基本情報とは?
森林木 桜樹
1「後付」
「あー、疲れた。」
県立流石高校に通う
県立流石高校から、家までは、自転車で五分の場所にあるアパートだ。
アパートは、三階建てであり、その三〇三を借りている。
家賃は、一カ月三万という、この辺りでは安い部類に入る。
安いのには、理由があり、このアパートは二人暮らし専用であった。
二人ではないと暮らせない。
一人でも、三人でもダメで、二人限定のアパートであった。
限定されているから、安いのである。
狙いとしては、子供を作って人口を増やす。
その為には、二人っきりになる空間が必要であった。
子供が出来ると、大家は、家族専用に暮らせるアパートを紹介する。
しかも、家賃は同じく三万と安い。
これには、裏に取引があり、子供を作る空間を作って、人口を増やせば、お金が入るというのを、国が各アパート経営の大家に持ちかけたからである。
この企画に飛びついたのは、大家であったが、この大家はとても優しく、賢く、他人思いであり、周りからはとても愛されていた。
そんなアパートだからこそ、一輝は、とても気に入っている。
そのアパートに母、
母は、いつも忙しそうに仕事をしていたが、一輝との会話を忘れなく、夜、少しの時間でも、会話をしていた。
父は、一輝がまだ一歳になる前に離婚し、シングルマザーで一輝を育てた。
一輝は、母と一緒に過ごしていたが、反抗期で、母に乱暴な言葉で接してしまった時もあった。
今は、高校三年生であり、反抗期なんてなく、割と素直に育っていた。
それよりも、これからの自分を考えていた。
高校受験の時、働くのがいいと思っていたから、この近くの学校で県立尊徳高校へ入ろうかと考えていた。
尊徳高校は、二宮金次郎の精神を取り入れており、学業と労働を大切にしていた。
学校も午後二時までで、それからの時間はバイトだ。
しかし、母が、成績を見て、先生と話しをした結果、県立流石高校を進めてくれた。
推薦をするからといって、一輝は、面接だけで合格した。
今思えば、この道で良かったと思う。
勉強は好きで、メキメキと知識を付けて行って、常にトップクラスである。
五位よりも下にならなかった。
将来は、この知識を使って、何か、人の手助けが出来ないかと思っていた。
秘書とかいいなと、想像していた。
一輝は、自分が主になるより、人の支えになるのが合っていると思っていた。
その証拠に、学校での行事はサポートに回って助言をするのが、とても楽しかった。
一度、学級委員をやって見た時も有ったが、その学期は上手く行かなかったし、楽しくなかったのを記憶している。
今日は、大雨警報が出て、高校が午前中で終わった。
乗ってきた自転車から降りて、牽いて歩いている。
ヘルメットをしているし、レインコートを着ていたが、それでもこの大雨では制服が濡れる。
「弁当は、家で食べるかな。」
アパートが見えて来た時に思っていた。
アパートの駐輪場で自転車を停めると、一台の黒い車が停まるのを見た。
このアパートに相応しくない立派な高級車だ。
そこから出てきたのは、黒いスーツを着込んだ男性が二人。
怪しいと思ってその場から、気づかれないよう動かずに見ていると、アパート入り口から小走りで出てきたのは。
「母さん!?」
声をかけようとしたが、母は黒服の二人と話をしていて、その顔は、とても楽しそうではない。
話の内容は聞こえないが、一輝は、一つの結論を出した。
「もしかして、誘拐か?」
怖い想像が過ぎってしまい、出て行こうと思ったが、身体がすくんでしまい、出来なかった。
もし、誘拐なら、自分が出て行った所で母に危害が加えられるかもしれない。
親友の
薄い本は、いわゆる出版社ではなく、個人が作っている本である。
内容は様々だが、既存キャラクターの私生活、自分の生き方、詩、絵本、グルメ、問題、クイズなどがある。
子供でも買えて読める本から、十八歳すぎないと買えない本まであるから、その辺りは注意が必要だ。
三城は、もう、十八歳になっていて、その手の本に興味があった。
本を見ても大丈夫な年齢であった。
一輝が誕生日が来て、十八歳になった時、プレゼントだと言って、本を見せてくれた。
学校の成績が良くて優等生だからといっても、健全な男子高校生。
そういう世界には、興味があった。
「つけるしかない。」
そのまま様子を見ていると、黒い車に母は乗せられ、走り出してしまった。
その後を、自転車で追いかける。
離されると思っていたら、身体が動き、自転車を操作していた。
距離は開くが、見失なわなかった。
着いた場所は、お金持ちの屋敷と思われる敷地だ。
門が大きく、パスワードが無いと入れなく、門番がいた。
そこに、母を乗せた車が入って行く。
一輝は、屋敷なら裏に入れる場所があると思い、自転車でグルリと回ると、やはりあった。
だが、そこにも門番がいた。
どうしようかと思ったが、その時、門番が動いた。
動いたのには、野良猫が一匹、門から屋敷に入ろうとしていたからだ。
きっと、この大雨で避難したかったのだろう。
門番は、野良猫を抱き上げ、門から遠ざける為に、そこから離れる。
その隙をついて、門の中に入った。
入ると、木々がいっぱい植わっていて、隠れる場所がある。
だが、逃げるのには大変そうだ。
木々に隠れながら、周りを警戒し、屋敷の中へと入った。
入れたのは、窓が開いていた所があった。
入ると、そこは書庫でいっぱい本が並んでいた。
こんな屋敷だから、とても難しい本が置いてあると思ったが、何故か、漫画本や薄い本があり、それ以外に画集があった。
それに埋もれるみたいに、教科書や辞書、漢字検定などの教育関係も見た。
勉強好きな一輝は、読みたくなったが、今は母が心配だ。
もしも、薄い本(十八禁)みたいな扱いをされていたら、助けたい。
体力にも自信がある。
書庫を出て、色々と屋敷を歩いていると、声が聞こえて来た。
声の中には、母の声もあった。
扉に耳を当てて訊くと。
「濡れましたね。」「服を脱いでください。」「これを入れて。」「休みますか。」など聞こえて来た。
一般的に想像するのは「この大雨で、服が濡れたので脱いで、温かい飲み物を身体に入れて、休ませるとなる。」のだが、一輝が最近見た薄い本(十八禁)が手伝い、とても邪な想像が過ぎっていた。
それほどまでに、本の内容が過激だった。
『母さんに何をしているんだ。』
もう、想像はたくましい。
そんな一輝の口を後ろからふさぎ、屋敷の一室へと連れて行く人がいた。
一輝は、いきなり、口をふさがれて、混乱した。
屋敷の一室に連れていかれ、口を離される。
その人物から離れる様に、距離を取る。
「何をする。」
「こちらこそ、何をしているのだ。清水一輝。」
「なんで、俺の名を。」
一輝を連れて来た人物は、黒いスーツを着て、背丈は一輝と同じ位であり、短髪に切りそろえてある髪、少し細めの目と口をニヤニヤさせて。
「清水一輝、十八歳。五月三十日生まれ。B型。身長、百八十五点三センチ。乗っている自転車は、今、この屋敷の裏手にある家に立てかけてあり、この大雨の中、母、桜身が乗った車を追いかけて来た。最近、薄い本(十八禁)を、幼稚園の頃からの親友、三城弥代から見せてもらい、少しだけ頭の中が大変豊かになっている。」
詳しく情報を言われ、少し身体をゾッとさせた。
この寒気は、雨に濡れていたからではなく、心の底からの寒気であった。
一輝をこの部屋に連れて来た人物は、部屋の電気をつけた。
「さて、ここまできてしまったからには、失礼の無いように説明をさせてもらうが。」
一輝に近づき、一輝の頭からヘルメットを外して、顎に人差し指で上に向かせ。
「一輝、お前、母を救う覚悟があるか?」
その一言があった。
一輝は、母を救う為にここに来たから、少し長めの前髪から見える目で、男をにらめつけながら。
「ああ。そのつもりで、ここに来た。」
すると、ニヤニヤしていた顔が、真顔になり。
「よかろう。その言葉に嘘はないな。」
「当たり前だ。」
一輝から手を引いて、部屋にあるチェストの引き出しから紙と鉛筆を出した。
部屋を見ると、ベッドが一つと、その横にチェストが一つ、チェストの上にランプがあった。
周りを見ると、重苦しいカーテンがあり、何か装飾されている。
床は、赤いジュータンでフカフカしている。
壁も高級感がある模様が描かれている。
扉も同じく豪華な装飾がされていた。
とてもじゃないが、大雨に打たれ雫を垂らしてはいけない場所ではない。
「この紙に、一輝が知っている桜身様の情報を書いて見ろ。」
「は?」
何を言っているのかと思ったが、その顔がとても真剣だったから、自分が知る母の情報を書いた。
書いた紙を男に渡すと、男はそれを見て、笑った。
「何がおかしい。」
「いや、何、これだけかと思ってな。息子だからと言っても、ただの人か。」
「なんだと。」
男は、今、一輝が書いた情報を読み上げ、追加で話す。
「清水桜身、誕生日二月三日、血液型B型、得意料理カレー、眼鏡をかけている。だけか。ははは、何とも言えないほどの情報の少なさよ。出来るなら、ここまで書いて欲しかったものだ。」
一輝を真っ直ぐに見て。
「追加だ。身長百五十七センチ、体重四十八キロ、本人、五十キロ欲しいと言っている。足のサイズ、二十三点五センチ、手の大きさ十六点五センチ、手首十五センチ、視力右左共に零点零一、左目に難病、スリーサイズ、上から八十五、七十、八十八、一昨日生理が収まり、次は八月八日から八月十四日まで、量は平均的な人より多いから、いつも貧血になっている。二日目と三日目が一番辛く、トイレに行く回数は普段よりも五回プラス、今日の朝食はチョココロネ、牛乳、ヨーグルト、茹で卵。その後に温めた麦茶を、湯呑に二杯飲んでいる。ゆで卵に着けるのは塩だ。ヨーグルトははちみつを入れるのが好みで、無糖にしてある。牛乳は、この地域で生産された物が好きで毎回その牛乳を飲んでいる。チョココロネは、生地が固めが好きで、近くのスーパーにあるパン屋が店で作っているものだ。と、まだ言えるが、基本的にはこれ位だ。」
男が真っ直ぐに見て言っている情報を訊くと、さらに寒気がした。
「お前、母の何なんだ。」
「桜身様の補佐ですよ。」
「補佐?」
「そう、桜身様の仕事を一番近くで補佐をしています。そうそう、名乗っていませんでしたな。」
男は、片手を後ろに、片手を前にして、背筋をピンと伸ばし、両足を揃え姿勢を正しくして。
「私は、
「よろしくされたくない。」
「早速だけど、桜身様を助けたいなら、桜身様の情報を記憶して貰わなくてはいけません。」
「何でだよ。」
「そうしないと、桜身様の命が亡くなるからです。」
「は?」
「桜身様の仕事内容は、一輝が桜身様の基本情報を記憶してからになりますので、言えませんが、その時が来たら、説明をしましょう。とりあえず……。」
山倉は、自分のスーツに備え付けられている内ポケットからUSBメモリーを出した。
一輝にそれを渡す。
一輝は受け取ると。
「ここに書いてある、清水桜身様の情報を覚えて来て下さい。明日、また、この屋敷に裏から来てください。テストをします。」
「ちょっと待て。明日までに基本情報を覚えてこいって、まさか、今、お前が言った情報と追加があるのか?」
「その通りです。数字は間違えやすいので、気を付けてくださいね。」
「宿題もあるんだけど。」
「宿題といいましても、今日の大雨警報で、少し多く出ただけではないですか。一輝だったら大丈夫、覚えられますよ。県立流石高校の成績、一年生の前期は三位、中期は四位、後期は三位。全て数学の計算ミスと国語の漢字間違えの小さなミスで満点が取れていない。二年生は、それに気を付けたから、前期二位、中期二位、そして後期は一位が取れている。昨日行われた前期のテストは、全部埋められたが、一部、やはり計算ミスと漢字間違えが気になっている所だね。そんな一輝だから、大丈夫。」
「あんた、本当に怖いな。」
「当たり前だよ。桜身様の関係者なのですから。」
「その言い方だと、母さんの、俺以外の関係者の情報も知っている風だな。」
「知っていますよ。基本情報はね。」
「お前の基本情報は、どっからどこまでだか怖いわ。」
山倉は、一輝を部屋から出して、裏へと案内する。
裏門の門番に一輝の顔を覚えさせると、明日から顔だけで入れるようになった。
「それと、一言。」
一輝は、停めてあった自転車を手にすると。
「命をかけてまで行っている仕事をしている桜身様の稼ぎで、一輝、君は今まで育ってこれた。それは、心にしておくように。」
自転車の手を持つ所に力がこもった。
何も言い返せなかった。
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