第3話

「今はこんなおばあちゃんだけど、わたしにも千恵ちゃんみたいに若い頃があったのよ」

 ベッドに体を預けながら祖母は遠い目を外へと向けた。

 薄いカーテンが閉められ外の景色が見えないだろうにずっと遠くを見るように目を細める。

「ね」と祖母はひそひそ話をするように声を潜めた。

「死ぬときにお迎えに来てくれる人って選べるのかしら?」

 いつものようにはしゃいだ表情はどこかに消え、ぼんやりとしながら祖母は呟いた。

「最後に会える人。最後にあの人の顔が見たい……それって叶うのかしらね?」

 それは知らない女の人のようで千恵は息をのんだ。心のどこかに隠された花園が思わずあふれ出たような風情に千恵は思わず声をあげた。

「なに、どうしたのおばあちゃん。死ぬとか縁起でもない」

 それに今回の入院は骨折だけのはずだ。

 命に係わる病気でもないのにどうしたというのだろう。まさかついでにいろんな検査をして悪いところが見つかったとか?

 慌てる千恵に祖母は小さく笑った。

「やだ、まだ死なないわよ。でも年を取ったなあって実感したの。こうやって入院して病院のベッドに横なっていたらなんだかね、いろんなことを思い出して」

「やめてよ。びっくりしたじゃない」

「ごめんごめん」

 謝る祖母の顔を見ていたら何故かまた公園の男の人を思い出した。全然知らない人なのに。千恵は落ち着かなくなって視線をさまよわせた。

 でも確かにそうだ。千恵が生まれた時から祖母は祖母だった。おばあちゃんと呼んでそれが当たり前で、幸さんって名前があるのも知っているけど口にすることはなくて。

 若い時があったなんて一度も考えたこともなかった。

「おばあちゃんってさ、」

 オズオズと口にすると祖母はチラリと視線だけを寄越した。

「最後に会いたい人がいるの? それっておじいちゃん?」

 祖父は千恵が小さいときに病気で亡くなっている。あまり顔も覚えていないけれど無口で怖い人だったイメージがある。怒られたわけじゃないのに近づけなくて、広い背中ばかり覚えている。

 祖母は柔らかく微笑むだけでそれには答えなかった。


「奥貫さ~ん、検温ですよ~」

 場をほぐすような明るい声で看護師さんがドアを開けた。ホッとしたように顔を向けると看護師さんもにこりと笑みを浮かべた。

「こんにちは、千恵ちゃん」

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