鬼神も泣かずば討たれまい

風若シオン

第1話 鬼の居ぬ間に選択

 「ちょっと待て、ムカデ野郎ぉぉぉ!!!」


 じきに夜を迎えんとする空を、夕焼けが毒々しいまでの紅さに染めていた。

 そしてそんな夕暮れ、僕、武者小路頼光むしゃのこうじ よりみつは学校の裏山を全力疾走していた。

 その経緯は、数分前に遡る。


 【5分前】


 「施錠、良し。忘れ物無し、やっと帰れるぅ~!」


 定期テスト終わりから夏休みまでの消化試合であるはずの今、数学の成績が悪すぎるミスター文系こと僕は、1人ポツンと誰もいない教室で、課された欠点課題と格闘していた。担任に侃々諤々の大論争で勝利を納め、分量減少に成功したハズである。だが僕は減ったはずなのにそれでいて多すぎるその課題に、正午前には終わった授業以降の7時間程をかけて悪戦苦闘。

 そして事件が起きたのは、なんとか課題を打ち倒し、途中で帰った担任教諭の「職員室に置いとけ」という雑な指示を受けプリントの山を職員室に築き駐輪場に向かう最中のことであった。

 ところで僕は、好き嫌いの少ないタチであるが、唯一苦手とせん種類の生物がいる。

 それは、ムカデである。

 世の中にはムカデ愛好家の方々もいらっしゃることであろう、だが申し訳ないことに僕はあの100本脚(本当に100本生えているかは知らぬ、何故なら図鑑の写真を見ることすら叶わぬほど苦手だからだ)生物が苦手である。何度も繰り返すが、ムカデが苦手である。毎晩寝ている間に布団に潜り込まれ歯しないかと戦々恐々、恐らく僕の胃痛はムカデに怯えるあまりのストレスによるものではなかろうか。

 そして今。僕は全力でムカデを捕まえんと追いかけている。なぜこんなことになってしまったのか。

 ところで僕は、1つだけ他とは比にならぬ大切な物がある。

 それは、親の形見である。御札のミニチュア、と言うべき貌をしている年季の入った木片に紐を通したネックレス、というにはいささか和風なアクセサリーである。生まれた時より親はおらず、祖父母に育てられ高校生になって一人暮らしを始めた僕にとっては唯一の両親との繋がりである。この御守り(祖父母曰く『これは僕の両親そのものと言える、お前を守ってくれるだろう』だ、そうだ)、もう10数年僕が身に付けているが一向に紐が切れる気配がしない、本当に霊験あらたかなのかもしれぬ。

 さて、元の話題に戻る。

 学校を出ようと駐輪場に向かった僕は、首筋に違和感を覚えた。

 振り向いて右肩を見る。そして僕は、ムカデが首から肩にかけて乗っかっているのを目撃した。

 ここからが地獄のマラソンの始まりである。

 おおよそ人には聞かせられない大音声、かの有名な名画の叫びが音を伴えばこれほどだろうと思われる、を上げつつ全力で体中を振り回した。

 なんとかムカデに噛まれること無く振り払うことには成功しホッとしたのも束の間、僕の首から大切なネックレスがすっぽ抜けていた。ムカデから目を離さずどこへ行ったかと探すという難題をこなす必要はすぐ霧散した。

 僕の首飾りは、ムカデの胴体に引っかかっていたからだ。 

 刹那、ムカデが信じられないスピードで地を這い、校舎裏の暗がり、裏山に繋がる茂みへと消え去ろうとする。

 僕は慌ててポケットから携帯を取り出しライトで暗がりを照らしながら異常なスピードで進むムカデを、背けそうになってしまう視線を無理矢理前へ向かせて追った。

 そして最初の場面へと至る。


 「ちょっと待て、ムカデ野郎ぉぉぉ!!!」


 山を駆け上がり始めてしばしの後、木漏れ日に照らされそこだけ明るい、外から見ても見付けられないであろう小さな開けた場所に出た。そこでムカデ野郎が足を止めた。

 苦手なのに無理矢理ムカデを見続けながら走ったせいで、肉体的・精神的苦痛により気息奄々の僕はなんとか倒れるのを耐える。

 偉いぞ僕、追いついたからもう少しの辛抱だ……

 ここまでの苦行が荒療治となったのだろうか、少しムカデへの恐怖が和らいだ気がする(と言っても、一般人にとってのゴキブリ以上の嫌悪感は依然するが。とはいえ進歩と言えよう)。


 「さてどうしたものか、こいつに触らなきゃ取り返せない……って、おわっ!?」


 と、ムカデがこちらに向けて鎌首をもたげる。少しビビってしまった、が、良く見ると何か言いたそうにこちらを見ているようにも思える。

 というかコイツ、さっきからのスピードといいまともなムカデか?

 ここに誘導されたのも何か意思を感じる。


 「いや、ともかくそれを返せ。僕の大切な物なんだ」


 無駄とは知りながらも声をかけてしまう。

 と、ムカデ野郎、素直にネックレスを地面に置いた。ご丁寧に、後退できないからだろうか、回り込むように進んで僕から距離を取ってくれるサービスまで。

 いよいよ怪しい、聞いてみよう。


 「おい、人語を解するなら右に一回り否なら左回りしてみろ」


 「あイ。……回りましたヨ、これでいいでんだネ?」


 「どわぁぁぁぁ!?!?!?」


 全然喋りやがった。キモチワルイ、見た目とか通り越してキモチワルイ!?

 アニメとか漫画で喋る動物ってよく登場するが、目の当たりにしてみると案外かなり気持ち悪い。


 「と、とはいえ言葉が伝わるなら怖くないぞ……それは僕の大切なものなんだ。だから返してくれ」


 「存じ上げておりまス、武者小路頼光様。ですガ、これは我々にとっても大切なものなのでス。失礼致しましタ」


 我々にとっても……? 複数形?

 なんて考える間もなく、僕の御守りをソイツは器用に首を振って宙に舞わせた。

 飛び出してキャッチ、刹那、僕のすぐ傍でガラスの割れるような音が響く。

 慌てて身を縮めると、


 「雷光ノ真名保持者ヲ確認、鬼神掌握権限認証」


 機械音声みたく無機質な棒読みが耳に入る。

 はて、なんかSFちっくな口上である。

 なんてことを考えていると、ボゴッ!! と地が裂け、グレーの立方体が僕の懐に飛びこんでくる。

 そのキューブというより金庫とでも言うべき塊を抱えたまま、僕はオロオロする。


 「な、何これ!?」


 「やはり貴方だネ! 貴方にしか出来ないんだネ……世の調和を守りし正義の味方!!」


 「は!? 何のことです正義の味方って!」


 「説明は後でス、その御守りをその箱にかざして念じてくださイ、りぴーとあふたーミー、"起きろ童子"!!」


 「わ、わかった。"起きろ童子"!!」


 「―承認。言霊紋ノ適合ヲ確認、封印解除アンロック"酒呑童子"」


 パガァンッ!! と立方体が砕け散る。

 そして、僕の手元に残されたのは


 「お面……鬼?」


 それは、お面というには近未来っぽさのある機動隊の装備に使われていそうな素材感をしていて、しかし額に2本伸びる角と鋭角で形成された……眼? が鬼、といった様だった。

 各角一本ずつの根元から顎にかけて一直線の溝が走っている。

 また、顎の下には、付属品だろうか、よだれかけ、と言うにはゴツすぎる平らな、お面と同じ溝が走った白い扇形の板状のパーツが付いている。

 仮面か何かだろうから、これは装飾品のはずで角も飾りな筈だが、何故かものすごく無機質で合理的に感じる。

 その単調でそれでいて異様な貌から発せられる雰囲気に気圧されていると、背後、学校の方向から人生で聞いたことの無いような地の爆ぜる轟音が聞こえた。

 身体が、本能が、その音量から背後で動いたであろうエネルギー量を鑑みたのだろうか。

 足が竦み、絶対に振り向いてはいけないと恐怖が全身を縛る。

 僕と同じように気圧されていた喋るムカデが口を開く。

 「貴方が手にするその力ハ、かつて他ならぬ貴方が輪廻で討っタ、全てを破壊する酔生夢死の鬼。」


 僕がかつて討った!? 輪廻!?

 何を言っているんだコイツは。

 そして何故、何を言われているか解らないはずの僕は、何を言われているか

 やつがれは、邪悪から世の調和を守り抜く……!!!!


 「雷光の真名の下、天地に遍く万魔を討つ。……魔神来迎"酒呑童子"!!」


 バッ、ヒーローが変身アイテムを掲げるようにやつがれが面を構える。

 って、何口走ってるのぼく!?


 「さっきまでの第三者語り部口調どこやったノ!? 焦って滅茶苦茶語りが軽くなってますヨ!!」


 そのままそれ被って、と喋るムカデに叫ばれ、ええいままよ、ぼくは手にした面を被る。

 すると、二本の角が内側に滑り込み、当然の帰結として僕の額に突き刺さる。


 「いってぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」


 両角の根元から血が流れ、面の溝に真紅が通う。

 そして自分の意思とは無関係に両手が動き、顎の白い扇型を掴み、盃を呷るように一気に持ち上げる!!

 パガンッ、と小気味よい着脱音と共に白盃が面から外れる。通った血が蠢き、盃の周囲に走る溝を埋めてゆく。

 腕がぐるり、と扇を手に舞うように盃を回す。

 すると、ジャキンッ!! 扇の両端から血で出来ているのだろうか、真っ赤な柄と刃が出現した。


 「なんて適性! やはり真の兵氏ヘイシ……!!」


 良くわからないことを言っているお喋りムカデがどうでもよくなり、なんでもいいからぶっ壊したいという破壊衝動が僕の身体を駆け巡る。


 「さては破壊衝動来ましたか、では振り向いてバケモノを葬っちゃってください!!」


 「良いだろう、やってやるよォォォォ!!」


 完全におしゃべりムカデに乗せられている。突如謎の装備を貰って超常パワー覚醒、ぼくは意外とこんな漫画ちっくな状況を受け入れられる柔軟な思考流されやすさをしているっぽい。

 使い方も判らないはずの血の太刀を勇んで携え、何故か白くなっていた髪を風に靡かせる。

 代謝が加速でもしているのだろうか? 腕が一回り太くなって筋肉質になっている、髪が白くなったのはその副作用かなんかだろう、知らんけど。

 そして振り向いた僕の視界に映ったのは、住み慣れた街と通い慣れた高校の校舎。

 そして、校庭に開いている大穴から出てきたであろう。

 校舎に巻き付く――超巨大オオムカデだった。

 一瞬にして身体が震える。恐怖か? 否。

 

 「武者震いだぜムカデ野郎ォォォ!!!」


 ぼくは元来調子乗りである、謎装備の効果や使い方も知らぬまま、増した脚力に任せて飛び出した!!!!!


 ボゴンッッッッッッっっっっっ!?!!!


 「なんっだこりゃあ!?」


 ひとっ飛びで、50メートルは跳んだだろうか。

 驚きよりも興奮が勝る。

 こちらを敵と認識したらしい大百足が、その巨躯に似合わぬ素早さでこちらへ突進してくる!!

 次の瞬間には、さっきまで僕のいた小さな草原は、ムカデの突進で爆ぜていた。

 が、僕は躱してヤツの背中に着地、そのまま疾駆する。

 大剣を構え、横っ跳び。

 刃を思いっきりムカデの横っ腹に突き刺しながら、多脚野郎の胴体側面を

 硬そうな外殻も楽々切り裂いて刃が滑る。

 校舎の手前まで滑り、梃子のように柄を跳ねさせ、大百足の肉を抉りながら身体を上に放る。

 高校の屋上に着地、振り返る前に、やられっぱなしでお怒りのようだ、大振りにスイングされたムカデヘッドが校舎を砕く。

 宙にバランス悪く投げ出された、どうする!?

 道よ拓け、と念じた刹那。

 夕焼けに赤く輝く天の彼方から、一際青白く燐光が奔る。

 光の奔流、僕が呼び出しちゃったらしい雷光はそのまま僕の股下を抜けてムカデに突き刺さり、あろうことか僕はそこに着地出来てしまった。


 「質量の在る雷!? やりたい放題だなぁ!!!!」


 そのまま痺れてるムカデ野郎に向かって走る、その長い胴体を駆けるのも、今の僕には短距離走のコースより短く視える!!


 「これで、トドメだァァァッ!!!!!」


 一気に跳び、真っ黒な複数の眼がこちらを睨む視線を全身で受け止め、剣を長刀のように上段で構える!!


 「しまった、技名考えてない……」


 考えろ、大剣、鬼、雷光……なーんて、頭を迷わせる必要は無かった。

 やつがれにとって、きっと熟練の必殺技だったのだろう。

 "僕"は叫んだ。


 「鬼神斬光!!!!!!!!!!」


 斬光? なんで斬撃じゃない、なんて考えたぼくはすぐに背筋が凍った。

 思い切り空振りした。

 ヤバい……!?!?!?!?!?

 が、またしても杞憂。

 振り切った刃の軌跡から迸った雷光閃プラズマブレードが大気をも切り裂き、大百足を一太刀に斬り伏せた。

 意識が薄くなる。この面、血を吸ってやがるな……


 「後はお任せあレ!」


 いつの間にか肩に乗っていた、眼前の喋るムカデと大百足2匹の異様は、僕のマシになったムカデ苦手にも堪え。

 ツン、と鼻にオゾン臭の刺激を感じながら、僕の意識は暗転した。


 【???視点】


 頼光サマはこの身体では初の魔神来迎、しかもいきなり酒呑童子なんて大物権能を使役して疲れちゃったみたい。


 「しっかし傷付くなぁ、人のこと見てキモいキモいビビりやがってサ……」


 大百足、私の力を奪いやがった大馬鹿者から妖力が本当の持ち主である私のところに還ってくる。

 少しずつ、本来の"神の御使い・百足"として、人間らしい容姿の肉体依り代が形成されてゆく。

 手を伸ばして頼光サマを抱きとめ、着地する。よかった、結構な高度だったけど復活が間に合ったみたい。


 「百足って、実は幸運や勝利の象徴なんですヨ?」


 私の囁きは誰の耳に入るでも無く、理の狂ったこの世界の夕闇に溶けていった――

  

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