第115話 奏視点

 皆でワイワイとバーベキューを楽しんだ後、キャンプ場にあるシャワールームで汗を流せば、大半の子達は目がとろんと蕩けて殆ど夢の中に居た。


「後もう少しじゃからの」


「んー…」


 テントの割り当ては釣りの成果で決定すると事前に言っていた通りに割り当て、順に寝かせていく。瑠華が居ないテントは、サナと紫乃がそれぞれ分かれて子供達と寝る事になった。


「では、おやすみなさい」


「おやすみじゃ」


 瑠華のテントには奏と凪沙、それとサビキ釣りで多く釣り上げた子が割り当てられた。茜は残念ながらボウズである。


「おやすみ、瑠華ちゃん…ごめんね…」


「構わん。妾が好きでやっている事じゃからの。気にするでない」


 奏達は眠気がピークに達したのでこのまま寝るが、瑠華はまだ後片付けが残っている。元より睡眠を必要としない瑠華はさして気にしないものの、心底申し訳なさそうにする奏に微笑みを返して頭を撫でた。

 その優しい手つきに次第に奏の瞼が閉じ、少しして静かな寝息を立てる。


「さて…」


 テントを虫が入らないようにしっかりと閉じ、皆を起こさないように遮音結界を展開してから後片付けを始める。


(もう夏も終わり、か…)


 少し肌寒くなりつつある夜の風にそう実感し、少しの寂しさを覚え―――チクリと、小さな痛みが胸を刺した。

 その痛みが何であるかは既に知っている。そして、それが逃れようのないものである事も。


「……儘ならぬものよの」


 瑠華の独り言は、夜の闇に溶けて消えた。



 ◆ ◆ ◆



「んん…」


 寝ぼけていた意識が次第に覚醒する。テントの網から見える外はまだ暗い。


「……あれ」


 テントを見回して気付く。瑠華ちゃんの姿がない。

 瑠華ちゃん用にと空けていた真ん中に熱は無く、随分と前から居ない事が分かる。

 少し気になったので皆を起こさないよう静かに起き上がって、テントの外に出る。その瞬間冷たい夜風が頬を撫で、思わず身体がブルっと震えた。


「どこ行ったんだろ…」


 後片付けは既に綺麗に終わっている。未だ若干燻っている炭には熱は殆ど無くて、かなり前に後片付けが終わっていた事を知らせる。


「うぅ…寒い…」


 半袖で露出した腕をさすりながら、キャンプ場を歩く。道は防犯灯の小さな光だけで照らされていて、少しの怖さがある。


「瑠華ちゃぁん…どこー…?」


 流石に大声は出せないので小声で呼び掛ける。瑠華ちゃんなら多分これでもちゃんと聞こえるから。


「トイレ…居ないか。シャワールームにも居ないね」


 予想していた場所には人影ひとつ見えず、見当違いだったみたい。んー…後何処があるんだろ?


「…あ。海岸かな?」


 もうその他に行くあてもなく、取り敢えず自分のサイトまで戻って瑠華ちゃんがまだ居ないのを確認してから海岸に向かう。


「真っ暗…」


 夜の海は凄く静かで、月明かりだけが海岸を照らす。その光景は幻想的でありながら何処か怖い。


「……ぁ」


 そんな暗闇でも、瑠華ちゃんの色は良く目立つ。やっと見付けられた事に安堵しつつ近付けば、瑠華ちゃんの瞳が私を捉えたのが分かった。


「奏…? 何故ここに…」


「それはこっちのセリフだよ…隣良い?」


「それは無論じゃが…」


 海岸に設置されたベンチに瑠華ちゃんは座っていたので、その隣に腰掛ける。すると瑠華ちゃんが私に、自分が羽織っていたカーディガンを掛けてくれた。


「その格好では寒いじゃろ」


「うん…ありがと」


 瑠華ちゃんの何気無い行動に心が温まるのを感じながらも、カーディガンを着て直ぐに身体が温かくなる訳では無いのが世知辛い。

 すると瑠華ちゃんが少し微笑んで指をパチンと鳴らし―――次の瞬間には、湯気が立つコップがその手にあった。


「ほれ。これでも飲むと良い」


「あ、ありがと…」


 渡されたコップに入っていたのは、温かいココアだった。何処から出したんだろ…あ、美味しい…。


「それで何故奏はここに来たのじゃ?」


「…ちょっと目が覚めたら瑠華ちゃんが居なかったから、心配になったの」


「…成程。それはすまんかった」


 瑠華ちゃんがほんとに申し訳なさそうに眉を下げる。これは多分、自分のせいで私が寒い思いをした事が許せないんだろうな。


「瑠華ちゃんのせいじゃないよ。私が勝手に動いただけだから。……ねぇ、何してたの?」


「……海を、見ていたのじゃよ」


「海?」


 瑠華ちゃんの視線を追って、海を見る。静かな漣が響き、月光が波に揺らめく様は確かに見ていたくなるかもしれない。


「……のぅ、奏」


「ん。なぁに?」


「……自分の寿命を、考えた事はあるかえ?」


「んぇ?」


 突然突拍子も無いことを聞かれ、変な声が出る。寿命…?


「えーっと…真剣に考えた事は、無いかも。まだ若いし……多分八十とか、九十くらいまで生きるんだろうなぁくらいしか考えた事ないよ」


「……そうか。そうじゃな」


 瑠華ちゃんはこちらを見ず、海をジッと見ながらそう呟いた。その表情は暗くて良く見えないけれど…何だか、諦めてるように見えた。


「…もし、もし仮にじゃ。不老不死になれるとしたら、奏はどうする…?」


「不老不死? …あぁ、小説とかで良くあるよね。うーん…いざ当事者になったら、どうなんだろ…?」


 長生きしたい。死にたくない。それはいつか終わる存在である事を知っているからこそ抱く願望だ。その点で言えば、不老不死というのは人類の長年の夢になるんだろうね。

 ただ、それがもし自分だけなら…正直嫌かな。だって自分は老いず死なないのに、知り合いや家族はどんどん老いて死んでいく。

 そうやって自分だけ取り残されるのなら、一緒に死にたいとは思う。


「…そうか。奏はそう考えるか」


「あ……」


 忘れてた…瑠華ちゃん思考読めるんだった……。


「……奏の本心を知れたのは、良い事じゃろうな」


「え?」


「なんでも無い。そろそろ戻るかの。流石に風邪を引いてしまう」


「あ、うん…」


 瑠華ちゃんが差し出した手を取って立ち上がり、共にテントへと戻る。確かに小さく何か呟いた気がしたんだけどなぁ…?





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