる。ところが、怪物の固い鱗はそのすべてを弾き、かすり傷ひとつ与えられない。


「くだらん」


 銃弾を受け続けながら目にも止まらぬ速さで相手との距離を詰め、怪物は筋肉質の腕を大きく振り、目の前にいた警官をジョッキごと真っ二つにした。

 同僚が殺られ、唖然とする警官ふたり。続くように怪物は右側にいた男の胸を串刺して投げ捨てる。


 偶然にも背後を取った生き残りの警官が、恐怖に怯えつつも負けじと銃身を合わせようと試みた。しかし、長く靭やかな尻尾の一閃により銃身を切断にされ、反撃の手段を失う。


 振り向いた怪物はそのまま警官の首を掴んで、グッと持ち上げた。苦悶の表情を浮かべる獲物を嘲笑しながら、その首を骨を粉砕――ボロ雑巾のように宙に放った。


「弱い。弱すぎる。もっと面白いヤツはいないのか?」


 そのように吐き捨てて周囲を見渡す。少しして瓦礫の上に乗っかっていた小石が音を立ててコロコロと転がり落ちる。

 怪物が視線を投げると、連なった瓦礫の端っこにまだ幼い女児の姿があった。


「……人間の子供か?」

「ひぐぅっ――」


 悲鳴を上げるも、幼女はどうしたらいいのかわからず、数歩後ずさった。本能に訴えかけるような恐怖感に駆り立てられ、逃げ出そうと彼女が後ろを振り返る。

 だが、数歩走ったところで怪物に回り込まれ、退路を絶たれてしまった。


「ふむ、どうしたものか」


 目をつけたものの、イマイチ使い道が浮かばず、腕組して唸る怪物。足を止めた幼女はカタカタと体を震わせて、相手の顔を見上げていた。


「ぅぅぅ……。ママ、怖いよぉ……グズッ」


 異形の怪物に睨まれて女児が泣き出してしまった。目尻を微かに動かし、怪物は不愉快そうに舌打ちする。


「うるさい生き物だな。どうやら教育が行き届いていないらしい。――そうだ、言いことを思いついたぞ。喜べ。貴様の命、この俺が有効活用してやろう」


 方針は決まった。このガキを捕まえて、公衆の面前で頭を潰し、体をバラバラに引き裂いてやろう。そうすれば、多少なりともマシな輩がやってくるかもしれない。

 ゲスびた笑みを浮かべつつ、怪物が女児に手を伸ばし、反射的に彼女がうずくまる。その手があと少しで届く、そう思われたときだった。


 怪物の背後で激しい爆発音が轟く。慌てて、後方を振り返ると、斜め左側に聳えて立っていた高層ビルの一角に風穴が空いていた。焦げついたような異臭が鼻につく。炎で溶かされたようだった。


 だが、そんなことは問題ではない。


「な、なんだ……? この膨大な魔力は――⁉」


 圧倒的暴力を持つ怪物でさえ、たじろがせるほどの膨大なエネルギーが足音を伴って近づいてくる。

 先ほど怪物が地球人相手にやったことを再現するかのように、ゆっくりと。


 そして、高熱で空気が揺らめく中、空いた風穴から十代中頃と思われる少女がふらりと現れた。

 ノースリーブが特徴的な真紅のロングドレスを纏い、純白のロングブーツでアスファルトをしっかりと捉える。燃えるように発光した茜色の長髪をはためかせ、緋色に染まりきった眼で怪物を睥睨する。

 それに合わせて彼女の周囲に羽根の形をした火の粉が舞った。


「アンタが、この一件の首謀者?」


 無感情な声が怪物の耳朶を打つ。ここにきて初めて怪物の顔に動揺が走った。なぜなら――。


「貴様は、まさかレッドフェザーッ⁉ 普段はあの国にいるはず――なぜ、ここのような場所に出てきた!!」


 問われた少女は正面を向きながら言った。


「そんなこと、わざわざ答える必要ある?」

「ッ……!」


 淡々と突きつけられる言葉。最初からこの少女に会話をする意思はない。衝突が不可避であると悟った怪物は開き直ったようにふん、と鼻を鳴らした。


「まぁいい――貴様を倒せば、俺の地位は揺るがない!」


 額に汗を滲ませつつ、怪物は少女に飛びかかった。高速を越える左拳が、少女の顔面めがけて放り込まれる。

 直撃すればコンクリートなど木っ端微塵、それどころか人間は上半から上が消し飛ぶだろう。

 インパクトの瞬間、少女の周りにあった瓦礫が一斉に吹き飛んだ。

 手応えアリ。あまり助走をつけらなかったが、ダメージは十分期待できる。そのはずだった――。


「き、効いてないだとッ⁉」


 攻撃が、拳と顔の間に割り込んだ右手のひらに阻まれていた。


「……重い拳。こんなものを、ここの人たちに向けたの?」


 戦車の砲弾にも匹敵する一撃を片手で受け止め、少女は横たわる無数の亡骸が生前どのような苦しみを味わったのかを理解した。


 許せない――。


 双眸に激しい怒りが灯った。

 全身を駆け巡る悪寒に生命の危機を感じて、怪物が後ろへ下がろうと体を傾けた。それを追いかけるように少女が左上段回し蹴りを繰り出し、強烈な一撃を右頬に見舞う。


「グォォオオ!!」


 建物を突き破りながら数百メートル先まで弾き飛んでいった。バウンドして転がりながらも、怪物は四つん這いになる形でブレーキをかける。


「グゥウ!! なんと重い一撃か!! だが――やられたままでは終わらんぞ!!」


 正面を見据え、自らを鼓舞した怪物は、地面を踏み抜き、宙を跳ぶように駆ける。

 敵の魔力の流れから次の行動を察知した少女も迎え撃つように飛び出し、顔を突き合わせたふたりの拳が激突した。


「カァァアアア!!」


 その一撃は、空気を大きく揺らし、余波は周囲数十メートルの瓦礫と建物を跡形もなく吹き飛ばす。

 やや怪物側がのけぞるも決して退くはことなく、そこから激しい乱打戦が幕を開けた。


「シャシャシャァァアア!!」


 足を止め、体を前のめりにした状態で放たれる超高速の連打。

 機関砲を彷彿とさせながら少女の正面に弾幕を張り、彼女も応戦する形で拳のラッシュを突き出す。

 破裂音を伴いながら、両者の間に文字通りの火花が散っていく。

 ふたりはその場から前進も後退もせず、ひたすらに拳を打ち付け合う。


「シャァァアアアアアアアッ!!」


 けたたましい叫び声を上げながら手数を増やし、一時的に彼女を押し始める。

 怪物の口角が大きくつり上がった。対して少女は無表情のまま、怪物との撃ち合いを続行する。

 殴り合いは怪物が優勢に思われた。

 しかし、いくら人知を越えた存在とはいえ、生物である限り、過剰な無酸素運動を続ければ酸欠に見舞われる。


「……ゥ」


 先に音を上げたのは怪物のほうだった。わずかに攻撃速度が低下する。

 その隙を逃さず、少女が左手で相手の右腕をグイッと掴んで胸元から遠ざける。左脇腹ががら空きになった。

 すかさず連打の返礼と言わんばかりに彼女が鋭い左膝蹴りを叩き込む。


「ガアッ!!」


 肋骨が軋み、鈍痛が内蔵の奥まで届き、思わず声が漏れた。下半身が震えて踏ん張りがきかない。

 続くように少女は、戻した左脚で地面を踏み締め、半身の構えを取るとともに腰を落として右腕を引いた。

 慌てて怪物が左腕で妨害しようとするも、少女のほうが一歩速く、強烈な打撃を放つ。

 下からえぐるようなアッパーが怪物のみぞおちに吸い込まれ、ミサイル級の剛拳が腹部に着弾した。


「ブオォォォォオオッ――」


 ガス欠気味のところに埒外のストマックブローを受け、怪物が目をひん剥く。ボクシングならダウン待ったなし。レフリーストップもあり得るが、ここは戦場――審判など存在しない。

 痛みで体がくの字に折れ曲がる。そこへ追撃の右膝蹴り。再びみぞおちが強打される。


「ッツツツツツツツツ――!!」


 もはや声にならない。たまらず怪物が片膝をついた。それでも少女は殴るのを止めない!

 左肩の鱗に指を入れ、グッと持ち上げて顔を出させる。晒されたワニ顔をめがけ、右拳を振り上げた少女が、全身全霊のチョッピングライトを食らわせた。


「アガアアアアアアアア!!!!」


 ものすごい勢いで地面に叩きつけられた怪物は、斜めにワンバウンドする形で後方へとぶっ飛び、高層ビルを含む建物を数十件ほど破壊して瓦礫の中に埋もれた。辺り一帯に静寂が訪れる。

 一部始終を見届けて、緊張の糸が切れた幼女があうあう、と震え声を出した。それを感じ取った少女が振り向こうとしたときだった。前方から砂埃が噴出する。

 同時にその中から尻尾の生えた人影が真上に飛び上がった。


「舐めやがってェェェェェェェェ!!」


 怪物だ。

 顔を歪めて体中から大量の鮮血を巻き散らかしながらも力強く自身の両手をかざし、視線の先にいる少女を鬼のような形相で睨みつける。


「俺の本気、受けてみろ!! ――ヌゥゥゥン!!」


 もはや、後がないことを悟った怪物は最後の力を振り絞り、体内の全魔力を込めた。

 同時に彼の後方から巨大な魔法陣が浮かび上がった。紫色の稲妻が方陣から溢れ出し、バチバチとスパークを発生させる。


 少女の目尻が僅かに揺れ動く。


「……古代級魔法」


 魔法陣の大きさと大気の震え方からこの手の威力は計算できる。少なく見積もっても着弾地点から半径一キロは消し炭になるだろう。

 瞬時にそのような予測を立てた少女は、幼女を一瞥する。あの娘を連れて退避することは可能だ。

 しかしながら、ここは人口密集地。まだちらほらとひとの声が聞こえる。あれが放たれてしまえば、どのような形であれ犠牲者が出てしまう。


「クククッ、避けてもいいが、犠牲者が出るぞォォォ! アハハハァァ!!」

「……っ」


 事情を知ってか、怪物は民間人まで巻き添えにするつもりだ。もはや一刻の猶予も残されていない。

 少女は脚に力を込めて一気に跳躍――空中にて怪物との距離を詰める。


「空中で勝負をつけるか。だが遅い!!」


 追ってくる彼女を見下げながら怪物が詠唱する。


「古の幻夜を染め上げし、星を束ねる黒衣の大海、今、時を越えて光と闇の狭間より現世へと降臨し、暗愚なる者たちに『月神イルミナンナ』の威光を示せ――」


 口上を述べ終わり、魔力が装填され、魔法陣全体が痣のような黒紫色の光を放出し始めた。

 バリバリとけたたましく音を立てる様は、見るものすべてに多大なる危機感を与える。ここまでくれば名を唱えるだけ。

 狙いを定め、怪物が最後の鎖を解き放つ。


月の主は破滅を奏でるサロス・イル・デ・ファリス!」


 魔法陣から無数の轟雷が唸りを伴って放出された。

 古代に広がりし暗黒から降り注いだ稲妻は、その一本一本が竜巻の渦にも匹敵する巨大な柱であり、天に逆らう者を跡形もなく消し去ったとされる。

 膨大な魔力を消費するが、その破壊力は絶大。怪物が持つ最大の切り札だ。


 少女は険しい顔を作りつつも、頭上から迫りくる雷を睨み、両手を突き出した。


「ハッ、今さらなにができる!」


 詠唱が出来ないこのタイミングでは強力な魔法は使えまい。怪物は今度こそ勝ちを確信した。

 しかし少女は、ほんの少しだけ、


「アンタの力が、その程度でよかった」


 笑った。

 直後、少女は体内魔力を高速で循環させた状態で手のひらにギュッと圧縮する。

 凝縮の際、有り余った高純度の魔力が体外へと漏れ出し、数瞬だけ空間を歪ませた。


「そっちが月ならこっちは太陽――」


 無礼なトカゲ野郎に狙いを定め、少女が高らかに言い放つ。


「レッド・ブレイズ・キャノン!」


 力迸る手のひらから出現するは、射線上のすべてを薙ぎ払う獄炎の柱。極光と見間違うほどの輝きを放ち、幻夜の遺産と真っ向からぶつかり合う。


「ッ……!」


 衝突するエネルギーが奔流を生み、大気をそのものを乱す。


「グヌヌヌゥゥッ!」


 ほとんどの魔力をチャージに使って放った大技があんな短時間で撃たれた技と拮抗するなどありえない。

 現実を理解して怪物の顔から血の気が引いていく。


「クソガァァ!!」


 怪物にも意地がある。生命維持に必要な魔力までひり出し、攻撃に転用する。この戦いが終わったあと体がどうなるかわからなかった。

 それでもやるしかない。その甲斐あってか、二つの攻撃は膠着状態に落ち着く。


「グゥゥゥウウ!!」


 押し合いに勝つため、目を血走らせながら魔力を吐き出していく。少女はその姿を炎柱越しに観察し、


「もう終わりよ」


 魔力を強めた。すると火柱の太さが一気に膨れ上がり、暗黒の轟雷を押し返し始める。

 ジリジリと迫る紅蓮の極光。驚愕を通り越した未知の衝撃が怪物を襲った。


「な、なんなんだ、この力はァァア⁉⁉」


 混乱する怪物。少女は腹に力を入れ、ダメ一押しとばかりに魔力を追加する。


「ハァァァァア!!」


 初めて発せられる掛け声とともに紅い閃光が一段とその勢いを増し、雷の柱を叩き折って怪物を直撃。極太の炎がその体を焼却しにかかる。


「そ、そんなぁ、俺はこんなところで――ウガアアアアアアアア!!!!」


 紅蓮の業火に焼かれ、辞世の句を言い終わるよりも先に怪物がこの世から消滅した。それだけにとどまらず、獄炎は空を駆けて雲を貫き――かき消えるまで大地を照らし続けた。


 少女はそのまま落下し、地面のスレスレのところで手のひらから炎を噴射させて、何事もなく着地した。

 地面を踏みしめた彼女が空を見上げると、消滅した怪物の鱗が粉状になって地上に降り注いでいるのが目に止まる。


「ふぅ……」


 少女が一息ついた。


 それに連動するかのように髪の発光が収まり、髪の色が落ち着いた。同様に瞳の色もまったく異なる色に変わっていた。


 あの娘は? 瓦礫の山をキョロキョロ見渡すと、先ほどいた場所で幼女がうずくまっていた。

 少女は急いで駆け寄り、そっと声をかけた。


「その、大丈夫……だったかな?」

「ひぃっ……」


 声に気がついた幼女は彼女のほうを見上げると、恐怖から瞳に涙を溜めて泣き始めた。

 あの怪物を暴力でねじ伏せたのだ。無理もない。


「うわあああああん、怖いよぉぉ、ママぁぁぁ!!」

「あっ……」


 あの怪物を暴力でねじ伏せたのだ。恐怖を感じるなというのが無理な話だった。


「えっとっ。……ごめんね」


 泣きじゃくる幼女を見て、申し訳無さそうに少女が謝罪した。

 悲鳴を聞きつけ、遠くから警官たちの足音が耳に入ってくる。

 ちょうどよい頃合いだ。


「お姉ちゃん、もう行くから。大丈夫――大丈夫だからね、ねっ?」


 彼女は、幼女を刺激しないようゆっくりと後ろに下がってから踵を返し、この場を後にする。

 その背中には例えようのない寂しさが漂っていた。

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