2-10 【血染めの狩人】ダイアウルフ
「ルークさん、セレーネさん、作戦の通りにお願いします!」
「分かりました!」
目の前に現れた大狼にカルロスのみならず、全員の緊張感が高まる。
大狼はカルロスの倍以上の体格をしており、灰色の体毛の上からでも発達した筋肉が見受けられる。足先や胸部、頬の毛は朱色の毛並みが混じっており、その物々しい様相から『血染めの狩人』の異名で恐れられていた。
前足、後ろ足の計18本の爪は全て太く、人肉であれば容易に引き裂くことができるほどの威力を持っており、威嚇をし、剥き出しな4本の犬歯はルークの使用していた短剣のように鋭かった。
森の頂点に位置する捕食者は、目の前の冒険者たちが気に食わないのか、赤く鋭い瞳を輝かせていた。
「血の匂いを嗅ぎ分けてきたのか!」
「そうみたいだね……ルーカス!」
「ああっ!」
気合の入った返事をしたルーカスは、ラウンドシールドを構えながらダイアウルフの前にいきり立つ。
前線を張る彼に魔法が支援される。
「魔力よ、その者の庇護の壁となり、脅威を絶せよ、ドラルグ・ザムルフ……!」
「我が魔力は赤き魔へと変わる……刃は炎……獣を打ち倒すべく剣身に烈火の滾りを……メファル・ハサルス!」
ルーカスのみならずルークの全身も一瞬青白く輝くと、魔力の膜により身体を保護される。
そしてカルロスの魔法により、2人が握り締める武器の剣身が炎に包まれた。
「来いよっ!」
ルーカスは自身のラウンドシールドをスピアで叩き、ダイアウルフの敵視を煽ぐ。
大きな金属音で煽られたダイアウルフは、雄叫びを上げるとルーカスへ突進する。
「グルルル……グァオォォォン!」
「……力強き歩みを与えん……スカレート・ミカルト……! 鋼の魂は一時の盤石を示す……ターム・アムレット……!」
突進の合間にセレーネはルーカスとルークに魔法を掛ける。身体能力が向上したルーカスはダイアウルフの突進を盾で防いだ。
「ぐっ……!」
通常では体重差が十倍以上ある獣の突進を受けきることは不可能だろう。しかしルーカスは後退りしない。角で突きあげるかのように頭部を突き出してきたダイアウルフの突進を、彼は盾で防いだ。
その隙にルークはダイアウルフの横へと回り込み、脾腹へロングソードを斬り上げた。燃え盛る剣はダイアウルフの皮膚を焼き斬りながら出血させる。
「グルラゥ……グラァァ!」
ダイアウルフは斬られた側へ身体を捻ると、ルークへ鋭い斬爪を繰り出すが、ルークは後方へと回避する。
ダイアウルフの敵視はルークへと向けられるが、横槍が入れられる。
「お前の相手は……俺だぁ!」
側面を向くダイアウルフに、ルーカスはスピアを突き刺す。
何度も刺突をされるダイアウルフは再びルーカスに敵意を向け、鋭い爪で斬撃を繰り出す。硬度が増したラウンドシールドはダイアウルフの攻撃では傷つかない。
有効打を与えられないダイアウルフは激昂するかのように咆哮すると、その場で巨体が飛び上った。
「避けろ!」
ルークに叫ばれたルーカスは、地を力強く蹴り出しその場から避難する。
直後、大きく飛び跳ねたダイアウルフはルーカスのいた場所に前足を叩きつけた。
落下する自重を乗せた重いを叩きつけは、鈍い打音と共に湿った土を撒き散らし、地面にくぼみを作る。
「あぶねえ……」
ルーカスはその惨状を目撃し声を漏らしてしまう。
ダイアウルフはドレッドトロールのような巨体ではないとはいえ、自重の全てを乗せた攻撃の威力は計り知れない。以前のルークのように反撃に転じる算段がなければ、避けた方が最善だろう。
大振りな攻撃を繰り出したダイアウルフには再度隙が生まれ、ヘレナは魔法を使用した矢を射る。
「ヘルドウィン・ウィスプ……!」
つがえていた矢の矢じりが緑色に発光する。
リカーブボウから放たれた矢は風切り音を発することなく、しかし疾風の如く素早い弾道でダイアウルフの肩へと深く突き刺さる。続けてもう一度矢を射ると、直前と近い部位に矢が刺さりダイアウルフは痛みに怯む。
「カルロス!」
「我が魔力は大地を慈しむ魔へと変わる……魔は芽吹く……新緑は悪しき者を拘束し、我らに育みをもたらせ……ヴァイン・アーツ・トライ!」
カルロスの魔法によりダイアウルフの足元に、若草が芽吹き始める。若草はダイアウルフの足を支柱にするように成長を続けると、4本の足に強く絡まり、ダイアウルフを地に拘束する。
「グルルル……ガル……ガルルルゥゥ……!」
ダイアウルフは唸りながら抵抗するが、ツタのように纏わりついた草を引き千切ることは出来なかった。
「2人とも今のうちに!」
カルロスの声を合図に、ルーカスはダイアウルフへ接近すると腹部をスピアで刺突する。
「はぁぁ!」
突き刺した穂先からは火炎が燃え盛り、裂傷と共に肉体を破壊する。
カルロスもルーカスと同じく腹部へと杖の斧刃を付き上げており、ダイアウルフは柔らかい部位への攻撃に悶える。
「グルラァァ!!!」
「ルークさん!」
カルロスはルークを呼びかけるが、既にルークはダイアウルフの前方と回っており、致命の一撃を与えるべく首元に剣撃を仕掛ける。しかしダイアウルフは炎に臆することなく首を振り、ルークのロングソードを口で噛み止めた。
口内が焼け爛れる匂いが漂うが、ダイアウルフはルークに抗い続ける。
「面倒だな……」
命懸けの抵抗に、痺れを切らしたルークはロングソードの柄から手を離すと、大きく跳躍し、ダイアウルフの背に乗る。
「どけ……! 離れてろ!」
ルークはダイアウルフの腹部に潜りこんでいる2人がその場から離れるのを確認すると、背に右手をかざした。
手の周りには赤い火花が散っており、ルークが最も使用する魔法であった。
「フェイル・バーム……!」
魔力によって生まれた火球は眩い煌めきを見せると、右手の前方を破壊した。火球はダイアウルフの背のみならず、腹部まで炸裂させ、大量の血が流れ出す。
「グルアァァァ……! グァァ……」
ダイアウルフは急激に動きが弱くなると地面へと倒れ込んだ。
♢ ♢ ♢
ルークは背から飛び降りると、魔法の一部始終を見ていたルーカスが顔を輝かせていた。
「ルーク、お前やっぱりすげえな! 一撃じゃねえか!」
「かなりの威力ですね……僕の『フェイル・バーム』でもこんな威力は出せません」
「私たちだけだとかなり苦労したのにね。こんなに簡単に倒しちゃうなんて」
「ああ、セレーネの魔法もすげえな! 攻撃を防ぐときに衝撃が全く伝わってこなかったぜ」
「いえそんな……凄いのはルークさんですよ」
セレーネは謙遜し、ダイアウルフを仕留めたルークに話題を振るが、彼はダイアウルフが咥えているロングソードを回収していた。
「けどよ、こんな威力の魔法が使えるなら、最初から使えばいいじゃねえか」
ルークはルーカスの当然の疑問に答える。
「さっきも言っただろ。俺は魔法が得意じゃない。今の魔法もあの威力に対しては、非効率なほどの魔力を使ってる。それに……着弾する距離が離れると急激に威力が下がる。あの威力を出すには、魔力を溜めて至近距離で撃つ必要があった」
「それでも、ルークさんの魔法は強力な『武器』になりますね。以前、僕らで倒したときはとても苦労しました」
「カルロスが魔法を準備している間に、ルーカスが1人で耐えてて……大変だったね」
「大変ってもんじゃねえよ! マジで死にかけたんだからな!」
ダイアウルフの討伐には『ゴールド』等級のパーティーが推奨されており、当時は『シルバー』だったルーカスたちは討伐に苦戦を強いられていた。
「けど今回はこんなに簡単なんだもんな。2人を誘って良かっただろ?」
調子付くルーカスにヘレナは注意する。
「なんであんたが得意げになってんのよ。あんたが倒したわけじゃないでしょ。」
「俺だってあいつの注意を引いていただろ、なあセレーネ?」
突然話題を振られたセレーナはルーカスに同調する。
「確かにルーカスさんも頑張っていましたね」
「ほらな!」
「はぁぁ……こいつを調子に乗らせたら駄目よセレーネちゃん……」
「セレーネ、2人が出会ったって時も、ルークはこんなに強かったのか?」
「ええ、ルークさんは私を助けるために、1人でドレッドトロールも倒していました」
『プラチナ』等級に属する魔物の名前が出ると、再びルーカスは驚く。
「マジかよ……! あのドレッドトロールを1人で……! こりゃ噂の『シルバー』も余裕だな! なぁ!?」
「はぁ……くだらねえ……」
ルーカスはルークの肩に手を回しながらおだてるが、急激な魔力消費により強い疲労を感じていたルークは、その腕を振り払うことはしなかった。
その後、カルロスとヘレナはダイアウルフの解体を始めた。手を血で汚しながらも、時間をかけて首周りの皮や手根から下部を切り落とす。
「ああ、ルーカス、箱を組み立てておいて」
「分かった」
ルーカスは荷物を置いておいた場所から、金属板を持ちだし広げるように組み立てる。するとそれは長方形の箱になった。
カルロスは箱にダイアウルフの素材を納めていく。そして彼はポーチから魔石を取り出すと、蓋の裏にはめ込み氷魔法を唱える。
一連の作業を見ていたセレーネはカルロスに尋ねた。
「その箱で保存するんですか?」
「そうです。生皮みたいな素材は痛むと買い取ってくれなくなってしまうので、この箱で冷凍させます」
「そっちが素材用で、こっちが食材用なのよ」
ヘレナの手元にある箱には、フィンガルドの足と切り落としたダイアウルフのもも肉の塊が入っていた。
「これでしばらく肉には困らないと思うけど、ダイアウルフの肉はかなりまずいらしいわよ」
「ダイアウルフの外見からして、美味しそうには見えないもんね」
解体作業を終えたカルロスは立ち上がると、ルークにお願いをする。
「すみませんルークさん、燃やすのを手伝っていただけますか?」
「ああ」
ルークとカルロスはダイアウルフの死体に手をかざすと魔法を唱える。しばらくすると魔法による火炎は死体を包み込むように燃え盛る。
「全部は燃え切らないけど、これでいいか。今日はもうテントに戻ろう。解体に結構時間がかかっちゃったね」
「手が汚れて最悪よ……」
ヘレナは身体に汚れが付かないよう、手を宙に浮かせながら心底嫌そうに話す。
「石鹸と灰も持ってきてるから、荷物を置いたらあとで川に洗いに行こう」
「そうだね……」
「じゃあ……すみませんがルークさん、この箱を持っていただけませんか?」
杖を手にするカルロスは1人で箱を持てないため、ルークにお願いをする。
「重いですがありがとうございます」
ルークは無言のまま両端の取っ手を持ち、箱を抱える。
戦闘以外ですることがなかったセレーネは少しでも役に立とうと、ヘレナを気遣う。
「ヘレナさん、私も箱を持ちます」
「じゃあ重いから2人で持とうか」
「はい……!」
日が西へ傾く中、5人は自分たちのテントへと向かった。
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