第77話

「……突然何を言っておるのじゃ」


 あまりにも唐突な質問に一瞬思考が停止するも、すぐに持ち直して呆れた声を出してしまう。しかし当の茜は酷く真剣な様子で、瑠華は思わず押し黙った。


「…るー姉は、かー姉が大切?」


「……そうじゃな。【柊】の皆が妾にとって大切な存在じゃ」


「でも“重さ”は違う」


「………」


「るー姉にとってのかー姉の立場が、私は羨ましい」


「羨ましい…」


「前より、るー姉は私達に時間を掛けてくれなくなった。いつもかー姉ばっかり独占して、狡い。最近は凪姉までそっち側なのも狡い。かー姉だけの場所だと思って、だから仕方無いって、今まで無理矢理納得してたのに…」


「……つまり、凪沙も加わった事で耐えられなくなった、と?」


 コクンと茜が頷き、思わず瑠華が息を吐きながら天井を仰ぎ見た。


(…嫉妬じゃな、紛れも無く。これは妾の落ち度か……)


 全てにおいて、瑠華は平等である事を常に心掛けてはいた。が、それでもやはり年齢毎に関われる時間の違いは出てきてしまう。特に学校も違う茜達とは、最近顕著に時間が取れていなかった。


(これは茜以外も同じ気持ちを抱えておる可能性があるのぅ…)


 皆瑠華の前ではいい子であり、我儘などは殆ど口にしない。その意味をもっと深く考えれば良かったと考えても、今ではもう遅い。ならば考えるべき事は、今後の事で。


「……すまん。もう少し茜達の事も考えるべきじゃったのう」


 奏や凪沙にかまけて、小学生の子達との時間を失い続けた罪は大きい。先日の旅行だけでは、到底釣り合いが取れないだろう。


「何か良い案は無いものか…」


 時間を取るにしても、ただ共に過ごすだけではつまらないだろう。ならば何かする事をとは思うが、そう簡単に良い案は浮かばない。


「だったら、一日独占権とかどう?」


「一日独占権?」


「るー姉を一日独占出来る権利。勿論るー姉が嫌だと思う事はしないようにするし、別にから大丈夫」


「…それが本当に今までの補填になるのかえ?」


 なる、と茜が自信満々に頷いて答える。それが補填になるのかは甚だ疑問ではあるが、本人が言うのだからそれ以上口を挟む必要は無いだろう。


「ならば朝にでも皆に」


「あっ! それは私から話しておくね!」


「…そうか? では頼むのぅ」


 何やら妙に嬉しげにする茜に首を傾げるも、頼まれ事をした事が嬉しいのだろうと一人納得する。


「さて。良い子は寝る時間…をとうに過ぎておるな」


 壁に掛けられた時計に目線を向ければ、深夜三時を回る頃であった。幾ら夏休みとはいえ、これ以上成長期の子供を起こしておく訳にはいかないだろう。


「いい加減もう寝るのじゃ」


「うん…るー姉は?」


「妾は後片付けをしてからじゃ。この後すぐに妾も寝るでの」


 飲み終えたカップを持ち上げて示せば、それに納得したのか「おやすみなさい」と言って茜が二階へと上がった。

 それを確認して一つ息を吐き、シンクへとカップを持っていく。


「……あれは中々手強い子に育ちそうじゃのぅ」


 苦笑を零しながらそう呟き、その日の夜は更けていった。



 ◆ ◆ ◆



 朝になり、起きて来た子らに昨日考えていた遊具についての意見を取る。すると案の定皆が賛成意見を表明したので、続いてどの遊具を設置するかという話し合いに移行した。


「危険なのは駄目だよね?」


「スリルがあった方が楽しい」


「るー姉と遊べるやつがいい」


「私も瑠華お姉ちゃんと遊べるやつー!」


 ……なにやら判定基準が何時の間にか自分になっているのは、一先ず気にしないでおく。


「無難に複合のやつは?」


「あー…」


 凪沙が指し示したのは様々な遊具が複合した、所謂多目的遊具と呼ばれる類いのもの。これならば全員の意見を反映した物になるだろう。


「それにこれカスタム出来るみたい」


「………」


 瑠華は思った。これ長引くぞと。





「―――――という訳で…はぁ…これで、良いかな?」


「いいよー…疲れた……」


 たっぷり三十分程の時間を掛け、皆疲労困憊な様子になりながらも何とか全員の意見が纏まった。


「難航したのぅ…」


「そだねー…あ、そういえば瑠華ちゃんはこれでいいの?」


「今更過ぎる質問じゃろうて……ここで否定する程妾も外道では無いわ」


 ここで瑠華が違う方が良いなどと口にすれば、また地獄が始まってしまう。これ以上時間を掛けるのも本意では無い。


「ではこれで発注をしておくのじゃ」


「出来るのはどれくらいになるの?」


「正直な所不明じゃが……こういうものはそれぞれ予めパーツ毎に作られておるそうじゃから、組み立てるだけと考えるとそう時間は掛からんじゃろ」


 その瑠華の意見は正しいものであり、実際のところ完成までは一週間も掛からないだろう。


「じゃあこれで用事終わり?」


「そうなるかの?」


「ならダンジョン行こ!」


 満面の笑みでそう言う奏だが、肝心の瑠華が困ったように眉を下げてしまったのをみて首を傾げる。


「どうしたの?」


「…そのじゃな。最近はダンジョンばかりで他の子らを考えられておらんと思うての。偶には別の事で遊んでやりたいのじゃよ」


「あー…それもそっか。ならしょうがないね」


 てっきり駄々を捏ねるかと思われた奏が素直に頼みを聞いたのを見て、瑠華が思わず目をぱちくりとさせた。その反応に奏は不満気な様子で頬を膨らませる。


「私だって小さい子達の事ちゃんと考えてるんだからね?」


「……意外。かな姉は瑠華お姉ちゃんの事しか考えてないと思ってた」


「そんな事ないからね!?」


 甚だ心外だと言いたげに奏が凪沙に詰め寄った。


「でも強ち外してもない。違う?」


「……違わないけど、【柊】の子達にとって瑠華ちゃんがどんな存在かもちゃんと理解してるもん」


「……ほんとにかな姉? 偽物じゃない?」


「そろそろ本気で怒るよ!?」






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