1-4 出会い


「あぁ……いてぇ……」


 力なく重い身体を起こすルークに、少女は駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫だ……」


 ルークは雑に返答すると、ポーチにある青の小瓶を取り出し、一気に飲み干した。


「はぁ……無事で良かったです……!」


 立つ体力も残っていなかったルークは、少女の顔を下から覗き上げる。

 改めて見ても、少女は美しい顔立ちをしていた。

 顔立ちや背丈からしてルークと歳は近いだろう。しかし彼女の姿には、どこか神秘的で優艶な雰囲気も感じられ、少女とは異なる大人びた印象も受ける。

 彼女の髪は、月光を宿したような美しい蒼銀色で、杖からの柔らかな光を帯びながら肩に流れている。瞳もまた同じ蒼銀色で、深みのある虹彩は無垢な純粋さと強い意志を秘めているようだった。

 加えて容姿だけではなく装いも、彼女がただの少女ではないことを示していた。

 深い青と銀の色合いが織り成す魔法師のローブは、細かな装飾が施された荘厳な王族の代物のようであり、彼女の手には、魔法を使う者としての象徴ともいえる、杖が握られていた。杖は冷たい金属の輝きを放ち、先端には球体の青色の魔石が埋め込まれている。

 

 少女は自身の等級を『アイアン』と言っていたが、ルークには彼女の正体が計り知れなかった。

 胃が熱くなってきたルークは薬の効果を実感するように深く呼吸し、少女に問う。

 

「お前って本当にアイアンなのか?」

「はい……アイアンですけど……」

「じゃあ何であの魔法が使えたんだ?」

「それは……秘密です……」

 

 ルークは『アイアン』等級のこの少女が、大賢者と呼ばれた者と、同じ魔法を使っていたのが一番の疑問だった。

 

「お前、なんであいつから逃げていたんだ? そもそも何でアイアンが、1人でここにいるんだよ」


 ルークの疑問は絶えない。


「え~っと……私はこの洞窟に用があって……森を歩いていたらそれで襲われて……」

「あれだけ強力な魔法が使えたら、トロールなんか簡単に倒せるだろ」

「私、攻撃魔法が使えないんです。だから逃げるしかなくて……」

 

 少女の言葉にルークは更に疑問が深まる。

 彼女がルークにかけた魔法の一つ『ドラルグ・ザムルフ』は『精霊魔法』に属する魔法で、対象者に魔力の膜を張り、物理的な衝撃と魔法による攻撃を緩和する、強力な防御魔法である。

 並みの冒険者では絶対に扱えない魔法であり、ルークはあの魔法の絶大な効果を身に染みて知っていた。あれがなければ岩をも砕く巨人の一撃を、真正面から受けきるなどという無謀な行動を取っていないだろう。

 金属を一時的に硬化させる魔法、『ターム・アムレット』もあったとはいえ、『ドラルグ・ザムルフ』はそれほど強力な防御魔法なのだ。

 それらの強力な魔法を使用できるのに、攻撃魔法が使えないこの少女は全くもって正体不明である。

 

「ここには何の用があるんだ?」

「それは……秘密です……」

「はぁ……そうか」

 

 急激な魔力消費で眩暈の抜けないルークは不愛想に返答し、しばらく俯いた後、重い腰を上げる。

 

「俺はもう帰るから」

「はい、助けていただき、ありがとうございました!」


 少女はルークに頭を下げると、洞窟の奥へと進もうとしていた。

 

「なんだあいつ」 

 

 ルークは落ちていたドレッドトロールの角を拾い上げる。角の根元はドレッドトロールの頭部と共に消滅してしまっていたが、捻じれた先端部分は残っており、その部分だけでも人間の膝下より一回り大きかった。

 ドレッドトロールの角は金属のように硬く、武器の素材に耐えうる強度のため利用価値がある。プラチナ相当の魔物の貴重な素材を見逃さないのは、流石シルバー冒険者と褒めたたえる行動であった。

 ルークは自身の右手を見つめると思考を巡らせる。

 

(俺の魔法……今まで一番の威力だった……)


 ドレッドトロールの頭部を消滅させた魔法は、魔力そのものを放出し、前方の狭い範囲を攻撃する、ルークが作り上げた独自の魔法であった。

 現代で広く普及している、自身の魔力を四大属性の魔法事象に変換する『一般魔法』とは正反対の魔法体系であり、魔力変換が苦手な彼なりの苦し紛れの魔法である。

 ルークは今まで戦闘において、全力の『マナ・バースト』を放つことを避けていた。

 一度に大量の魔力を消費することにより、急性的な魔力減退を引き起こし、失神してしまうのを危惧していたのだが、今回は失神するどころか、立ち上がるまでの回復が異様に早かった。


(それに……あの蒼い魔力はなんなんだ……?)


 加えて、ルークの『マナ・バースト』から放たれる魔力閃光は黒色なのだが、今回は彼が持つ『色』ではなかった。


(あの女、攻撃魔法が使えねえって言ってたが……どうすんだ?)


 ルークは振り返るが、既に少女の姿は消えていた。彼はまだ輝きが残るペンワンドを拾い上げると、少女を追いかける。



♢ ♢ ♢



(あれは……どう見ても人工物だな……)


 少女を見つけたルークはペンワンドをポーチにしまう。

 彼の視界には胡桃色で、屈めばドレッドトロールでも通れてしまいそうなほどの大きな金属の扉が映っており、少女はその前に置かれた石板を指でなぞっていた。


(人工物……ならこの先はダンジョンで間違いねえ……)


 両開きの扉には、いくつもの球体の魔石と魔法の術式のような美しい彫刻が施されており、荘厳な存在感を示していた。

 空間の壁には大小の魔石が規則正しく埋め込まれており、冷たく淡い光を放っている。壁そのものも単なる岩肌ではなく、滑らかに加工された石材で作られていため、まるで遺跡のような雰囲気を醸し出していた。

 この空間自体が、それまで続いていた無機質で荒々しい洞窟とは対照的であり、超越的な技術と魔力が結集した場所であることを示していた。

 ルークはしばらくその場に立ち尽くし、目の前に広がる異質な光景を観察すると、少女に声をかけた。

 

「おい……!」

「……っいっ……!」


 ルークが少女に声をかけると、彼女は驚きのあまり身体が飛び上がり、声の発生源を振り向く。

 ルークは彼女に、今一番の疑問を問いただす。

 

「ここって何なんだ? お前が言っていたことに関係があるのか?」

「ええ……そうです……私はこの先に用があって、ここまで来ました」


 少女が答えるが、ルークの疑問は解消されない。彼は目の前にあった石板に目移りする。


「この石板……片方はエルフ語だがこっちは何語だ? 」

「これが読めるんですか?」

「いや読めねえよ。文字の雰囲気でエルフ語って分かるだけだ」

「もう片方は古いドワーフ語で、両方読めないと開けられないようです……これの意味は……『ナポア・レピア・ドゥルオル』……」


 少女が石板にむかって詠唱をすると、扉に埋め込まれた黒と白の宝石が輝き、重々しく開き始めた。

 

「なんて言ったんだ?」

「『開け開け、扉よ』と言いました」


 大きな扉が開かれると、真冬のような冷気がルークの頬に吹き付ける。

 開かれた扉の先には一面の暗黒が広がっていた。ルークはその先の何もない冷暗に、冒険者としてはなく生き物としての本能で嫌悪感を抱いた。

 しかし少女は先の分からない暗闇に、歩みを進めようとしていた。

 

「おい、この先に行くのか?」

「はい」


 ルークは一瞬の躊躇いの後に、口を開く。


「この先はダンジョンだ……今までの洞窟とは違うぞ」


 人が何らかの目的で作り上げたのがダンジョンであり、この遺跡のような場所にも必ず建てられた理由があるだろう。それならばこの暗闇の先に、罠や魔物以上の恐ろしいものが存在してもおかしくはない。

 

「分かっています……それでも……私はこの先に行かなければならないんです……!」


 少女の意志は固く、決心したような力強い物言いだった。


「お前、攻撃魔法が使えないんだろ?」

「はい、そうです……」

「死ぬぞ」

「はい……そうだとしても……私はこの先へ進みます……!」

「ならこの先に何があるんだ!」

「それは……すみません秘密です!」


 声を荒げたルークから逃げるように、少女は扉の先へと走り出す。

 しかしルークは素早く彼女の手首を掴み、静止させる。


「答えろ!」

「すみません……秘密です……」


 同じ回答を続ける少女にルークは苛立ちを覚え、力強く自身の方へと引き寄せる。

 しかしその手は彼女発した言葉によって、すぐさま解かれることになる。


「い、痛いです……放してください!」


 痛みを訴える少女の言葉に、ルークは頭が殴られる感覚に襲われ、強い眩暈を覚える。

 ルークが行った行為は、彼がこの世で最も憎み、忌み続ける行為であり、彼は自身がおぞましく感じた。


「すまない……」


 彼は少女の手を離すと同時に、抱えていたドレッドトロールの角を衝動的に投げ飛ばしそうになるが――


「私はこの先で……母と……世界を救わなければなりません……!」

「母と世界……?」


 少女の唐突な発言によりルークは手が止まり、思わず復唱する。


「はい……なので……ごめんなさい……!」


 少女はそれだけを伝え、走り去ろうとするが、ルークは言葉で少女を制止させた。


「待てよ……俺も行く」

「え……?」


 その声に少女は振り返る。


「何故……でしょうか? 先程助けていただいたことは感謝していますが、あなたがこれ以上、私を助ける理由がないはずです……」


 少女の言っていることは正しいだろう。偶然、一度助けたからといい、再びルークに少女を助ける理由が存在しない。

 ましてや、彼女はルークの質問に『秘密』と言い続け、彼を拒み続けている。お人よしの善人でもなければ、彼女を助けようとはしないだろう。

 ルークは彼女の輝く瞳を見つめながら、彼は自身にも嘘を付く。


「ただの……気まぐれだ……」


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