MU8IC
暁明夕
医者から自分が音楽依存症であると言われていた時、随分変なことを言うのだと思ってしまった。
私は音楽が好きだ。四六時中聞いていたい位に。耳から無限に近しいほどの音を流されて死んだっていいとさえ思ったこともある。そんな私の好きなことを病気みたいに扱われて、医者というものは信用できないものだと思った。私の親はいつも音楽を聴いて、歌ったりしている私のことを過剰に心配しているみたいだ。別に私は好きなことをして生きているだけだ。別に問題なんてないのに。
私はいつも自分を音で満たしていた。足りなくなったら足して、それが私にとっての日常だった。
それなのに。
「何聞いてるの」
白色のイヤホンを突っ込んで音を供給していた私からそれを彼女は奪い取った。イヤホンを貸し借りするような関係性かと聞かれてもそんなことはない。
その、長い髪の毛を
「うわ、音量でか。よくそれで耳悪くならないね」
なんだこいつ、と口から出そうになった続く言葉を途中で堰き止める。
「返して」
「はい」
手に乗せられたイヤホンをすぐさま自分の耳に戻した。
やっぱりこれが一番落ち着く。
その様子を見た彼女は私の肩を叩いてきた。
「何」
わかりやすく声が不機嫌になってしまった。そんなことが気にならないほど、私は彼女が気に入らなかった。
「私
「知ってるよ」
「あれ、そうなの」
私も別に記憶力は悪くはない。同じクラスメイトの名前なんて、新生活が始まってから二か月くらい経った今、大体覚えてはいる。
特に目の前にいる彼女は自分の好きな音楽にまつわる漢字が使われていたために、覚えるのは早かった。今まさに、悪印象を与えられ続けているが。
「さっき聞いてた曲、音量大きすぎてわからなかったけど、ジャスタじゃない?」
「知らない」
「えぇ、じゃあ、なんで聴いてたの?」
なんでこんなに私は執着されているのだろう。
「別に。流れてきてる曲延々と聞いてたら流れてきただけ」
場所を移そうかな。教室ではだめだ。図書室がいいかもな。
席を立った私を見て、唄は焦ったようにして質問した。
「じゃ、じゃあ好きなアーティストとかいないの」
「……いない。私はアーティストが好きなんじゃなくて音楽が好きなの。尊敬することはあっても、別にそれ以上でもそれ以下でもない」
私はそこまで言うと早歩きで教室を出た。
なんなんだ。いつもイヤホンをしている私なんかに関わることもないだろうに。
教室から移動している間も廊下にローファーと床がぶつかり合うことが響く。この音さえ私は心地よいはずなのに、その音の速さは決して遅くはならなかった。
図書室についた私は、学習スペースへと足を進めた。一限目開始まであと三十分くらい。それまでここで音楽を聴いておくことにしよう。
上を向いて眼を瞑って何も考えない。ただ耳から入ってくる音楽だけが五感の中で唯一私が得ている情報。その情報さえも私の思考には到達しない。ただただ、音楽に浸って、埋もれていく。
不意に、視覚が影の変化を認知した。何かと思って目を開けると、唄が私の顔を覗いていた。
思わず声を上げてしまった。大きな声だったのか、シーッと顔の前で静かにするように人差し指を立てた。
「何で来たの」
「別にいいじゃん。ねぇ、音楽好きなんでしょ」
「好きだけど」
「だよね。いつもイヤホンしてるもんね」
いつもって……人間観察でもしているつもり?
それから暫く無音の時間が続いたのだが、それを断ち切ったのはやはり、唄の言葉だった。
「ねぇ、私とユニット組まない?」
「はぁ? いきなり何を言い出すの」
「いや、だってさ、
随分と突拍子もないことを言うものだ。
「絶対嫌」
「えー、そこをなんとか!」
音楽は好き。それでも、人と何かをするだなんて、無理だ。
「無理なもんは無理」
「そっかぁ、じゃあ気が向いたらまた連絡してよ。メッセージとかさ」
そう言って、唄は図書室から出て行った。
唐突に何を言い出すんだろう。ユニットだなんて。
……いやいや、私には無理だ。ただ音楽が好きなだけ。私に才能なんて無いとしか思えない。
……もうこんな時間か、教室に戻ろう。
図書室から出て、教室に戻り、席に着いた丁度その時に予鈴の音が鳴り響いた。
何事にもベストタイミングというものはあるだろう。ただそれがいつなのかは結局人生で生きているうえで知ることはできないのではないだろうか。自分が生きている時間はただその今だけなのだから。
今日も一日というものは始まった。音楽という供給によって私は今日も生きていける。
私より前のほうの席からこちらの様子を伺う彼女の姿が視界の端に写ったが、気にしないことにした。
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