第109話 【柊】の看板犬

 私はやよい! 大好きなあるじさまから付けてもらった大切な名前なの!


 私は元々三つで一つという存在だけど、今はそれぞれで分かれて過ごしてるの。あるじさまがそう私達にめいれいしたからそれにちゃんと従ってるやよいは偉いの!


 〈やよいずるい! 私もあるじさまに撫でられたい!〉


 〈へへーんだ〉


 私にそう言って文句を付けてきたのはむつきだった。早い者勝ちだもんね〜。


 あるじさまは凄いの。とんでもなく強くて、でもとっても優しい。そんなあるじさまに契約してもらえてほんとに嬉しいの!

 そう感じているのは私だけじゃなくて、むつきやきさらぎもそう。だからいつもみんなであるじさまを取り合う事になるの。


「これ。喧嘩するでない」


 ぐるるって唸って怒ってたむつきだけど、あるじさまから窘められてしっぽが下がる。そんなむつきにあるじさまが少し微笑んで、頭をぽんぽんと撫でてあげたの! 羨ましいの!

 でも私は出来る子だから文句は言わないの。そうすればあるじさまにもっと気に入られるのが分かってるから。


「…弥生って強かだよね」


 〈あっ! あかねだー!〉


 呆れたみたいな眼差しで私を見ていたのは、あるじさまのお気に入りの一匹であるあかねって人間。人間にしては珍しく、私達の言葉が聞こえるの!


「如月知らない?」


 〈きさらぎはお外で寝てるの!〉


「外かぁ…」


 きさらぎは私達の中でもおっとりしてる子なの。でもしれっとあるじさまの傍に居たりするから侮れないの。


「今日の散歩は茜じゃったか?」


「私とかー姉だよ」


 〈かなで!〉


 かなではあるじさまの一番のお気に入りの人間。匂いで分かるけど、あるじさまは本当にかなでを大切に思ってるみたい。ちょっと…だいぶ悔しいの。

 だってかなでは弱っちいの。私だけで多分勝てるくらい弱いの。だからそんなやつ、あるじさまの傍に居るには相応しくないの。


 それで言うと、前に来たしゅりってやつは凄いの。本気の私達でも多分敵わないの。あるじさまの傍に居るのなら、それくらい強い存在じゃないと認めないの。


「散歩行くよー」


 〈さんぽ!〉


 さんぽは楽しいの。私達が前まで居た場所とは、まるで違う風景を見ることが出来るから。

 あかねとかなでにりーどっていう紐を引かれて、建物の外に出る。あるじさまからめいれいされているから従うけど、本当はかなでに引かれるだけでも嫌なの。ついどうやったら首を掻っ切ることが出来るか考えちゃうの。


「グルル…」


 そんな私の邪気を感じたのか、かなでの影から黒い子が出て来た。みかげって呼ばれてるのは知ってるの。でもやっぱり弱いの。まぁあるじさまであるかなでを守ろうとするのは立派だとは思うの。褒めてやってもいいの。


 〈みかげー!〉


 〈いっしょ?〉


 睨み合う私達とは対照的に、むつきときさらぎは能天気なの。ケルベロスという種族は知能のほとんどを真ん中の頭である私が持っているから、無理は無いの。

 結局そんな二匹に毒気を抜かれたのか、美影が大人しくなって私達に並んだの。


 〈…そんなに心配しなくても命令には従うの。安心するの〉


 〈……わかってる〉


 美影としてもちゃんと理解しているけれど、やはり私達の存在は圧でしか無いのだと思うの。格が違うの。

 その点主様は比べるまでもないの。だからなんで主様が人間なんて言う下等生物を大切にしているか分からないの。


 ……ううん。最近はちょっと分かってきたような気もするの。無遠慮に触られるのは嫌だけど、人間の子どもから笑顔で撫でられると悪い気はしないの。


「弥生? どうしたの?」


 〈…なんでもないの!〉


 あぶないの。これ以上思考をふかめるのはだめなの。そうしないとあるじさまにつぶされてしまうの。

 ちょっと頭が抜けていないと、恐怖で壊れちゃうの。素で何も考えていないむつきやきさらぎが羨ましいの。


 さんぽから帰ってくれば、しゃわーでからだを洗われるの。温かくてこれは好きなの。


「キャッ!? 弥生!?」


 ついうっかり無意識で仕方無くからだをぶるぶるしたから、かなでが悲鳴を上げたの。わざとじゃないの。でも予想はしてたの。でもわざとじゃないから仕方無いの。


 からだを洗われて乾かされると、真っ先に向かうのはあるじさまの元。


 〈〈〈あるじさまー!〉〉〉


「元気じゃのぅ…」


 飛び込んできた私達を危なげなく受け止めると、軽くギュッとしてくれたの! 魔力もちょっとくれたの!

 魔力は私達にとってのごはんそのもの。だから貰えたら嬉しいし、それが大好きなあるじさまのものならなお嬉しい。


「……のぅ弥生。そんなにも奏が気に入らんかえ?」


 〈っ…〉


 私を抱きしめるあるじさまが、突然そんなことを聞いてくる。でも私なんかがあるじさまに対して隠し事が出来る訳ないから、バレるのも仕方無いの。


 〈…あいつ弱いの。主様には相応しくないの〉


 とっても強い主様は私の憧れであり尊敬する方。そんな主様の後ろをただ着いていくだけの弱い存在なんて邪魔なだけ。


「相応しい、か。妾はそう立派では無いと思うがの」


 〈そんな事ない!〉


「…そうか。じゃが妾を慕うあまり、視野を狭めてはならんぞ」


 〈……?〉


 あるじさまの言葉に首を傾げる。しやをせばめる……?


「……弥生はおるのか。妾のせいで壊れかけた精神を保護する為じゃろうな…まぁ深く考える必要は無い。ただ、絶対者を妾と定めるのは止めるのじゃ」


 〈んー…? 分かったの!〉


 あるじさまはときどき難しい事を言ってるけど、さっぱりわかんない。ただその時は私をちょっと悲しそうに見てるの。

 私はそんなあるじさまの表情はきらいなの。あるじさまは笑っていて欲しいの。


 だから私は――――あれ? わたし、は…?


 〈やよいー!〉


 〈あそぼー!〉


 〈……うんっ!〉


 まぁいっか! あそぼー!








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