15「新人」

卒業式。


三城は、一輝と写真を撮る為に、校舎のあらゆる所へ行った。


「本当に、この数か月で一輝、変わったな。」

「そんなにか?」

「そんなにだよ。筋トレとかし始めたのかなって思ったよ。」


写真を撮りながら、話をする。


「弥代は、大学だったな。」

「おうよ。その節は、お世話になりました。」


一輝は、三城に勉強を教えていた。

そのおかげか、大学に合格した。


「弥代は覚えはいいんだ。」

「そうか。」

「もし、大学の勉強でもわからなければ、こいよ。俺で分かる範囲なら教える。」

「本当にありがたい。」


また、写真を撮って、思い出を増やした。





三城と分かれて、家へと行くと、家の前に一台の車が停まっていた。

あの時の黒い車だ。

外で待っていたのは、山倉だ。


「卒業おめでとう。この時を、お待ちしていました。」

「お待たせしました。山倉さん。」


車の扉を開けると、一輝は乗り込んだ。

卒業証書とスマートフォンを、カバンに入れて、車の足元に置くと、山倉に預けてあったスーツに着替える。

このスーツは、お盆に購入したものだ。

子供である制服を脱ぎ、大人へと踏み入れるスーツを身にまとうと、顔つきが変わる。

ネクタイの仕方も、以前、山倉から指導されていたから、数種類の仕方を知っている。

その中でも、一番、簡単な仕方をした。


そして、誕生日プレゼントとして貰った腕時計をした。

腕時計を見ると、目を細め、愛おしそうに指で撫でる。


山倉は、運転席から後ろを見て、一輝の身支度を見ている。

終わるのを確認すると。


「後部座席に袋が置いてあるだろ?」

「はい。」

「その中に、頼まれていたものがある。」

「ありがとうございます。」


中身を見ると、例の小型ノートパソコンだ。

電源を入れて、中身を確認すると、そこには、清水秀の基本情報がメモ帳で記録されていた。


「確かに、その情報は必要だったな。」

「はい。母さ……桜身様の情報で、一番大切な情報だ。」

「……そうだな。」


山倉は、複雑な気持ちになっている。

亡くなったと思われた秀が、あの光に囚われているのを、一輝から聞かされたからだ。


車を走らせ、後部座席が見えるミラー越しだが、一輝を見ると、初めて見た頃と比べ物にならない位、成長をしている。

あの屋敷にて、一輝が侵入していた日が、つい昨日の事の様に思えてきて、山倉は、とても目が熱くなってくるものがあった。

だが、これから起こる事を想像すると、自分の頬の心配をした。


その一輝は、秀の情報を、車がその光がある荒れた地へ到着するまでの間に、全て記憶完了した。


秀の事を知ると、頭が良いわけでも、体力があるわけでもない、一般的に普通の人と感じた。

秀でているモノがあるわけでもないが、桜身を思う気持ちは人一倍あるのは、写真と情報で伝わってきた。



「着いたぞ。」


山倉は、一輝に声をかけると、小型ノートパソコンを閉じて、丁寧に仕舞った。


「ここから見える、あの家に桜身様がいらっしゃる。」


車の中から手をかざして説明すると、一輝は首を縦に動かした。


荒れた地の前には、仮設の家が建てられており、その中に桜身がいる。

車を降りて、スーツを再度正して着込み、目つきを変えた。

山倉は、一輝に一言。


「いいのか?」


訊くと。


「今更。」


と、一輝は返した。


一輝の顔を見ると、覚悟を決めている。

山倉は、一度、目を瞑り、開いて、仮設の家にある扉のノブに手を掛ける。

そして、一息吐くとノブを下に動かして空けた。


仮設の家は、キャンプでよくみるログハウスを思い出させる。

中も、そんな風に作られていて、風呂はもちろんトイレも台所もある。

台所の前にある机と椅子があり、その椅子に、真っ白いワンピースを着た桜身が座っていた。


「山倉、お疲れ様です。」


桜身は、椅子から立ち上がる事なく、座ったままで対応する。

視線は山倉に向いていた。


山倉は、胸がドキドキしながら、言葉を丁寧にゆっくりと話しをする。

毎回、新人を迎える時には、淡々と紹介をしていたが、今回は、とても神経が高鳴り、汗もうっすらと浮き出ている。


相手が、桜身の息子である一輝であるからだ。


「桜身様、今日から、貴方をお守りするをお連れしました。」

「入って貰って。」


その言葉を訊くと、山倉は一輝に中に入る為の道を開けた。

一輝は、ゆっくりと一歩ずつ歩き、桜身に姿を見せる。

姿を見せた一輝を見て、桜身は椅子から立ち上がり、机に両手を置いて、前に乗り出す。

顔は、目を丸くして、口が半開きになっていて、驚いていた。


「い……一輝。」


桜身の一言で。


「今日から、桜身様をお守り致します。清水一輝です。よろしくお願いします。」


片手を前に、片手を後ろにして、足を揃えて、一礼をする。

桜身は、そんな一輝を見て。


「山倉、これはどういう事なの?」

「どうもこうもありません。清水一輝は、今日から、桜身様の……。」

「そうじゃありません。ここにいるって事は。」

「はい。それなりに教育をしました。全て、私の判断です。」

「教育って、まさか。」

「はい、そのまさかです。」


桜身は、一輝を見ると、息子ではない人に見える。


教育という事は、基本情報を一輝が知っている。

桜身の過去と現在、身体の数値や履歴、心境に恋心。

それらを桜身は頭に過ぎらせると、顔が瞬間的に赤くなる。


一輝はというと、心の中で。


『ああ、やっぱり、白のワンピースで、ヒラヒラの服、似合うじゃないか。』


等と、温度差が激しい考えをしていた。

桜身は、そんな一輝に近づき、手を差し出す。

手は、一輝の頬を触ろうとしたが、一輝はその手を避ける様にして、顔を後ろに動かす。


桜身は、一輝に触れられなく、パーにしていた手をグーにして、手を下ろした。

視線だけは一輝に向けて。


「本当に一輝なの?」

「はい。桜身様。」

「いつもの様に、母さんって呼んで。」

「ここは仕事場です。」

「っ。」


すっかり変わってしまった息子を見て、顔を下に向けてしまう。

その時に一輝の腕にはまっている時計を見ると、泣き出しそうになった。

その顔に触れたかったが、一輝は我慢した。


そんな気まずい状態になっている親子の空気を、もっと濃くするかの様に。


「清水一輝は、桜身様をお守りするのに十分な仕上がりですよ。」


山倉は言うと、桜身は山倉にビンタした。

ビンタされた山倉は、素直に受け入れた。

殴られても当然の事をしたのである。


ビンタの音がとても大きく、外にいる他の護衛する人にも聞こえた。

護衛する人も、こんな事態になるのではないだろうかと思っていたから、自分の場所を動かなかったが、内心、山倉を心配していた。


桜身は、見た目以上に力がある。

叩かれると、しばらくは傷みがあり、癒えるのに時間がかかる。

それ位じゃないと、自然は浄化出来ないし、自分の力を十分に発揮出来ない。

だが、今回は、とても治りが遅いだろう。


なんせ、ビンタした内容が息子の事だからだ。


親として、自分の子供に何かあれば、全力を出すのは当たり前だ。

今回のビンタは、その意思も宿っていたから、山倉は、今まで以上に痛みがある。

痛みはビンタの痛みもあるが、それ以上に一輝を巻き込んでしまった痛みもあった。

全ては、自分の所為だと受け止めていた。





「さて、今から、あの光の攻略をする為に、会議をしましょう。」


山倉は、叩かれた頬を構わず、一輝を交えて、話しをする。

一輝は、机に置かれた情報を見ると、色々と模索する。


いつもは、桜身が光に声をかけると、光が周りの植物達に命令して、攻撃を仕掛ける。

そこに桜身の情報を持っている山倉達が、桜身を守る。

桜身は、ひたすら声をかけて、説得する。


これを、もう、十八年続けていた。

だけど、光は力が衰えなく、逆に強くなっている。


一輝は、桜身を見ると、桜身が一輝を見ていた。

その顔は、まだ、納得していない。


「俺はどうすればいい?」

「一輝は、桜身様と一緒に声をかけて欲しい。」

「了解。」


一輝の顔は、もはや、覚悟が出来ている大人の顔をしていた。

会議は解散し、一輝はログハウスを、会議に出席していた谷と一緒に出た。

山倉は、桜身が一輝を追わないように、中に残った。




ログハウスから少し離れると。


「谷さん。」

「なんだ?」


谷は、一輝が何を言うのか分からず、心に準備をした。

一輝は、谷の顔を見ると。


「今日の母さんの恰好、すごく可愛かった。いつも、あの衣装着て、説得しているのか?」

「え?……は、ああ、そうだ。」

「くー、妖精みたいじゃないか。抱きしめたくなったけど、我慢するの大変だった。」


すると、谷は、大声で笑った。


「一輝、お前、大物だな。」

「なんだよ。」

「嫌何、桜身様なんていうから、てっきり、桜身様と親子の仲を辞めた見たいだったから。」

「何を言う。母さんとは別れる訳はない。それに、仕事中は桜身様だろ?山倉さんも谷さんも、そう言っているし。」

「そうだな。仕事中だもんな。」


谷は、安心した顔をさせた。

一輝は、谷に。


「本当になんだよ。母さんも母さんだ。山倉さんを殴らなくてもいいのに。仕事なんだから仕方ないだろ?」

「えーと、そこは、母の気持ちを考えてやって欲しいぞ。」

「母の気持ち?社会人になって、自分の部下になって、いつも通りに接しなかったからか。だけど、仕事だし。」

「一輝、仕事でも、私情を少し挟んでもいいと思うぞ。」

「私情ね。アドバイスとして聞いておくよ、谷先輩。」


そんなこんなの会話をしているとは思わず、ログハウスでは、とても険悪な空気になっているのを、知らない一輝だ。


決行は、明日であり、桜身はログハウスの二階にある部屋で休み、一輝はログハウスの周りに設営したテントで寝る。

一輝は、睡眠が大切だと知っているから、直ぐに眠れた。




次の日。


桜身が朝ご飯を済ませ、外に出て、身体を解していると、一輝がテントから出てきた。

一輝の顔を見ると、桜身はジッと見ている。


「何か、話しがありますか?桜身様。」


一輝に、桜身様と言われる度に、嫌な顔をさせる桜身。


「別に。……で、いつから?」

「何がですか?」

「いつから、教育を?」

「去年の六月からです。」

「そんな風に見えなかったわ。」

「隠していましたから。」


桜身は、一輝の顔を見て、今までの行動を思い出していた。

すると、桜身は次第に顔が熱くなってくる。


「基本情報、記憶して、どうなのよ。」

「どうとは?」

「絶望とかしなかったの?」

「意外だと思いましたが、さらに、好きになりましたよ。」

「あの情報で?」

「はい。」


一輝は見られている時、思っていたことは。


『怒った顔もかわいいな。昨日の服もよかったけど、今日の白いワンピースに胸元にピンクのリボン、裾にフリルも似合うな。』


だった。

すると、桜身は、まだ一輝を息子だと思い。


「今日、光の前に行きます。私を守るといいましたが、無理はしないでね。」


いうと。


「相手次第です。桜身様に危害を加えるなら、全力で排除いたします。」


一輝は、そう返事をした。

その顔は、崩さずに、冷静にしていた。


「中には。」

「はい。存じています。俺の父、清水秀がいるのですね。」

「どこまで知っているの?」

「基本情報といわれる程度以上には。」

「誰に?」

「神野宮地様に、直接、お話ししました。」


桜身は、驚いていた。


「あの人が、直接?」

「はい。」

「一輝に?」

「はい。」

「信じられない。普段、人を寄せ付けないのに。」

「そうですか?とても、好印象でしたよ。」


そんな風に話しをしていると、顔が少し腫れている山倉と谷、その他に数人ボディーガードが来た。


「もうそろそろです。桜身様。」


山倉が言うと、桜身は光のある方向へと歩く。

一輝も後を追う様に、付いていく。


さて、どんな光が待っているのだろうか。

一輝は、ワクワクしていた。

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