第2話
「それじゃあ、わたしたち戻るわね。また明日」
いつまでも遠慮がちにドアの前にいる千恵に気を使ってか、女性たちが暇を告げた。
こういう時に気を遣わせるのではなく、一緒に会話に入るとか、なにか話題を提供するとか、そんなこともできない自分が歯がゆくなる。もっと愛想を振りまくことが出来ればいいのにと思っても、千恵は何も言えず曖昧な笑顔もどきを作ることしかできない。
「じゃあまた明日ね」
そんな千恵を気にするでもなくバイバイと手を振りあう彼女たちは高校時代のクラスメイトを彷彿とさせた。仲良しでまた明日も一緒に楽しい時間を過ごせると信じている人たち独特の明るさ。千恵とは縁のなかったものから隠れるように目を伏せた。
「さ、千恵ちゃんいつまでそこに立っているの? こっちにきてお座りなさいな」
幸に手招きをされようやく千恵は一歩踏み出すことが出来た。
「あ、うん。これ洗濯物と果物と飲み物と。お母さんに頼まれて」
「あらあら。こんな重たいものを女の子に持たせて悪かったわね。ありがとう」
共働きで忙しい両親は面会時間に間に合わず、代わりに千恵が通っている。どうせ学校が終わってから何をするわけでもないので苦ではない。それに千恵は優しい祖母のことが好きだから、役に立てるなら嬉しい。
新しく出た汚れ物を袋にしまって、空いた場所に綺麗なパジャマ類をしまっていると窓からあの公園が見えた。
この部屋からの景色がちょうどあのベンチのある辺りだと気がついて手が止まる。
薄いカーテン越しに男がこちらを見ているような気がして恐る恐る視線を落とすと、そこにはもう誰もいなかった。思わず息が漏れる。
動きの止まった千恵に気づいた祖母が「どうしたの?」と心配そうな声をあげた。
「ううん。なんでもない。これ持って帰るね」
カーテンを隙間なく閉めながら再び手を動かした。
「他に何かある?」
「それで充分よ、何から何まで悪いわねえ」
祖母は器具に吊るされた脚をパンパンと叩いた。ギプスをつけグルグル巻きにされた包帯が痛々しい。
「まさか自分の家で転んで骨を折るなんて。わたしも年ねえ」
祖母は一人暮らしの自宅で階段を踏み外し、足の骨を折った。咄嗟に手すりにつかまり転落を防げたけれど、足首を複雑骨折してしまった。ちょうど回覧板を持ってきたご近所さんが救急車を呼んでくれて、手当てが早かったのが救いだった。
「自宅で骨折する人って多いらしいよ」
通学途中の電車で見かける週刊誌の見出しを思い浮かべながらベッドのそばのイスに腰を下ろした。
「そうよね、よく聞くけどまさか自分がそうなるとは思わなかったじゃない? もうショックだし恥ずかしいしダメね」
そう言うと祖母はポスンとベッドに身体を倒して息を吐いた。
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