第70話 閑話 レギノルカ②

 ブックマーク1000件突破記念の閑話です( *ノ_ _)ノノ╮*_ _)╮アリガタヤー


――――――――――――――――――――


 レギノルカは永く生きる中で龍神様として祀られる事も多くあったので、時折何かしらを献上される事があった。

 基本的にレギノルカを想って献上されているので、それ自体は有難いと思っているのだが……その中でも、レギノルカが対応に困ったものがある。


『……生贄は流石に要らんのじゃ』


 それも生贄本人が望んで来ているので無闇に追い返す訳にもいかず、往々にして対応に悩む事が多かった。


「龍神様、お身体お拭き致します!」


『……気を付けるのじゃぞ』


 そうしてレギノルカの元には帰らない生贄達が集まり、日々協力してレギノルカの世話を自分から買って出ていた。……レギノルカからすれば、良い迷惑でしかないのが問題だが。

 なにせ山すら踏み潰す程の巨体である。ふとした拍子に踏み潰す可能性が極めて高いのだから、レギノルカとしてはかなり窮屈を強いられていた。


『…今一人潰したな?』


 途轍もない巨体を持つレギノルカだが、感覚が鈍い訳では無い。今日もまた一人何処かで潰れる感覚がした事に辟易しつつ、透かさず蘇生魔法で生き返らせる。


「ありがとうございます!」


『………』


 普通は押し潰されるというのはかなりの恐怖を感じるものだ。故にそれが原因でレギノルカから離れたとしてもおかしくないのだが…これで離れた人間は一人も居ない。


『妾が怖くは無いのかえ?』


「龍神様が徒に命を奪う様なお方で無い事は知っておりますので」


『…それはそうじゃが。しかしそうだとしても、こうして妾が動くだけで死ぬ可能性があるのじゃぞ?』


「それを理解して、ここにおります」


「龍神様のお身体が大きいのは龍神様のせいではありませんので」


『そういうものかのぅ…』


「はい。それにこうしてお世話させて頂く事で、龍神様が生きているのだと実感出来るのが嬉しいのです」


『……ん?』


「どうかされましたか?」


『妾が生きているとはどういう事じゃ?』


「日々なされていらっしゃるのが分かるからでございます」


『………』


 レギノルカは生きている。それは紛れも無い事実だ。しかし未だに身体が成長し続けているのは、レギノルカ自身気が付いていなかった。


(母君が何かしたのか…? それとも初めから…?)


 生まれながらにして巨大な身体を持っていたレギノルカは、自身の成長に関しては興味が無かった。というより、これ以上の成長の余地を残しているとは思っていなかったが正しい。

 考えられるのは、自身の母が勝手に何かをした可能性。レギノルカは彼女にとって特別な存在であるが故に、そうした“贔屓”を行う事が多いのだ。


(これ以上成長しても困るのじゃが…いや、違うな。成長ではなく可能性もあるのかの?)


 レギノルカは巨大な存在である。しかし、果たしてそれがかと問われれば、それは否である。

 レギノルカは母にとっての最初の子供。つまり様々な試行錯誤を経て創られた。そしてそれを言い換えるならば、考えられていたと言う事で。


(……やはり縮小化が解けかかっておる。じゃが成長しているというのも確かなようじゃ。厄介な……)


 母を恨む事は決して無いが、それでも事前に知らせておいて欲しいものである。

 一先ず縮小化を更に強めて、これ以上元に戻る事がないようにしておく。


『ふぅ……』


「龍神様! 御食事をお持ちしました!」


『…御苦労』


 身体がマナと呼ばれる物質で構成されているレギノルカは、本来食事を必要としない。しかしそれは、“食べられない”と同義では無い。

 とはいえ塵の様な大きさの人間が作る食事の量など高が知れているので、ほぼ味も感じないのだが。


 未だ身体を拭いている者たちに配慮しながら口を開けば、数人がかりで用意された食事が運ばれる。


「終わりました!」


『ん……』


 大量の、しかしレギノルカからすれば極小量の料理が運び終わり、全員が離れたのを確認してから口を閉じる。


「如何でしょうか…?」


『……美味いのではないか?』


 その言葉で生贄達が色めき立つが、実際は味なんて一ミリも分かっていない。


(……妾がもう少し小さければ、自ら腕を振るってみたいものよの)


 人化の術も心得てはいるものの、母体が巨大過ぎるので結局巨人にしかなれないのである。


『…のう其方等。日頃の礼として、何か望む物はあるかの?』


「御礼などと…寧ろ御迷惑しか掛けておりませぬ故、お気持ちだけで十分でございます」


『自覚はあったのじゃな……』


「ええ、まぁ……龍神様が我々の事を想い、慎重に行動なされているのは皆が知るところですので」


『しかし離れる気は無いとな?』


「…我々は、この身を龍神様へ捧げた者でございます。帰るべき場所も、既にありません」


『……そうか』


 こうして生き生きとした様子しか見ていない為に忘れていたが、生贄とは本来誰もが好き好んで担う事は無い役目だ。悪く言ってしまえば、選ばれた時点で捨て駒なのである。


『その営みも妾からすれば愛い物じゃが、其方等はそれで満足なのかえ?』


「龍神様と共に生きられる事こそ至福の喜び。不満はございません」


「私は幼き頃、龍神様の思し召しによって命を救われました。その御恩を果たすべく此処におります。今この瞬間こそ、私の望むものでございます」


 皆がレギノルカを畏怖の対象ではなく、崇拝と敬愛の対象としている。そしてその感情は、レギノルカにとって至上の喜びとなる。


(…あぁ成程。そういう事じゃったか)


 何故縮小化が解けかかっていたのか。その原因にレギノルカは漸く思い至る。

 効果が弱くなったのでは無い。その効果ではのだ、と。


 全てを愛し、慈しむ事。それがレギノルカの存在理由である。……しかし、それは一方通行のままとは限らない。

 愛し、愛される事。それこそ母がレギノルカに望んだ事であり、レギノルカの力の源となる。

 その無限すら足りぬ力の増幅。その結果として引き起こされたのが、レギノルカの成長という訳だ。


『……恥じぬ様生きねばなるまいな』


 恐らくはこれからもこの力は永遠に増幅し続けるだろう。その力に溺れず、本来の役目を見失わぬ事。それが自身に課せられたまことの使命であると。


「あっ…」


『……先ずはどうにか踏み潰さぬ術を考えねばの』


「……ご配慮痛み入ります」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る