第10話 夢?
かたりと物音がして幸の意識が浮上した。
小さな明かりが病室を照らしている。
健ちゃんとの思い出に浸っていた幸は一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。
あたりを見渡して、ここが自分の病室だとわかった瞬間がっかりした。夢でもいいから健ちゃんと一緒にいたかった。
小さな明かりが幸を照らす。夜間の巡回に来たらしい。幸が起きているのを認めた看護師さんが「あら」と小さな声を立てた。
「幸さん眠れなかった?」
「ええ、ちょっと考え事をしていたら」
「そう。今夜は月が明るいからまぶしかったのかしら」
病室の広い窓にかかっているカーテン越しにもわかるような月の明かり。そういえばあの人と最後に会った日も満月だった。泣きながら帰った道を丸くて大きな月が照らしていたのだった。
あれ以来満月が苦手になってしまった。
「こんな夜はいろんなことを考えちゃうわね」
ぼんやりと乳白色に輝くカーテンを見つめながら幸は目元を緩めた。
千恵は今日も公園のベンチにあの男の人が座っているのに気がついた。
まるで時の狭間からこぼれ落ちてしまったかのように、心あらず一人で座り続けている。まるでここにいるようでいないような風情。
ただじっと病棟を見上げ、物憂げな表情を浮かべている。
ふいに男の視線が動き真正面から視線が合った。
その瞬間その人は花がほころぶように柔らかな笑みを千恵へと向けた。それは深い慈しみに満ちた笑顔だった。
「やあ、さっちゃん」
誰かと間違えているのか、さっちゃん、と千恵を呼んだ。
「久しぶりだね」
愛おしさが隠せないというように目を細めた男の柔らかな笑みに千恵の胸は訳もなくざわつく。知らない人なのに知っているような。魂のどこかが強く引き寄せられる。
「わたしさっちゃんじゃありません」
言いながら鼓動が早くなっていく。下げられた目じりの優しさに甘えたくなる。だけど千恵は強く答えた。
「人違いです」
男は小さく息を吐くと、頷いた。
「そうか、人違いか。君があまりにもあの人に似ていたからつい間違えてしまった。ぼくも耄碌したなぁ……悪かったね」
「いえ、」
千恵は曖昧な笑みを浮かべながら踵を返した。背中に視線を感じていると意味もなく切なくなって今にも泣いてしまいそうだ。たまらなくなって走り出した。
息を切らしながら病室に入ると祖母は不思議そうに千恵を見つめた。そして不安げに呟く。
「健ちゃん?」
「え」
さっきのあの人に続き祖母まで千恵を違う名で呼んだ。祖母はまた知らない女の人の顔で千恵を、いや、その後ろにいる誰かをじっと探るように見た。
「千恵だよ」
怖くなって祖母の近くまで行くと腕を揺すった。
「わたしは千恵だよ、どうしたのおばあちゃん」
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