第103話

「えっと…説明を続けてもいい?」


「あっ、どうぞ!」


 おずおずとサナが問い掛けると、慌てた様子で奏が答える。…そんな中で一連の流れの中心である瑠華と、無関係の凪沙はただ首を傾げていた。凪沙は兎も角、瑠華は自覚して欲しいと常々思う奏である。


 :これぞ何時もの。

 :サナの胃へのダメージが…

 :大丈夫だ、多分。


 奏からの返答を受け、コホンと咳払いをしつつ説明を再開する。


「今回の榛名ダンジョンは、数多くあるダンジョンの中でも特殊なものになるわ」


「特殊?」


「ええ。一般的にダンジョンというのは、出現するモンスターの強さやダンジョンそのものの構造によってランク付けがされているわ。そして榛名ダンジョンに付けられたランクは、EBとされているの」


「ランクが複数…?」


 奏達が今まで潜ったダンジョンに付けられたランクは一つだけ。複数のランク付けがされたダンジョンというのは初めてだった。


「榛名ダンジョンはその階層ごとに、環境が大きく変化するの。その影響で出現するモンスターの強さにバラつきがあって、深くなるほどランクが上がっていくという特殊な特徴を持っているのよ」


(…成程。ケルベロスが出現したのはそういう理由じゃったか)


 現在【柊】の愛犬状態となっている弥生達ケルベロスが出現した訳を今更ながらに知り、一人納得する。ダンジョンブレイクの時はモンスターの出現範囲がバラバラになってしまっていたので、階層ごとにランクが異なるという事実に気付く事が出来なかったのだ。


「他にもそんなダンジョンはあるの?」


 疑問に思った凪沙が質問する。これは元々の台本には無いものだが、サナは先輩として不甲斐ない所を見せられないと思い予め勉強していたので、受け答えもスムーズだった。……内心の焦りを表情に出さないのは、流石プロと言うべきか。


「今の所確認されているのは五つあるわ。どれもよく言えば自然豊か。悪く言えば…まぁ田舎にあるわね」


「へぇ…」


「今の所【柊】から離れた場所に行くのは難しいけど、将来的にそういう所にも行ってみたいね」


「そうじゃのぅ…紫乃が大分仕事を任せられるようになっておるでな。近い内にそれも叶うやもしれんな」


 :お。地方進出?

 :うちの地元来ないかな…

 :まぁ無理はしないでもろて。


 オープニングもそこそこに、いよいよダンジョンの中へと入る。瑠華からすれば少し懐かしい場所だ。


「さて。いよいよ攻略なんだけれど…前衛は奏ちゃん。中衛は瑠華ちゃんでいきましょう」


 二人とも近距離職ではあるものの、瑠華は魔法による遠距離援護が出来るので中衛を担当する事に。


「出現するモンスターは…まぁ、見れば分かるわ」


 奏がその言葉に首を傾げるも、先輩であるサナがそう言うならと素直に納得して先陣を切る。

 ……そしてその後すぐに、その言葉の意味を知る事となった。


「無理無理無理っ! 瑠華ちゃん助けてぇ!」


「………」


 泣きついてきた奏を瑠華が無慈悲に引き剥がすと、焔の矢を放ち襲い掛かって来たモンスターを焼き尽くす。その後には塵一つ残らない。それを見て、漸く奏が落ち着きを取り戻した。


「大丈…ふふっ…」


 心配した風に近付いて来たサナであったが、耐えきれず笑い声を零してしまう。それに対し、奏は不服げに頬を膨らませて抗議した。


「サナさん! 知ってたなら言ってくださいよ!」


「いやだって言ったら面白くないじゃない」


 奏が悲鳴をあげた理由。それはこのダンジョンの上層に出現するモンスターにあった。そしてそれこそ、このダンジョンが不人気である理由の大元である。


「―――でっかい虫型なんて誰だって嫌ですよ!」


 ……そう。この榛名ダンジョンには、現実に存在する虫を巨大化させたようなモンスターが出現するのだ。今回奏が最初に出会ったのは、例えるならばコガネムシのような見た目をしたモンスターだった。


 :これはキツイ。

 :せめてデフォルメしてくれ…

 :ていうかしれっと瑠華ちゃんに抱き着いてて草。いいぞもっとやれ。

 :唐突に提供されるてぇてぇはいずれ癌に効くようになる。


「むぅ…」


 しれっと瑠華に抱き着いた奏に、凪沙が嫉妬の眼差しを向ける。立ち位置の関係上、どうしても凪沙はそうした機会に恵まれない。


「瑠華ちゃんは平気なの…?」


「【柊】で虫が出た時に呼ばれるのは誰だと思っておるのじゃ?」


 :あーwww

 :成程www


「私無理。瑠華ちゃん…」


「嫌というならば代わるのも吝かではないが…今のうちに慣れておかねば後が辛いのではないかえ?」


「うっ……」


 実際のところ、虫型のモンスターが出現するダンジョンはそこそこある。今でこそ脅威度が低いのでこうしてわちゃわちゃ出来るが、ランクが上がればそうも言っていられないだろう。

 瑠華の言葉でそこに思い至った奏が、渋々といった様子で元の立ち位置へと戻る。すると突然、後ろから凪沙が抱き着いて来た。


「どうかしたのかえ?」


「……私は虫大丈夫だよ?」


「ん…? それは既に妾も知っておるが…」


 それが強がりではなく、本当に虫が大丈夫な方の人間である事はちゃんと理解している。なのでいきなりそのような事をわざわざ口にした理由が分からず、瑠華は首を傾げた。


 :これはあれだな? 

 :明らかな嫉妬。

 :何とかして奏ちゃんにマウント取りたいんだろうなぁ…






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