第16話

 健ちゃんがお見舞いに来るようになって、幸はみるみる元気を取り戻した。 

 実際のところ高齢になっての骨折は寝たきりになりがちとも言われている。長引く入院で認知に問題が出てくることも心配されていたけれど、その気配は全く見られずドクターからもお褒めの言葉をもらったくらいだ。

「健ちゃんに逢えたのにボケてる場合じゃないからね。まだまだがんばるわよ」

 少しでも綺麗に見られたいと最低限のお手入れもするようになった。

 元々清潔感のある人だから入院中だからと言ってくたびれた感じもしなかったけれど、それよりも内面から満たされた感じが肌の艶を取り戻し、表情を生き生きとさせた。

 よく遊びに来る他の病室のお友達が「最近の幸さん変わったわね」とヒソヒソと話しているのも耳にした。

 健ちゃんは相変わらずフラリと現れては幸や千恵に甘いものを差し入れ、自慢の腕を披露した。

 そのうち幸の回復に伴ってリハビリが始まりだした。

 最初のうちはうまく立ち上がることさえできなかったけど、退院したら健ちゃんとデートをしてみたいという目標が出来たらしく負けていられないと奮起している。

「逞しいなあ」と健ちゃんは唸った。

「さすがさっちゃん。かなりの負けず嫌いだろ」

「そんなこと……あるかもしれないわね。なんていうか……悔しいって思っちゃう」

 健ちゃんに似合う女の人になりたいと必死に努力した過去の幸を思い出したのか、ふたりは顔を見合わせて笑いあった。

「確かにね」

「やだわ、健ちゃん何を思い出したの?」

「ううん。背伸びしていたさっちゃんも可愛かったなって。口を挟んだら怒られそうだから黙っていたけど」

「思っていたの? そんなことを?」

 頬を染める幸の愛らしい事ったら。千恵でさえ可愛いとデレデレしたくなってしまう。健ちゃんは尚更なんだろう、目元を緩め愛おしくてならないことを隠さない。


「最初お父さんを探しに来た時のさっちゃんはまだ子供だったからね。どこか不安げで頼りなくて苦労なんてしたことなさそうだったのに、突然綺麗な女性になって現れたからびっくりしたんだ」

 これだけの変化を見せる女の人ってすごいなって思ったそうだ。

 子供が大人になるためにいくつか乗り越えることがあって、幸にとっては健ちゃんに好かれたい一心が磨きをかけた。

 あの時は失恋してしまったけれど、自分を磨いた日々は無駄にはならなかった。

 家庭を持ってからもそれは必要な事だったし、自分を整えることは見る人のことも気持ちよくさせることだとわかったから。

 そういう幸のことを知るたびに千恵は自分をかえりみる。

 どうせわたしはちんちくりんだからと自分を卑下して努力することを放棄していた。何かしたところで何も変わらないだろうと。わたしなんかがという言葉は癖になっていつしか甘い蜜になっていた。自分が何もしないことから逃げるための。

 だけど幸と健ちゃんを見ていると胸がざわつく。

 わたしにも健ちゃんのように心を捧げる人が現れるのかもしれない。その時のために……ううん、わたしがわたしを好きになるためにがんばってみたい。

 幸のように。優しくて可愛くて強い人になりたい。

 そんな思いが胸に萌してくる。

 健ちゃんの存在は幸だけじゃなく千恵にも影響を与えていた。


 だからいつまでも続くようにと願う。

 幸が退院してからもずっと。健ちゃんと幸と、そして千恵も。一緒に過ごしていけますようにと。


 だけど運命って言うのはいつだって残酷なものなのだ。


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