第19話・ロスト

 エルザを含めたレン一行は冒険者ギルドで待ち合わせ、そのままレイドボス討伐へと向かった。

 その道中である……。


「ロストの血痕が……」


 レンは気づいた。そこでNPCがロストした形跡があるのだ。

 ウニーカ・レーテのNPCは新陳代謝をする。レイドボスに屠られるNPCがいたり、新しく冒険者になるNPCが居たりだ。その中で気に入ったNPCがロストしてしまう場合もある。


 本当に気に入ったNPCならしっかりと保護をしなければいけないのだ。

 だがレンはNPCの保護をできた試しがない。それは彼が次々とウニーカ・レーテの無限の難易度を駆け上がるからである。


 レンはその血痕に触れる。

 血痕にはそのNPCの記憶が含まれている。どう死んだのか、そして自分を殺した相手がどこへ向かったのかだ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「今日も今日とて亡霊騎士狩り……と。代わり映えしねぇな……」


 辛いのはその血痕が関わったことのあるNPCだった場合だ。そのNPCは長短二本の槍を携えていた。

 レンは理解した。このレイドボスの索敵はこうして血痕をたどっていくことだと。特に亡霊系のレイドボスの場合血痕から得られる情報は多い。


(ディルさん! ダメだ! それは……)


 その声は届かない。わかっていてもどうしても声を出したくなる。


「さてと……」


 ディルはその両手に持った槍で眼の前のレイドボスに斬り掛かってしまった。


「グ……」


 このレイドボスは一撃をいれるまでは基本的に非アクティブだ。だが、一撃をいれると起動して他の亡霊騎士と桁違いの強さを見せる。


「ん? 声?」


 普通の亡霊騎士と違うと気づいたときにはもう遅い。それは素早く、そして強いのだ。


「一閃!」


 レイドボスの白刃が閃く。それをディルは危機一髪、槍で受け止めた。


「ぐ……あぁ!? うっ……!」


 瞬間吹き飛ばされるディル。そう、このレイドボスはデタラメな膂力を持っている。


(逃げて!)


 もちろんレンの声は届かない。物理的な干渉も不可能だ。なにせ、今見ているのは幻なのだ。

 レイドボスはディルに一瞬で肉薄すると、次なる一撃を放った。


「雷槌!」


 上段からの雷をまとった一閃だ。ディルはそれも槍で受けるが、纏った雷に身を焼かれた。


「ぐわああああああああ!?」


 それは完全なる防御を不可能とする一閃だ。しかしディルはレベルが高い。レイドボスの一撃を耐えきるステータスを持っていた。


「んっくぉおおお!」


 半ば地面に寝そべって受けたその一撃をなんとか跳ね返し、そして転がり起きて回復薬を握りつぶす。

 ウニーカ・レーテにおける回復薬は、魔法的な要素の回復薬だ。握りつぶすことで効力を発揮し、即座に回復効果を及ぼす。


「雷円閃!」


 しかし、回復に回るのもわずかながら隙を作る。レイドボスはそれを見逃さずなんとか立ち直ったディルに横薙ぎの一閃を加える。

 それもディルは槍で受けるが、またしてもディルの体を雷撃が貫いた。


「うっぐううううぅ! クソぉおおおお!」


 防戦一方。いくらインベントリがあるとはいえ、持ち込める回復薬には限りがある。それを、徐々に削っていくようにレイドボスは雷撃を纏った攻撃をディルに浴びせる。

 ディルは吹き飛ばされるのを利用して距離を取り、またも回復薬を握りつぶす。


「弧月!」


 しかし、その血痕の記憶はレンに攻略の情報も与えた。そして悲しみも……。


(ディルさん! ディルさん!)


 レンは声が届かないと知りながら叫ぶしかなかった。それ以外に悲しみの耐え方を知らなかった。

 刃を合わせただけ、ただそれだけの仲なのにその散り様を見せられることは、辛かったのだ。


「ヘヘっ! 雷がなけりゃ!」


 ディルは吹き飛ばされずに踏みとどまり長槍だけで攻撃を受け止める。そして、短槍をひねりながら鎧の隙間を攻撃する。

 まさに神業。ウニーカ・レーテのNPCは下手なプレイヤーよりよほど強い。だが、レイドボスはそもそも死亡前提の難易度。生きていることが奇跡なのだ。


「雷槌!」


 レンは悲しみの中必死に情報をかき集めた。雷槌の雷のエンチャントは二撃のみ効果を持続させることや、雷槌の攻撃の出が遅いことをその目で確かめた。


「ッチ! またそれか!」


 今度はディルはそれを紙一重で躱す。そう、攻撃の出が遅かったからなんとか対処が間に合ったのである。だが……。


「雷弧月!」


 その剣の帰りをもろに食らってしまった。


「ぐぅ! あがああああ!」


 しかし、その一撃はディルの命には届かなかった。だが、一撃で強烈なダメージを受けたディルはそのまま倒れてしまう。

 そこにレイドボスはゆらりと剣を構えた。


「さらば……断頭!」


 まるでギロチンの刃がストンと首をはねるかのようだった。

 ディルはその一瞬苦痛を感じる暇すらなかっただろう。ころりと転がるディルの首とレンは目が合った気がした。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そこでディルの血痕に残る記憶は終わっている。見れば血痕には血に塗れたドックタグが落ちていた。


「ディルさん……」


 レンはディルを悪く思っていなかった。確かにエルザに対する扱いは良くないものだと思っていたが、それでも関わった相手が死ぬのは悲しかった。


「それはディルだったのか……」


 エルザは静かな声で尋ねた。

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